裏切り者
地獄までの長旅を終え、クーデターを鎮圧し、ようやく司令室へと戻ってきたアドラを待ち構えていたのは更なる苦難と試練だった。
「仕事何も終わってねぇ!!!」
代理のネウロイはクーデターのために奔走していたので当たり前の話だった。
調べてみたところ正直もうどうしようもなくなっている案件もちらほら。
絶望。何もかも投げ出して盗んだドラゴンで走り出したいぐらいだ。
しかし泣き言はいっていられない。
ネウロイの代わりに四天王をやると決めた以上は死にもの狂いでやるしかない。
ゲルダが持ってきた山のように溜まった書類に手を伸ばす。
「だいじょーぶ。そんな急いでやる必要はないデスよー」
来訪者はサーニャだった。
彼女はちゃんとノックしてから入ってくるので好感が持てる。
四天王で唯一の癒し担当だ。外見もナースだし。
「今回のクーデターで師団の再編成が行われるのですべての作戦行動は中止デース」
これ以上ないほどの朗報だった。
再編成が行われるほど大量の死者が出たのは胸の痛む話だが、おかげで過労死だけは免れそうだ。
「アドラさんもこの機に有給を取っていいデスって。少し休んでくださいニャ」
「ありがとうサーニャさん。だけどそれは謹んで辞退させてもらいます」
死ぬほどありがたい申し出だったがアドラは断り席を立つ。
「作戦行動は中止になっても部族間との会談とかがありましたからね。今から関係者のところに謝りにいかないと」
「クソ真面目ですネー。小民族との会談なんてブッチしちゃえばいいじゃないデスか」
「そうもいかないですよ。サーニャさんたちだって昔は同じ立場だったのでしょう?」
「……なるほど。そりゃそーデスね。お気遣いありがとーございます王子様」
「王子はやめてくださいよ。仲間じゃないですか」
アドラは疲れた笑みを浮かべてそういうと、軽く手を振って司令室を後にした。
残されたサーニャは秘書のゲルダと二人きりになる。
「ゲルダさんは行かなくていいんデスかぁ?」
「私は内勤ですので。外での活動は契約外です」
「あーそうデスか。じゃあ客が来てるのだからお茶ぐらいは出してくださいよー」
かしこまりましたと一礼してゲルダはお茶を持ってくる。
秘書ならお茶ぐらいいわれなくても出せとサーニャは思う。
「契約で思いだしましたけど、ゲルダさんって派遣社員なんデスよねぇ」
「はい。100年契約ですのでもうじき更新ですね」
手鍋から注がれた煮えたぎるように熱い紅茶をサーニャは一気飲みする。
まずい。茶葉を入れてから沸騰させたせいで風味も何もあったものではない。
死人だからといって馬鹿にされているのだろうか。
「なんで派遣なんですかね? 部下なんていくらでもいるじゃないですデスか」
「さあ。それはネウロイ様にお訊きください」
実はすでに訊ねていた。
しかしどうも説明が要領を得ない。
有能で外見が好みだったというのも整合性を取るための後付けの理由に思える。
「アナタの派遣元のドリマケド社って調べてみたらすごく小さい会社なんデスよね」
「お恥ずかしい限りです」
「その割には決算を見る限り金回りがいいように思えるんデスよねぇ」
「少数精鋭ですので。魔王軍からもたくさんいただいております」
「そこがおかしいんデスよ。なんで派遣社員が正規軍人以上にもらってるんですかネ」
そもそもこの魔王城に正規軍人以外の派遣がいることそのものがおかしいのだが、おかしいと断言できないところが魔王軍のカオスなところだ。
金の件も愛人を兼ねていると考えればそこまでおかしい話ではない。
ないのだが……あえてサーニャは断言した。
「先日のクーデター……いくらなんでも手際が良すぎるんデスよ。ネクロマンシーが破られたのはアタシの技量のなさで済みますが、外部にある師団との連携が早すぎます。事前に誰かが準備してたとしか思えない」
山積みの書類。
悪い愛想。
融通の利かなさ。
まずい紅茶。
秘書としてのやる気のなさがサーニャの疑念をますます深める。
「軍内で、身元が不確かで、粛正されていないのは、もうアナタしかいないんデスよ」
そして何より今のゲルダの眼。
刀剣のように鋭い歴戦の戦士の眼だ。
隙のない立ち姿ももはや秘書のそれではない。
ここまで揃えばほぼ確信。
ゲルダは裏切り者のスパイであると。
たとえ間違っていても後で謝れば済む話。とりあえず死体にすることに躊躇はない。
サーニャはどこからか取り出した大剣で素早くゲルダを斬りつけた。
しかし危機をいち早く察していたゲルダは難なくそれをかわす。
「やりますね。アタシのマジカル☆ナースソードをこんなにあっさりかわすなんて」
「そのごつい剣には魔法要素もナース要素もないではないですか」
細かいことは気にしない。サーニャは大男の身長ほどある大剣をまるで竹刀のように軽々と振り回す。
しかし当たったかのように思えたサーニャの攻撃はなぜかむなしく空を切った。
「アタシ知ってますよ。相手の視覚を操って攻撃をかわす魔族がいることを。アナタ実はけっこうな大物デスね?」
「四天王に覚えていただけているとは身に余る光栄」
ゲルダの身体が薄くなっていく。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
「我が真名はルキフゲ・フォロカレ。光を嫌い光を避ける者。この礼はいずれ必ず」
ゲルダ――否、ルキフゲの姿が完全に消えた。
事前に待機させていた部下に緊急包囲網を敷くよう命じるがおそらくは無駄だろう。
ルキフゲの魔力は周囲の光を屈折させ不可視を実現させる。
誰にも捕まえることは不可能だ。
「反乱軍の大幹部様が直々にスパイですか。意外とヒマなんデスかねぇ」
何はともあれここから先は自らの権限外の話。
サーニャは指示を仰ぐべくルーファスに連絡を入れた。
おそらくこれはいい機会になるだろう。
長らく放置していた反乱軍と決着をつける日が近づいている。
ひさしぶりの大規模な戦争。
元魔王親衛隊の血が騒ぐというものだ。
サーニャの予想通りこの一件、後に魔王軍と反乱軍の全面戦争にまで発展する。
だがルーファス護衛のためその任務から外されることになろうとは、この時のサーニャには知る由もなかった。




