究極の神雷
「サタンよ、互いの命運をかけていざ尋常に勝負しろ!」
前に出たシルヴェンが剣を突きつけてサタンに大声で宣戦布告する。
しかし当のサタンは冷ややかな視線で彼女を見下していた。
「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「先ほど名乗ったばかりだろうが! 貴殿の耳は飾りか!?」
「だからキミは何様なんだって聞いてんの。聖王の下僕風情が神を相手にどのツラ下げて名乗りを挙げてるんだか。ここはキミ如きが立っていいステージじゃねえのよ。下僕なら下僕らしくエリの金魚の糞でもしてろや」
「聞きしに勝るゲス野郎。どうやら名乗る価値などなかったようです!」
シルヴェンは右手に聖力を篭めて大きく振り下ろす。
「キュクロォ――プス・ステロペェェェ――――ス!!」
邪竜ファフニール葬った大雷術がサタンの頭上に降り注ぐ。
圧倒的スケールで放たれる神の怒りが地獄を震撼させる。
だがしかし直撃を受けているはずのサタンは微動だにしない。
「時代遅れの骨董品だが……思っていたよりかはすごい、かな。12000年前なら少しは効いたかもしれないね」
冷めた視線を変えることなく、サタンはシルヴェンに告げる。
「邪魔なんで消えてくれないかな。今ボクは取り込み中だ」
言葉と同時に放たれた金剛石の刃のブレス。
直撃寸前にアドラがシルヴェンを抱えて回避する。
「シルヴィ! 前に出過ぎだ!」
「すいません! しかし――ッ!」
「予定通り後方から援護を頼む!」
「了解しました!」
シルヴェンを後方に待避させてから、アドラは振り向きサタンをにらむ。
「ピクニックに来てるじゃねえんだ。神々の戦場にゴミを持ってくるな」
「そのゴミに、今からあんたは目ん玉をひん剥いて驚くことになるだろうぜ」
サタンなケタケタと笑いながら、笑っていない二つの首から火焔を吐き出す。
今度は合間に入ったジャラハによって止められた。
「あんたの相手はこのおれだぜ」
「本当メンドクセー蛇野郎だよ、てめぇはさぁ」
一通りしゃべり終えると、残った首が雷撃のブレスを吐いた。
そしてさも当然のようにジャラハの銀盾に防がれる。
「完全体になったところでその程度か。ご自慢の 《抹殺の悪威》 はどうした?」
「どうせ防がれるなら何吐いても一緒だし。つうかアレはちょっと見せすぎた。12000年前からずっとワンパターンだしね。そりゃおまえらみたいな馬鹿どもでも対策のひとつやふたつ立ててくるわな」
今度は氷結ブレスを足下に吐き出す。
灼熱地獄も凍る絶対零度がジャラハたちを襲った。
「海よりも深く反省し、少し戦法を変えることとする」
次に放たれたのは激烈な水流のブレスだ。
どうやら八邪竜のブレスすべてが使えるらしい。
「単純な威力だけがすべてじゃあない。無敵を気取るおまえにも苦手とする属性が必ずあるはずだ」
サタンの咥内の大気が震撼えた。
解き放たれしは真空のブレス。足下に落ちると同時に荒れ狂う暴風となる。
「弱点を探して、重点的に攻めるとしよう」
今度は漆黒の球体が出現する。
《抹殺の悪威》 ではない。強力な重力のブレスだ。
放たれると同時に凄まじい引力が発生し大地を飲み込んでいく。
こればかりはジャラハの防御魔術でも完璧には防ぎきれない。
「一通り放った感じ、おまえ自身には氷が、盾には重力が効果ありそうだな。ではその二つを中心とした攻撃パターンを組むとするか」
ジャラハは舌打ちした。
過去の記録による想定よりもはるかに戦い方が知的で老練だ。
進化している。間違いなく。より強くより賢くより禍々しく。
――これ以上こいつの刻を進めるのは危険だ。
「何をやってるアドラ! さっさとあいつを片づけろ!」
「すでにやってるよ! やってるんだが――――ッ!!」
サタンの攻撃中、アドラもまた必死に神威を放ち続けていた。
だがどれだけ放ってもサタンの鱗を剥ぎ薄皮一枚切る程度の効果しかない。
まったく効いていないというわけではないところがかえって絶望感をあおる。
「力が……足りていないッ!!!」
これはもう相性云々の話ではない。
純粋な力の総量の問題だ。
アドラとサタンでは生物としての規模が桁違いすぎる。
サタンの無限大にアドラのちっぽけな虚無が飲み込まれているのだ。
「アリとゾウが戦えば必然こうなる。昔は軍隊アリだったから不覚を取ったけど……おまえは他人の生命を犠牲にすることを極端に嫌うからなぁ」
再び重力ブレスが放たれる。
今度は先ほどの倍以上の規模だ。
ブラックホールが如き超巨大引力によって盾が引き剥がされてしまう。
次の盾を精製する前に別の首から吐き出された吹雪のブレスがジャラハを襲う。
蛇である以上どれだけ対策しても寒さには弱い。
「ちぃっ! しゃーねぇなッ!!」
これ以上の温存は不可能と判断したジャラハは己が魔力を全解放した。
サタンに比肩する巨体を誇る双頭の大蛇。無限大の魔力持つ太陽神の守護者。それこそがジャラハの正体だった。
「この姿を見て無料で済むと思うな」「その生命を以て代価を支払え」
荒ぶる感情に身を任せ、ジャラハがサタンに襲いかかる。
巨大な二つの質量が激しい衝撃と共にぶつかり合う。
「急に戦い方が雑になったなぁ! まぁ気持ちは超わかるけどさぁ!!」
しゃべりながらサタンは尻尾でジャラハを強かに殴りつける。
ジャラハは少し怯むもすぐさま体勢を整え再びサタンへとりつこうとする。
「抑えに抑えた己の力を解放するのは最高に気持ちがいいだろぉ!? 全力全開で暴れ回ってどちらが上か確かめようじゃないかぁ!!」
二柱の魔物がその巨体でがっぷり四つに組み合った。
ジャラハの鋭い牙がサタンの頸動脈に深々と突き刺さる。
同時にサタンもジャラハの首筋に噛みついた。
天地鳴動する魔獣大決戦。
両者譲らぬ意地の張り合いは、違和感を感じたジャラハによって突如打ち切られた。
「……いったいおれに何をした?」
副頭の一撃によって引き剥がされたサタンは、ジャラハの珍しい慌てように満足し、得意げに顎をしゃくってみせた。
「何って……ボクはただおまえに毒を盛ってやっただけだが?」
――この不快感の正体はソレか。
ジャラハはすぐさま体内に注入された毒を魔力で分解する。
「おまえさ、さっきぐだぐだと毒に対するご高説をたれ流してたよな? あれってさ、自分自身に毒が効くからこそ出てくる発想だよね? 考えてみりゃ何代か前の蛇王ヤマタノオロチが酒で酔っぱらって寝たところを勇者に暗殺されてたもんな。酒が毒という意見には賛同しかねるが、おまえら蛇どもが体内からの異常に弱いってのは間違いないだろう。もちろんおまえがオロチ程度なわきゃねえけど、それこそ試してみる価値があるってもんだ」
「ふん……本当に賢いな。力に驕らず成長を続けていることについては深い敬意を表そう」
「そりゃどうも。おまえの毒はクソほども効かねぇけどな。結局のところ毒すら蛇の専売特許じゃねえってこった」
解毒を終えたサタンは薄笑みを浮かべて再びジャラハに接近しようと試みる。
――まずいなこれは。
ジャラハはこの毒合戦を不利と見ていた。
ジャラハは魔術で毒の精製はできるが毒自体に耐性があるわけではない。解毒するとなるとそれなりの魔力を消耗する。そうなるとどうしても地力の差が出てしまう。
「どうしたどうした? 顔色が悪いぞぉ? 大丈夫かいジャラハくん? もしかして解毒がうまくいってないのかな? またボク何かやっちゃいましたぁ?」
迫り来る人類悪。
その実力差は絶望的。
悔しいがやはり独力では敵わない。
ならば――
「退いてくださいジャラハ様!」
シルヴェンの声に応じてジャラハは素早く地を這いずり後ろへと下がった。
その情けない姿を見たサタンは追撃もせずに腹を抱えて大笑いする。
「はいボクの勝ちぃ! なんで負けたか明日までに考えといてくださぁい! まっ、てめえらに明日は来ねぇーかもしれねぇけどさ」
「明日の朝日が拝めないのは貴殿のほうですよ」
後方に退がったシルヴェンは、燃えさかる山の上に独り立っていた。
「……またキミか。いいからさっさと帰って聖王を連れてこいよ。キミには微塵の興味もねえから」
「貴殿の無関心は貴殿の勝手ですが、私の全力も見ずに私を語られるのはいささか不愉快というもの」
「はぁ? あれだけぶっ放しておいてまだ足りないの?」
「ええ。ぜんぜんもの足りませんねぇっ!」
シルヴェンの宣言を聞いたアドラが血相を変えて仲間を避難させる。
彼女の『準備』はすでに十分すぎるほど整っていた。
「『彼』を鎖から解き放つのはこれで二度め! 地獄ならば何の遠慮も躊躇も必要ないでしょう!」
天に掲げた右腕には地獄の業火すら畏れおののく紫電の煌めき。
同時にサタンを中心に暗雲が渦巻く。
「――受けよ、巨神の一撃を!」
積乱雲に溜まった膨大なエネルギーは、シルヴェンが腕を大きく振り下ろすことによって解き放たれた。
「キュクロォ――――プス! アルゲェェェ――――――――スッッ!!!」
一筋の紫電が地獄に堕ちた。
あるいは天へと昇ったとみるべきか。
光速に等しい放電現象がサタンの巨躯を丸ごと包み込む。
それはシルヴェンが使役する三柱の雷神の長男。
天と大地の狭間に生まれる放電現象。大自然が生み出した究極の破壊の業。
それを人為的に発生させる神仏に等しい怪物がここにいるのだ。
「貴殿のいう通りだ! 抑えに抑えた己の力を解放するのは最高に気持ちがいい!!」
次々と落ちる紫電がサタンを焼く。
神々の裁きの矛が人類悪を串刺しにする。
常に涼しい顔を崩さなかったサタンが、その大雷術の威力に耐えきれずとうとう吼えた。
――じ、地獄が壊れるんじゃなかろうか……ッ!
アドラが死後の世界である地獄の心配をするほどに、その神雷の威力は常軌を逸していた。
お願いだから現世で放つのだけはやめておくれ。




