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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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裁きは下された

 大山鳴動し窮鼠絶望。

 大地震撼し荒野裂ける。

 大気凍てつき雷鳴轟く。


 時空が歪み現実と神話の境界が曖昧になる。

 歯車の狂った世界が立ち入る者すべての正気を奪う。

 今この場では狂気こそが正気。

 あらゆる理不尽を嘲笑によって受け入れよ。


「はっ……あはは……っ! ボクはナニをバカなこといってんだか……っ!」


 狂気に呑まれたサタンが目を血走らせながら叫ぶ。

 受け入れてしまえば何てことはない。神にとって親の子殺しなどただの日常。当然その逆も然りだ。


「あんたは最初からボクの敵だったわ! 立ち塞がるのは当たり前の話だよなぁ! 最後の相手があんたで嬉しいぜぇっ!」


 上空に自らに匹敵する凄まじい魔力が渦巻く。

 だがサタンはソレを鼻で嗤う。


 所詮それだけ。

 所詮そこまで。

 時代遅れの過去の遺物に真神が遅れを取ることなど万に一つもなし。



「消えな老害ッ!!!」



 サタンのイレイサーブレスが上空に向けて放射された。

 破滅の息吹がネメシスの姿をしたソレに直撃する。



「!?」



 だが放ったブレスは枯れ木のような両腕によって防がれていた。

 どうやら 《忘却の象威》 ぐらいは使えるらしい。

 敵として最低限の資格は有している。


 だが所詮それだけ。所詮そこまで。

 こちらは戦闘特化生命体。たとえ母といえど圧倒的物量差までは覆せまい。このままブレスを放ち続ければ、いずれは力尽き跡形もなく消え去ることだろう。


 事はサタンの予想通りに運ぶ。

 ブレスを吐き続けるとネメシスらしき神は少しずつ押し込まれていく。

 間違いなく力の総量はこちらが上だ。


 ――この戦争、やはりボクの勝ちだ!


 だが喜びもつかの間、サタンは母の狙いが、ブレスを撃たせてこの場に足止めすることだと気づく。


 左右の腕でブレスを受けながら、背に宿る三本目の腕が高々とあがる。

 その腕には女神の神器である 《八叉冥矛》 が握られていた。

 矛から放たれし圧倒的な霊気にサタンの顔が青ざめる。


 今すぐブレスを止めて回避行動に移ったとしても、この壊れかけの身体では避けきる自信がない。

 そもそもどこぞの蛇野郎とは違って防御に回るのは好かない。ならばいっそのこと腹をくくる。相討ち上等でこのまま押し通す!



 ――来いよ母さん! その矛もあんたと一緒で過去の遺物だと教えてやる!



 八つの冥道から死者が逝く道を指し示す魂の神器。

 だが死の化身たる自分には通用しない。通用させない。

 たとえどこに飛ばされようと、そこが天国だろうと極楽浄土だろうと、瞬く間にこの肉体に舞い戻ってみせる。その事実を今この場で証明する!



「やはり……この矛じゃ……ダメ……か…………」



 ネメシスが如き存在が口を開いた。

 だがその声は聞き慣れた母のものではなかった。



「ならば……さっそく……――使わせてもらうぞッ!!」



《八叉冥矛》 に変化が発生した。


 いや変化というより崩壊というべきか。

 八つある神器の刃が一枚ずつ耳障りな音を立てて割れていく。

 すべての刃を失った 《八叉冥矛》 は、一本の薄汚い棒きれと化した。


 ――だがその見てくれに相反して何たる神威かッ!!



「おまえは、母さんじゃない」



 そしてサタンはようやくその事実に気づく。

 彼のよく知るネメシスは 《八叉冥矛》 をろくに扱えていなかった。

 真なる使い手により完全に掌握された神器はこれほどまでの脅威なのか。



「生きていたのかアドラッッ!!!」



 忘滅の大渦に身を晒し、唯一残った消せぬ真実が、今ここに大輪の華を咲かせる。



 瞠目せよ。畏怖せよ。崇拝せよ。祈りと共に鎮魂歌レクイエムを捧げよ。

 月星を司りし常闇の女神が、死を超越こえし真神として再臨する。




              ――死神アドラ顕現――




「運命は定まった。今、断罪の刻」



 アドラが邪悪極まる矛を振りかぶる。

 サタンは慌ててブレスを中断し 《忘却の消威》 を防御に回そうとするが、時すでに遅し。



「 《無叉虚矛クラーケ》 」



 そして死神の裁きは下された。

 高速で飛来した虚仮の棒きれは、サタンの胸に音もなく突き刺さると、まるで吸い込まれるように消えていく。



「……不覚」



 サタンは己が運命を理解し諦観と共につぶやいた。

《八叉冥矛》 が冥道を指し示す神器だとすれば 《無叉虚矛》 は冥道を塞ぐ神器。

 死者を導く女神の掌ではなく死者すら滅ぼす死神の鎌。

 逃げ場のない状態で無防備な魂に神器の直撃を受ければ必然の結末が待っている。



「結局のところ、おまえが本物の死神だったというわけか」



 サタンの全身が淡い光に包まれる。

 魂を失った肉体があるべき形に戻ろうとしている。



「まあいいさ。それもまた一興。ボクみたいな似非エセじゃない、真の人類悪の誕生だ」



 それすなわち虚無ゼロ

 万年の封印による劣化に度重なる改造が加わった結果、サタンはすでに魂なくして肉体を維持することができなくなっていたのだ。

 忘却の光がサタンの全身を包み込む。嘘と誇張で塗り固めた存在が消えていく。



「死神よ、あまねくすべてに、死を分け与えろ」



 そしてサタンは消滅した。

 何もかもが跡形もなく。まるで最初から何もなかったかのように。

 光の粒子となって昇天のぼって消えていくサタンの肉体を、アドラは夜の海のように静かな紅き単眼で見つめていた。



 人類と人類悪との生存を賭けた戦争は、ここに一応の終結を迎えることとなる。

 だがこれですべてが終わりというわけではない。

 サタン以上の脅威は、人類に破滅もたらす死神は、これからもこの世界に残り続けるであろう。

 その事実を誰よりも重く受け止めているのは、死神たるアドラ自身だった。

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