因縁の地
「アドラよ、愚かな人類の剪定は必要不可欠だ」
サタンの図体に似合わぬ繊細な魔力制御により、双頭のドラゴンはアドラに対して激しい攻撃を繰り返す。
「誰かがやらねばならぬなら、人類自身にその業を背負わせるわけにはいくまい。代わりに死刑を執行する者がいる」
アドラもまだ不慣れながらも必死にトモエを操作して猛攻を凌ぎきる。
「だからこそ今、この世界には『死神』が要るのだ! 人類の上に立ち、その繁栄をコントロールする絶対正義が! 必然の理をなぜ解さん!?」
「うるせええええええええっ! あんたはそんなご大層な理由で神になろうとしてるわけじゃねえだろうがあああああああっ!!」
叫びと共に、カタナを斜め下から振り上げる。
カタナはドラゴンの鱗の隙間に滑り込み、次の瞬間その首を両断した。
同じようにもう一方の首を斬ってやると、魔力を完全に断たれた双頭のドラゴンは悲鳴をあげながら消滅していった。
斬ることに特化したカタナだからこそできる芸当だ。
「あんたは自分のためにしか行動しない! 建前で話すのはもうやめにしろッ!!」
アドラがカタナを突きつけると、サタンは嘆息し大きく肩をすくめた。
「建前は大事なんだけどなぁ……まっ、兄弟の間だし別にいいかぁ。では飾りっ気一切なしの本音をおまえにぶつけてやるとしよう」
サタンは大きく息を吸い込んだ。
一切の魔力が立ち消え、アドラと同質の神威が生まれ、それは次第に膨らんでいく。
「全部ただの暇潰しさ」
――神の座はもちろん、愛さえ友情さえ、何もかもが死ぬまでの暇潰しだ――
「学術的好奇心はあれど不死になる気もない。潰しきれない暇など要らないからな」
サタンの口が大きく開いた。
その咥内に充満するのはアドラの何千何万倍もの量の 《忘却の象威》 。その威力は推し量ることすらできない。
「最後のテストの時間だ。果たしておまえはボクと戦う資格があるかな?」
滅亡の光が解き放たれた。
空間すらも切り裂く真白の閃光がアドラに直撃する。
「ナメるなあああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!」
アドラもまた自らの 《忘却の象威》 をトモエちゃんに送り込む。
トモエちゃんに内蔵された大量の魔石が、それを何千何万倍にも増幅する。
空白の神気を纏ったカタナが、迫り来るサタンのブレスを真正面から受け止める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
互いに同種同格の神力。
だが今回はアドラの質がわずかに勝った。
サタンのイレイサーブレスを両断すると、勢いそのままカタナを振り被る。
「合格! やっと『敵』に巡り会えたッ!!!」
アドラの放ったから竹割りを、サタンは今度は頭で受けずに白刃取りで止めた。
瞬間、二柱の周囲の空間に大きな亀裂が入る。
地獄が、神すらも超越した力の衝突に耐えられていないのだ。
「玩具といって悪かったな! キミをひとかどの武士と認めよう、トモエ――いいや破壊と殺戮の化身、悪鬼羅刹の紅孔雀よッ!」
せめぎ合う両者。
互いに一歩も譲らない。
兄弟としての意地と意地がぶつかりあう。
「そしてキミのような恐るべき鬼を創造したネウロイの神性もなぁ!」
サタンは予想をはるかに上回る好敵手の健闘を心底から称えた。
「聞こえる、聞こえるぞキミの精神感応が! その無骨な鎧を強者の鮮血で染め上げ、己が武を誇りたいのだろう? キミの欲望に応えられるのはこの広い世界で唯一、同類であるボクだけなんだろぉ!?」
握るカタナに力が篭もる。
サタンもまた腕に力を篭める。
両者の力は完全に五分と五分。このままでは決着がつかない。
「良かったなぁ! ボクと巡り会えて! この出会いはきっと運命だなァ!」
膠着状態を崩したのは第三者の介入だった。
サタンの足下に突如、巨大な魔法陣が展開される。
『ようやく隙を見せてくれたな! 待ちわびたぞぉ!!』
モモの封印魔法だ。
これはアドリブではなくあらかじめ打ち合わせて行ったもの。
この瞬間のために彼女は地獄に待機し、アドラにつけた魔導虫を通じて機会を伺っていたのだ。
「しゃらくせぇぞ! このクソババアがッッ!!」
サタンは足下に発生した結界を渾身の力で踏み潰した。
結界もろとも大地が消し飛び、アドラもろとも地獄の最下層へと堕ちていく。
※
「……二度も同じ手が通用すると思うなよモーリス。お楽しみは最後に取っておこうと思ったが、そろそろひねり潰してやるとするか」
長い長い落下の果てに、再びデュデッカへと舞い戻ったサタンは、いうが早いか閻魔殿に向かって 《抹殺の悪威》 を撃ち込んだ。
閻魔殿は跡形もなく消滅するが、サタンは不機嫌そうに舌打ちする。
「手応えがない。すでに制御装置ごと移動した後か。まあ当たり前か……」
モーリスはデュデッカにはいない。だが地獄のどこかにいるのは間違いない。この広い地獄でババア一匹見つけだして始末するのは非常に骨の折れる作業だ。
かといって地獄そのものを消してしまっては世界はおろか我が身の安全すらも危ぶまれる。そういった事情を考慮してあえて地上に戻らず地獄に居座りこちらに嫌がらせをしているのだ。知ってはいたがやはり性格最低最悪な老害だ。絶対に許さん。
「しゃあねえ。おまえたちとの決着をつけてからゆっくり探すとするか」
サタンが振り向くと、すでにアドラはトモエちゃんにカタナを構えさせていた。
おおかた背後からこっそり斬りつけるつもりだったのだろうが、そうは問屋が降ろさない。
「かつてボクが敗北し封印された地か。人類らとしては縁起がいい場所かもしれないな? なあアドラよ」
「さあな。今はすがれるものなど何もない時代だろう」
因縁の地で両者は再び相対する。
だがこの神無き時代に縁起も何もありはしない。
実力だけがすべての運命を決定する。
それがこの氷結地獄より冷たい現実だった。




