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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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天の声

 灼熱地獄にひさしぶりの沈黙が訪れた。

 エリの衝撃的すぎる告白にその場にいる誰もが反応に困って固まっていた。

 一番最初に口を開いたのは部外者のアドラだった。


「エリさん……もしかして、ミカエルに洗脳されてたりします?」

「私が洗脳されているかどうかは、そこにいるあのひとが一番よくわかっているはずです」


 アドラは困惑しながらサタンの方を見る。

 サタンは泰然とした態度でいった。


「ボクが見る限りいっさいの洗脳処理はされてない。神託こそ失われているが魂は間違うことなく本人だし身体もオリジナルに限りなく近い。完璧なエリ・ホワイトを再現――いや、完全復活させたといっていいだろう。ボクの眼を騙せるほどの偽物を造ったのであればたいしたものだが……まあ、マルディ如きでは天地がひっくり返ってもありえないな」


 ――マ、マジかよッ!


 アドラは驚きのあまりまたトモエの肩から落ちそうになった。

 いったい何をどうすれば人類の英雄が人類悪に惚れるなんて話になるんだ。事実だとしたらとんでもないスキャンダルだぞ。


「わ、わけがわからない……っ!」

「わめくなよ愚弟。このバカ女はそういやボクが納得すると思ってるだけだ。ありもしない色香で惑わせてボクをコントロールしようとしているんだ」


 ――あ、ああそういうこと。


 サタンの言葉にアドラは納得して胸をなで下ろす。

 要するにエリさんはサタンにハニトラを仕掛けているわけか。

 それはそれでどうかと思うわけなんだけど。


「誰がバカですか! 私がそんなくだらないウソをつく女だと思ってたんですか!?」

真実ホントなら大バカ女に格上げだ。勇者のキミがボクに惚れるところがどこにある? ボクは邪竜で人類の大敵だぞ?」


 サタンが珍しく自己否定するような発言を吐き捨てるようにいうと、エリは恥ずかしそうにうつむく。


「それは……私自身にもよくわかりません」


 アドラは首を傾げた。

 サタンはああいうが、やはり何かしらの洗脳処置がなされているのではなかろうか。


「私は、あなたを倒す勇者として神に選ばれました。だけど、私個人としては誰とも、たとえ人類悪あなただろうと仲良くなりたかった」

「博愛主義のキミらしいね。だからこそ初代聖王に選ばれた」

「私は何度もあなたを説得しました。必死に戦いながらずっとずっと……でもあなたはなかなか首を縦に振ってくれなくて……」

「当たり前だろう。戦場で互いに敵同士、首を縦に振るほうがどうかしている」

「なのにあなたは、最後の最後に私の言葉を聞き入れてくれた! 破壊を続ける同胞たちを止めてヴァーチェから去ってくれた!」

「それがどうした。キミが誰とでも解りあえる真の聖女だというのは周知の事実。ボクもその中のひとりだったというだけだ。そう珍しい話でもあるまい」

「傲慢にも、私も最初はそう思いました。誠心誠意を込めて話せば人類悪とだって解りあえる。私にはそういう不思議な魅力が備わっているんだって」

「……」

「でも聖王になって、たくさんの人の悪意に触れて、そうじゃないってようやく気づきました。私は誰とでも解りあえるわけじゃない。相手があなただったから解りあえたんだってわかったんです」

「……おいおい、まさか!」

「あなたはずっと私の言葉に真剣に耳を傾けてくれていたんです。最初に戦った時からずっとずっとずっとずっと。だってあなた、私の話したこと全部、本当にどうでもいいことまでちゃんと覚えてくれてたもの。たぶんそれが嬉しくて、私は……!」


 エリは両手で顔を覆った。恥ずかしさで耳まで真っ赤にしている。



「いつの間にか、あなたのことが好きになっていたんだと思います……ッッ!!!」



 じょ……――冗談だろォ!?



 アドラは顎がはずれんばかりに驚いた。

 死ぬほど驚いた――が、同時に喉に刺さっていた魚の小骨が取れたようなスッキリした気持ちにもなっていた。


 実は初代聖王エリスは結婚していない。

 ジークフリーデをはじめ多くの男性に求婚されたがすべて断り生涯独身を貫いた。

 歴代聖王も血の繋がりはない。かつてエリスに与えられた神の託宣を受け継いでいるだけの赤の他人だ。顔が似ている者が多いそうだが、同質の魂を持つ人物が選ばれているため偶然そうなっているにすぎない。歴史を紐解けばまったく違う顔つきの者も無論いる。


 断固として結婚しないエリスを周囲は不思議に思った。

 そして数え切れないほどの憶測、噂話が広まった。

 ソレはいつしか伝説となり、聖王の伴侶に選ばれる者は封印されしサタンを討ち世界に平和をもたらす人類の王のみといわれるようになった。求婚を断り続けたのは皆、その器無き者とみなされたと思われるようになった。


 伝説は『ソロネ武闘大会』を生み『勇者の試練』を生んだ。


 アドラはそれらを乗り越えた当代のソロネ王であるため、その辺りの歴史には詳しい。

 だが詳しいが故にずっと不可解さを感じていた。

 サタンを打倒することと結婚しないことはどう考えても別問題だ。大昔は何かしらの理があったのかもしれないが、少なくとも現代に生きるアドラの常識内では無関係だ。


「私が自分の気持ちにハッキリと気づいたのはあなたを封印した後でした。気づいた時にはすでに何もかもが手遅れでした。どれだけ後悔してもしきれません。私はもう二度とあの時の過ちを繰り返さない!」


 ――真実は、封印してしまったサタンに操を立ててたってだけなのか!?


 そう考えると確かに色々と辻褄があう。

 あわれては困るわけだが。



「お返事をお願いします!!!」



 そういってエリは深々と頭を下げた。

 アドラは絶句して事の成り行きを見守る。


「ええ……冗談だろぉ……」


 サタンの第一声はアドラの想いとまったく同じだった。

 認めなくはないがやはり兄弟なのか。

 いや……普通こんなの誰でも困惑するわ。返事しろとかいわれてもまともな返答なんて無理だろ。



「まさか相思相愛だったとはなぁ……」



 えええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!



「驚くなよ愚弟。彼女はボクに親身になって話しかけてくれた唯一の女性だぞ。そら惚れるに決まってる。そっちのモノ好きとは違って至って普通の思考だ」


 ――驚くに決まってるだろこの人類悪めっ!


 だが恐ろしいことにこっちの発言もウソではないだろうと納得できてしまう。

 ヤポンを消しチャイーナを滅ぼしホーリを突破しミーザルへと侵攻――事実上の世界征服まであと一歩というところまで来て突如、同胞を殺害しての撤退劇だ。史実では聖王に破れたとされているが、そのわりにはリベンジもせずにキュリオテスでやたら元気に活動してたわけで、薄々おかしいとは思っていた。

 聖王に惚れて進軍をとりやめたと考えるほうがぜんぜん辻褄はあう。いや、あってもらっては困るわけだが……。


「……安心しろ。これ以上、おまえを驚かせるような事態にはならないさ」


 サタンは少しだけ考えるような素振りを見せてからアドラにいった。

 いやまあ、これ以上は驚きようがないわけだが。


「彼女の想いは概ね理解した。当代の聖王もおまえみたいなヘタレ魔族に惚れているらしいし、聖王というのは奇人変人が選ばれるものだということで納得した」


 余計なお世話だ。

 だが誠に遺憾ながら同意見だ。


「そしてボクは普通なので、単に優しくされたという理由で彼女に惚れている。我ながらチョロいと思うが仕方がない。何しろこれが初恋なのだからね」


 いったいおれは何を聞かされているんだ……。

 つうか本人がそこにいるんだから本人に向かって直接いってくれ頼むから。


「トマルにもいったけど、同じ想いを共有できるのはとても素敵なことだ。親友と初恋の女性の両方に想われるなんてボクは果報者だ」


 ……あれ? もしかしてこれ戦争回避できる?


 ぶっ飛んだ話を聞かされ続けて思考が停止していたが、よくよく考えれば戦わずに済むならそれに越したことはないじゃないか。

 自由恋愛大いに結構。当代の聖王なら天地がひっくり返るほどの国際問題だが、初代エリスは死者として扱われている。どこかの山奥で誰にもバレずにひっそりと暮らす分にはぜんぜん大丈夫なはずだ。

 サタンには恨みつらみがたくさんあるが、そうしてくれるなら何もかも全部水に流してもいい。むしろ全力で応援したい。さすがに魔界は無理だが地上のどこかにいい物件がないか探してみよう。


「以上のことを踏まえてエリ……キミの告白に応えたい」


 サタンはアドラたちに背を向けた。



「ボクの返事は――――これだッッ!!!」



 そして勢いをつけて反転し、尻尾による強烈な一撃を叩きつけてきたのだ。

 アドラは慌ててトモエの肩でそれを受ける。

 盛大に吹き飛んだが幸いダメージは軽微。アドラもエリも直撃はもらわず、肩の装甲が剥がれただけで済んだが……。


「危ないじゃないかッ! エリさんだって乗ってるんだぞ!?」

「浮ついた話でおまえのやる気を削いでしまって実に悪かった。ここからはキチンと巨悪を演じるので勘弁してくれ」


 サタンの魔力が再び高まっていく。

 今度こそ本当に戦闘態勢、開戦は不可避だ。


「なぜだサタンッ! 相思相愛だというのなら、戦うのをやめてエリさんと一緒に暮らせばいいじゃないか!!」

「ボクはおまえたちと違って学習能力のある常識神なのでね。色恋沙汰で戦闘放棄するなどというイカれた選択肢はもう二度と選ばないと決めたのさ」


 ――そ、そんなことで……ッ!


 いいかけたが、確かにそれはその通りであろう。

 決戦は必然。何があろうと人類は絶対にサタンを赦さないし、サタンもまた人類を赦す気はないのだろう。個人的な友好関係など何ら意味がない。だがしかし!


「エリを降ろしな。彼女にはもう期待しない。二柱ふたりだけで闘ろう」

「やはり闘うしか……ないのか!?」

「愚問だな。そういう運命だよ、はじめから――ボクたちが生まれ落ちた瞬間からね」

「ああそうだな! きっとそうなんだろう! 理解はできるよ!」


 ――だが納得はできないっ!!


 運命に翻弄され続けて何が神だ!

 神ならば運命すらも乗り越えて自らの意志で道を選ぶべきじゃないか!?

 唯我独尊なあんたになぜそれができない!?

 おれはやるぞ!!



 アドラの戸惑いは怒りへと変わった。

 今から常識なるものにすがるクソ兄貴の頭を死ぬほどぶん殴ってバカにしてやる。



『あなた様にその意気があるのであれば、私から提案があります』



 決意も新たにアドラが前に出ようとしたその時、何者かの “声” が――

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