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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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悪鬼

「今一度確認したい。ダラクくん、先日口にした宣言に嘘偽りはないかね?」

「はいにゃ?」


 エリたちをソロネに無事送り届け、ネウロイのいるルガウ島へとやってきたダラクは、出会い頭ネウロイにそう質問された。


「ええっと……先日といいますが、具体的にはどの発言のことでしょうかにゃ?」

「最後の天使として、カナイの勇者として、プリンシパリティの神に仕えるのではなく、君という個人が、儂という個人に仕えるという話だ」


 ――なんだ、そんな話かにゃ。


 ダラクからすればネウロイに無条件に仕えるのは当たり前の話なのだが、あのような事があっては疑心を持たれるのも無理からぬ話。晴らす手段はただひとつ。


「おいらの主はネウロイ様のみ。すべては主の望むままにゃ。お疑いとあらば今すぐ村に戻り、余計な戯れ言を吐いたミーヤ・アヴェントスの首級を捧げるにゃ」


 そういってダラクは剣を抜いた。

 生きる意味を見つけた彼にすでに迷いはない。必要とあらば鬼だろうと神だろうと肉親だろうと叩き斬る。

 自分をそういう風に育てたのは他ならぬ祖母だ。祖母も納得して斬られることだろう。


「いやいや、そこまでせんでもいいから! 彼女は君のおばあさんだろ! 肉親はもっと大事にしなさい!」

「ネウロイ様がそういうならそうするにゃ」


 ダラクはあっさり剣を収めた。

 頭は悪いが物わかりは悪くはないし基本上に従順。そこがオズワルドが気に入っていた点だそうだが……。


「ばあちゃんの言葉は忘れてくださいにゃ。神は選ぶものではなく受け入れるもの。おいらたちは神の意志に従うのみ。それがわからんばあちゃんではないはずなんだけどにゃあ」

「儂が物申したいのはまさにソレだ。君たちには本当にもうしわけないと思うのだが、儂は神になる気などさらさらない。ハッキリいって器じゃないし、儂にそんな資格はない。よって選神戦争なるくだらん争い事からは降りるつもりでいる」

「神の御心のままににゃ」

「だから神にはならんといっておるだろ!」

「これは異な事を。たとえ神にならずともネウロイ様は間違うことなく神にゃ」


 ……言葉の意味がわからん。


 ネウロイは頭を抱えた。

 まあダラクと話すときはだいたいこうなのだが。


「おいらは馬鹿だからネウロイ様のいうことをあまり理解してないかもしれんけど、そもそも神に何か資格とかいるのかにゃ?」

「……要る。このエルエリオンでは主神ラースの智慧をすべて受け継ぐ者を神と呼ぶ。今は行方不明だそうだが、必ずどこかにソレを残している。この戦争の勝者への『景品』としてな。それを授かるためには相応の力を世界に示す必要が――」

「おいらはそんな奴は知らんし興味もないにゃ。おいらの中ではネウロイ様のほうがはるか格上にゃ。そんな奴の知恵がないと主神とやらに認められないなら、なる必要なんてまったくないにゃ」


 ――エルエリオンにいてラースを知らんとは逆にすごいわ。


 さすがは田舎者……といったら殺されるか。


 まあそっちのほうが健全かもしれん。

 ソロアスター教が幅を利かせすぎている現状は大きな問題だろう。


「重要なのは顔も知らん誰かの評判ではなく、おいら自身がどう思うかだと思うにゃ。そんな名も知らんおっさんに認められなくてもネウロイ様は間違うことなくおいらの神にゃ。何があろうと一生ついていくにゃ」

「……一応、儂の話を承諾したということで話を進めるぞ」

「もちろんラースとかいうおっさんの知恵を奪い世間的にも自分を神だと認めさせたいというのであれば、すべておいらにお任せくださいにゃ。反発する者すべてぶった斬ってやるにゃ。ついでにラースのおっさんも叩き斬るにゃあ」

「過激な発言は控えてくれマジで。どこで誰が聞いてるかもわからんのだから」

「了解にゃ!」


 ダラクはいきおいよく敬礼した。ネウロイは大きなため息をひとつつく。

 命令に従順とはいえ、やはり常識知らずのヤバい猫人だ。口も果てしなく軽そうで、秘密を明かすことにいささか躊躇を覚える。


 ――だが、いちおう筋は通しておかねばな。


 腹を決めるとネウロイは、ダラクを連れてイザーク城近辺にある倉庫へと足を運んだ。


「小汚い倉庫にゃ。うちと変わらん田舎にゃ」

「実はこの倉庫には地下室がある」


 そういってネウロイは手元のコンソールを操作する。

 足下からせり上がってくるエレベーターを見てダラクは飛び上がるほど驚いた。


「ハイテクにゃ! 大都会にゃ!」

「君に見せたいものがある。ついてきてくれ」


 エレベーターに乗った二人は地下へと降りていく。

 その間にネウロイはダラクに事情を説明する。


「儂が君の村を救った話はもちろん知ってるな?」

「もちろんにゃ! 感謝の言葉もないにゃ!」

「そのとき儂は、交換条件として村長から魔石鉱山の在処を聞いた」

「それも聞き及んでいるにゃ」

「儂はそこで莫大な量の魔石を発掘し、ルガウに輸送した」

「それがどうかしたんですかにゃ?」

「たぶん君が想像しているよりはるかに大量の魔石だ。それこそ世界を征服できてもおかしくないほどのな。正当な取引で手に入れたモノとはいえ、儂はその価値を君たちに正しく説明していなかったように思える。そのことを儂はずっと後悔していた」


 エレベーターが目的地へとついた。

 ルガウの地下には途轍もなく広大な研究施設が存在していた。

 地上の倉庫はこれを隠すためのカモフラージュにすぎなかったのだ。


「だから今ここですべてを知ってもらい、そして神ではなき儂の代わりに判断してもらいたい」


 ネウロイは振り向き、ダラクに告げる。



「果たしてこの『悪鬼』を世に解き放っていいものかを」



 研究施設にて製造されていた『悪鬼』を見て、ダラクは眼を丸くした。

 悪鬼ソレは彼の背丈の何十倍もあろうかという鎧武者だった。どこかヤポンの文化を感じる古風な外観をしているが、中身は最先端の技術の結晶となっている。


「これは君たちからもらった魔石を用いて儂が半生をかけて作った決戦用魔導兵器だ。その目的は『世界征服』だったのだが……そのあまりの畏れ多さと操縦機関の不具合によって開発を凍結していた」

「なるほどなるほど。それを今回、開発再開したわけですかにゃ」

「そうだ。儂らは魔王軍と事を構える可能性があったからな。もちろん、あくまで抑止力としての開発再開だったのだが……知っての通り、この悪鬼を使わねばならぬ非常事態が発生してしまった」


 魔王竜サタンの完全復活。

 世界征服のための最終兵器として生み出された悪鬼は、世界平和のための切り札に生まれ変わったのだ。


「儂はこの悪鬼を諸君らの忌み嫌うマドの邪神アドラに託し、人類に仇なすサタンを討つ。ダラクくん……いいや我が弟子ダラクよ。おまえはこの事実をカナイに伝え、使用の是非を問うてきてくれ。儂はそちら側の決定に従おう」

「了解にゃ! ネウロイ様は来られないのですかにゃ?」

「自分でいうのも何だが儂は口だけは達者だからな。行けばきっと簡単に諸君らを言いくるめてしまうだろう。儂がいるところでは話しにくいこともあるだろうし、まずはおまえだけで行ってきてくれ。必要とあらば無論、儂もはせ参じる」

「どうせ何も変わらんとは思うけど……わかったにゃ!」


 ダラクはすぐに魔石を使ってカナイまで瞬間移動した。

 ネウロイは村の結論が出るまで何日でも待つ覚悟だったが、ダラクは風呂敷を持ってすぐに戻ってきた。


「こんな石ころいくらでも自由に使ってくれとのことにゃ。足りないようなら追加でこれもどうぞ」


 風呂敷を開くと大量の魔石がゴロゴロと床に転がった。

 いくらなんでも雑に扱いすぎだ。


「……おまえ、ちゃんと村長たちに事情を説明したのか?」

「もちろんにゃ。カナイの民からすれば昔あった国をぶっ壊した元凶だし、ありがたがる理由なんてこれっぽっちもないにゃ。鉱山だってとっくの昔に廃坑されてて、今でも使ってるのはうちのばあちゃんみたいな物好きだけ。握り飯ひとつのほうがはるかに価値があるにゃ」


 ――まあ、確かにそれはそうか。


 だが、だからこそ、魔石の大量使用を危惧する者もいるはずなのだが……。


「ミーヤ様は何といっておられた?」

「色々いってたけど要約すると『神の御心のままに』とのことにゃ。己の分をちゃんと理解してて良かったにゃ」

「……それは本心か?」

「それはわからんにゃ。でも信心を忘れ、神の意志を己の自由にできると驕るなら、おいらが斬るだけにゃ」

「だから身内の間で血生臭いことはだな!」

「ネウロイ様、これは身内だからこそのケジメにゃ。ニライ・カナイは信心を忘れ、自らが神になろうとして魔石を乱用して滅んだにゃ。勇者として孫として、ばあちゃんに同じ愚を犯させるわけにはいかないにゃ」

「それは他ならぬ儂自身にもいえることではないのか?」

「ネウロイ様はカナイの豊穣神だからぜんぜんOKにゃ」

「何度も重ねていうがな、儂は神ではないし神にもならんぞ!」

「了解ですにゃ。では言い方を改めますにゃ」


 ダラクは敬礼し、村の代表者としてウロイに告げる。


「我らカナイの民はネウロイ様に全幅の信頼をおいているにゃ。村を救うほどの智慧を持ちながらも、決して驕らず常に自らを厳しく律するあなた様ならば、地獄の死神も破滅の魔石もきっと正しく使いこなしてくださると」


 ――まあ、全部ばあちゃんの受け売りなんだけどにゃ。


 そういってダラクは笑った。


「プリンシパリティの天使にそこまでいわれてはしかたがない……か」


 向こうがすべてを承知して魔石を託した以上、こちらから言えることは何もない。

 ネウロイもまた納得して頷いた。


「ではその信頼に応えるべく我らも最善の努力をしよう――オルガンくん!」


 ネウロイの呼びかけに応じて開発主任を任されたオルガンが研究者の格好で現れた。

 ……といっても普段のサキュバスルックスに、申し訳程度に白衣を羽織っただけなのだが。


「最終調整は滞りなく進んでいるか?」

「天才魔導技師であるこのあたしがやってるのよう。すべてが完璧に決まってるじゃない。見なさい、この朱き鬼武者の恐ろしくも美しい姿を。これほど凄まじい魔導兵器、きっと後にも先にもないわよう。歴史にはこのオルガン・ストラトヴァリウスの最高傑作として……とはさすがにならないわよねえ。何せ設計開発共にほぼほぼネウロイさんがやっているわけだしぃ」

「いや、君の作品ということで構わんよ。儂だけでは八方手詰まりで、こいつを完成させられなかったわけだしな。だがしかし、まさかこんな方法があるとは……まさしく天才の発想だわい。汎用性はゼロだがなぁ」

「あら、そんなもの不要でしょう。彼女はあの男性ひとの最後の剣なのだから」


 ――ああ、そうだな。


 愛おしそうに鎧武者を眺めるオルガンにネウロイは同意する。

 これはアドラ専用の魔導兵器。使い捨ててもらって一向に構わないし、仮に無事で済んだとしても廃棄処分する予定なのだから。



「では遠慮なく、私の愛の結晶として彼女をアドラちゃんに託すとするわッ!!」



 白衣をはためかせ、オルガンが意気揚々と宣言した。

 最近の彼女は色々とテンションがおかしい。この抜き差しならぬ状況下にも関わらず何となく幸せそうに見える。まあ結構なことではあるのだが。


「それはいいとして、どうやってコイツを地獄にいるアドラのところにまで持っていく?」

「それはもちろん、彼女に運んでもらいます!」


 オルガンは研究室の端で黙々とアイスを食べていたサーニャをビシっと指さす。


「この研究室はルガウの倉庫の一部! つまりは 《神の見えざる指》 の効果適用範囲内! アドラちゃんがどこにいようと彼女が一瞬で運んでくれるはずよぉ!」

「あー……なるほどデス、急に呼ばれたと思ったらそういう理由デスか……」


 サーニャはアイスを食べる手を止めると、朗らかな笑みを浮かべてオルガンにいった。


「できるわけねーだろアホ。質量おもさ考えろや色ボケ女」


 サーニャが普段のデスます調を捨てるぐらいの無茶振りだった。


 だが実際やってみたら案外できた。



「『できません』というのはウソつきの言葉なのよねぇ」



 エクスシア出版『黒に染まれ。ブラック経営者の心得100条』より抜粋。

 著:クリスチーネ・オーボエ。

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