告白
最初にその違和感に気づいたのは、後方支援故に心に余裕のあるシルヴェンだった。
――いくらなんでもあっさりと事が進みすぎている。
確かにシルヴェンたちの神雷を吸収したエリは人智を越えている。その実力はラースと同等、あるいはそれ以上だろう。
キュクロープス・アルゲースが通用した先ほどまでのサタン相手ならば圧倒してもおかしくはない。
だが現在のサタンは、古くなった皮を脱ぎ捨て新たなるステージへと進んでいる。
脱皮前と同程度の力というのはいささかおかしい。
少なくとも、人を捨て強大な神威まで纏ったアドラが、絶望のあまり戦意を喪失するほどのモノを持っているはずなのに。これではまるで、
「手が止まってるぞシルヴィ!」
エリに活を入れられてシルヴェンはすぐさま聖力を天へと飛ばす。
だがこれは悪手ではないかという考えがどうしても頭から離れない。
――今すぐ戦術を変えるべきだ!
手数で押すのではなく極限まで充電してからの一撃必殺に切り替えるべきだ。
そうでなければ相手の生命より先にこちらの聖気が尽きる。
「くっ……!」
だがその進言をするにはいささか押し込みすぎている。
こちら側の攻撃が十分効いているように見えすぎている。
この状況下では、兵を犠牲にして充電に専念しろなどといっても、無道の策だと叱られ却下されるだけだ。もう少し状況が変わるのを待つしかない。
――我々はサタンの術中にはまっているのかもしれない!
シルヴェンにはサタンが意図的に戦術を切り替えられないような状況を生みだしているように思えてならない。
無限大の魔力を最大限に活用し真綿で首を絞めるようにじわじわと殺す、蛇のように狡猾な罠。時が経てば経つほどこちらが不利になる。
――これ以上、人類悪の思い通りにさせるわけにはいかない。
シルヴェンが進言の好機を伺っていると、サタンが突然こちらの方を向いた。
最初は神雷の主な発生源である自分を狙っているのかと思ったが、背後から感じる怖気すら覚える魔力ですぐに違うと気づく。
振り向けば、馬鹿げた巨大さの鎧武者が、こちらに向かって一直線に飛んできているのが見えた。
「おいシルヴェン、ありゃ何だ?」
サタンが訊いてきた。
そんなもの自分が知るわけがない。
「まあ操縦者から直接聞きゃいいか。キミたちの相手もそろそろ飽きたしな」
え? 今、なんて――
「よそ見をしている余裕はないぞ、サタンッ!!!」
隙有りとみたエリが上段よりエクスカリバーを振り下ろす。
「あ、ソレはもういいよ。ゴクローさん」
サタンは右手を軽く振る。
ただそれだけで巨大な稲妻の剣が、まるで消しゴムでもかけられたかのように根本から消滅した。
「なッ――!!!」
驚きわずかに隙ができたエリの胸に、間髪入れずに矢のように鋭い 《抹殺の悪威》 が叩き込まれた。
その圧倒的な威力に押し負けて、はるか遠方へと吹き飛ばされる。
「一応手を抜いてやった。こっちの用件が済んだらまた相手してやるからそれまでに対策練っとけ」
あまりに一瞬の出来事にシルヴェンは唖然とした。
そして自らの考えがまったく的外れだったという事実に気づく。
――策でも罠でも何でもなく、ただ遊んでいただけだったというのか。
人類悪の力はすでに人智の及ばぬ領域へと達しているというのか。
聖王ですらその影を踏むことすら敵わぬというのか。
人類にはもはや絶望しかないというのか。
「今はこっちの接待のほうが大事だ。ようやくやる気になってくれたようだからな」
否……諦めるにはまだ早い。
人類にはまだあの御方がいる。
――私が選んだ新時代の神が!!
「新しい玩具を買ってもらってようやく機嫌を直したか――相変わらずガキだなぁ、アドラぁ!!!」
紅武者の肩に乗ったアドラは、サタンと真正面から向かい合う。
「なんだなんだその玩具は。巨大ロボットとかさすがのボクもビビったわ。誰だよこんなロマンとファンタジーに溢れる素敵なモン造ったのは。ああいや、やっぱいわんでもいいわ。直接闘りあってフォーチューンリンクをたどりゃすぐわかる。でもいちおう銘ぐらい訊いておこうかな。見たところヤポンの武者みたいだし互いに名乗りを挙げて正々堂々と仕合うのが武士の誉れってものだろう。……で、キミの名は?」
「『恋に恋した乙女武者ラブリーエンジェル☆トモエちゃんマークⅡ』だ!」
「なるほどふざけやがって。まじめに答える気がねえんだな」
もちろんふざけてなどいないし、大真面目に答えたつもりなのだが……。
「ちょっと優勢さを感じるとすぐに調子こく。ガキはガキでもメスガキみてえな野郎だ。今すぐデカいのをぶち込んでわからせてやるよ」
「待てサタン! その前にもう一度だけ話し合いたい!」
着地したトモエちゃんに突進しようとするサタンをアドラが慌てて制止する。
サタンは意外そうな顔で足を止めた。
「なんだよ今更。暇だからいくらでも付き合うけど、おまえはこの期に及んでボクと話し合うことなんてねえだろ」
「正直おれにはない! だからあくまで立会人という立場だ! あんたと話し合いたいというのは彼女だ!」
そういってアドラは、トモエちゃんの掌に乗ったエリスをサタンの前に差し出す。
極めて危険な行為だが彼女たっての願いだ。
「……ソイツとは、もうボクのほうが話すことがねえよ」
いくらか声のトーンを落とすサタン。その様をアドラは意外に思う。
いかな人類悪といえど宿敵だったエリスには思うところがあるのだろうか。
「こっちは想定外の事態にテンション上がってるんだ。いいからさっさと始めようぜ。おまえだってその玩具の威力を試したくてうずうずしてるんだろう?」
「私の話を聞いてくださいサタン!」
掌の上からエリスが大声を張り上げた。
サタンは心底うんざりした表情で彼女を見下ろす。
「アスカロンは返した。援軍を呼んでやった。アドラも復活した。大分有利な現状だと思うが、まだ不服があるというのかい? これ以上のハンデはさすがに甘えだろ。わかったなら、さっさと戦の準備をしろ」
「違うんです! 私のしたいことはそんなことじゃないんです!!」
「くどいぞエリ! キミの幼稚な理想論はもう聞き飽きた!」
サタンが怒鳴った。
アドラはその余裕のなさを不可解に感じる。
この状況下であろうとサタンの優勢は揺るがないはずなのに。
「ボクと人類の共存は不可能だ。それは12000年前に十分理解したはずだろう。よってもう話すことなど何もない」
「理解はできても納得はできません。人類すべてと仲良くする必要はありません。世界は広い。私たちの住める場所はどこにでもあるはずです」
「どこぞの山奥にでもいって隠遁しろってか? バカじゃねーの? 人類らは今さらそれができんの? てめえらができねーことを神に押しつけんな」
「ダメですか? 私はそれで十分幸せなのですが……」
「さっきからキミが何をいってんのかまるでわからん。まるでボクと一緒に生活するみてえな物言いだけど」
「あなたが私を受け入れてくれるというのであれば、是非そうしたいです」
エリスの言葉にサタンは腹を抱えて笑った。
「なるほど、得意の自己犠牲の精神ってやつか。キミは本当に相変わらずだなぁ」
ひとしきり笑い終えると一転、凄まじい形相でこちらを睨みつける。
「あまりボクをナメるなよエリ」
爆発的に膨れ上がるサタンの魔力に恐れおののき後ずさり、アドラは危うくトモエちゃんの肩から落ちそうになった。
常に人類を見下し続けていた人類悪が今、人類の言葉で激しい怒りにうち震えている。なぜそこまで怒っているのかまるでわからないが、
――あまり刺激しすぎるのは危険だ!!
今のサタンの力なら地獄そのものを吹き飛ばせるし、実際やりかねない危うさを感じる。
もしそのような事態に陥れば、アドラたちの死は当然としてこの世界にどのような悪影響がもたらされるのか想像もつかない。この世界が奇跡的なバランスで成り立っている以上、平穏無事は絶対にありえない。あの世を含めた何もかもが跡形もなく吹き飛ぶなんてこともぜんぜんありうる話だ。
立会人として傍観するつもりだったアドラだが、最早そんなことをいっている場合ではないのかもしれない。
「なんだそれは同情のつもりか? ボクはキミに同情されるほど哀れな存在だとでもいいたいのか? 人間ごときが人間の尺度で孤高の神を孤独と見下すか? その傲慢の報いを、今ここで受けるがいい!」
完全に戦闘態勢に入ったサタンを見てアドラはすかさず身構える。
勝機はあると今でも思っているが、こうして面と向かうと掴める気がしない。
――だが、それでもやるしかない!
「私は同情なんてしていません! なぜそのように解釈なされるのか!?」
エリスは再び叫んだ。サタンの怒りは収まらない。
「自分の発言の意図に気づいていないのか? 今、キミはボクが独りで可哀想だから仕方なく一緒にいてやるといったのさ。大方ボクが寂しいから、それを紛らわせるために悪さをしてると思いこんでいるのだろう。キミはボクをそこら辺の不良のガキどもと一緒だと小バカにしてるのさ。これ以上の侮辱はない」
「だから、どうしてそうなるんですかッ! 私そんなこと一言もいってないじゃない! あなたはいつもいつも、そうやって相手の言葉の裏を勘ぐってばかり! いい加減うんざりです!!」
「それ以外にどう受け取れっていうんだ! うんざりなのはこっちのほうさ! これ以上ボクにつきまとうのはやめてくれないか!?」
「ああもう、わかりました! 結構勇気を出していったつもりなんですけど、ここまでいってもまだ伝わらないのなら、もうストレートに告白しますッッ!!」
エリス――いやエリは頬を赤らめ、有らん限りの勇気を込めていった。
「私はあなたのことを愛しているんです! 大好きなひととずっと一緒に居たいと願って何が悪いんですか!?」




