三本の矢
閻魔代理専用の転送魔法陣を使いコキュートスへと舞い戻ったアドラたちは、無人となった閻魔殿に足を踏み入れた。
審判の間には、玉座であぐらをかいているモモがいた。
「この非常時に何やってるんですか」
「あーいや、この玉座が地獄の制御装置だということはわかるのだが、肝心の起動させる方法がちょっとな……」
地獄の制御装置は閻魔以外には何人たりとも操作できない。
世紀の天才魔術師である彼女にならあるいは――とも思っていたのだが、やっぱりダメか。
「おまえ今、妾のことを鼻で笑っただろ」
「笑ってません」
「ちょっと待て妾を侮るな。この程度の仕掛け後数日もあればちょちょいと……」
「そんな余裕ありませんって。ここは閻魔本人に直接操作してもらいましょう」
「閻魔ならもうおらんぞ。サタンに始末されてしまったわ」
「いますよ。この程度の事態、当然想定していますから」
しゃべりながらアドラは後ろに回り込んで玉座を押した。
玉座はギギギと音を立てて動き、その下に安置された石櫃を露わにした。
「緊急事態なので儀式は省略。今すぐ復活してください」
アドラが石櫃を開けるとその中で眠っていたイザベルの本体がまぶたを開けた。
「母さんあっさり分身をやられすぎ」
「いやすまんどうも油断しまくっておったようだ。お爺様がぎっくり腰の治療で地獄を出ていたのは不幸中の幸いであったわ。わっはっはっ」
「笑い事じゃないですよ、自力復活の算段も立てずに……おれが来なかったらどうするつもりだったんですか。目覚めたなら早く地獄を隔離する準備をしてください」
「もちろんするけど……アドラちゃんちょっと母に冷たくない?」
「こっちはむちゃくちゃ心配したんだぞ!」
「ご、ごめんなさい。でも悪いのは私じゃなくて私の分身だし……何をやらかしたか知らないけど」
「本体は無事だったわけだしもういいよ。ああそうだ、地獄を隔離する前におれたちをサタンのところにまで転送してください」
アドラの双眸に決意の焔が灯る。
そして腰に提げた剣をゆっくりと引き抜いた。
「ちょっと奴との因縁に終止符を打ってきますから」
制御装置の瞬間転移を使った奇襲に失敗したアドラは、早期決着を諦めて現地のジャラハと共闘することにした。
いかに人類悪であろうと二人がかりならどうにかなる……はず。
「ウェルカムトゥヘル! ようこそアドラ、どうやら人であることを捨ててきたようだねぇ!」
アドラの参戦を、サタンは待ちわびたといわんばかりに両手を広げて歓迎した。
間違いなく、完っ璧に、舐められている。後悔させてやるぞ、くそったれ!
「あんたのいう神とやらになってリベンジに来たぞ。結局おれがあんたと同じ舞台に上がるにはそれしかなかった」
しゃべりながらアドラは勝利の剣を大きく振りかぶる。
「……完全な同類になった今なら、あんたの気持ちも少しは理解できるつもりだ」
剣を大きく横に薙いだ。
瞬間、まるで消しゴムで擦ったように灼熱地獄の景色に空白が走った。
サタンは素早く身を翻し今度は余裕を持ってソレをかわす。
「だけど、理解した上で、やはり分かり合うのは不可能だろうと判断した。ここですべての決着をつけよう……兄さん」
「ハッ、身の毛もよだつほどの神威だ。あの洟垂れ小僧が立派に成長して兄さんは嬉しいよ」
かわすと同時にサタンはいくつもの竜頭をアドラの周囲に展開する。
「でもソレ、少々大振りがすぎると思うんだ」
全方向から放たれる 《抹殺の悪威》 のブレス。
大技を放ち終えたばかりのアドラはそれをかわすことができない。
しかし命中する直前、白銀の蛇盾が現れサタンの攻撃すべてを阻む。
ジャラハ得意の防衛魔術だ。
「隙だらけだぞアドラ。その技、まだ未完成なのか?」
「使い始めたのは昨日今日の話だからね。だけど威力は保証する。後隙をケアしてくれないか?」
「しれっというな。自分でどうにかしようって考えねえのか?」
「何でも一人でこなそうっていうのはむしろ悪いことだよ。何事も役割分担が大事だってガイアスさんがいってただろ?」
「……まっ、それはそうかもな」
――ウジ虫どもめ!
呑気に会話するジャラハとアドラにサタンは悪態をついた。
自分の生命に届きうるかもしれない威力を誇るアドラの矛と 《抹殺の悪威》 すらも完封するジャラハの盾――このコンビは、封印され続けてガタのきている肉体では少し厄介な相手かもしれない。
「まっ、しゃーねぇか。雑魚どもは群れないと何もできねぇしな。相手してやるから二人まとめてかかってこいやァ!」
サタンが先ほど以上の数の竜頭を大量展開してみせる。
圧倒的な脅威。しかし二人は臆せず敢然と立ち向かう。
「死ねえええええええええええええぇぇぇぇ――――ッッ!!!」
過去最大規模の 《抹殺の悪威》 の一斉掃射。
灼熱地獄そのものを消し飛さんばかりの勢いで放たれたソレを、ジャラハは極限まで研ぎ澄ました銀盾ですべて防ぎきる。
「今度はこっちの番だッ!!」
アドラは全身を使って剣を大きく振った。
振った勢いを殺さず回転しもう一度剣撃を放ち、命中確認すらせずに再度攻撃に移行する。
防御を完全に無視した連撃につぐ連撃。己の気力体力のすべてが尽きるまでひたすら神威を放ち続ける。
「く……ッ!」
放たれた数多の剣閃の一筋が、竜頭を消し飛ばしサタンの右腕を叩き斬った。
その威力たるや凄まじく、自己再生を試みたがすぐには回復しない。
――ボクの無限大に比肩する虚無の一撃というわけか。
「なるほど理解した! どうやら人間形態のままでは少しだけ危ういな! ほんの少しだけな!!」
もうちょっと遊んでやろうと思ったが、そろそろ我慢の限界だ。
恐れを知らぬ若造どもに格の違いを見せつけてやる。
「遊びの時間は終わりだ!!!」
サタンは再び真の姿を解き放った。
六枚の翅を広げた三つ首の黒竜。
伝説に謳われる人類悪の姿へと立ち戻る。
解放時の衝撃波だけでアドラたちは軽々と吹き飛ばされていた。
「……本番は、ここからってことだね」
隙を作らぬようアドラはすぐさま立ち上がって剣を構え直す。
エルエリオン史上最低最悪の生命体。世界最強のモンスター。人類種の天敵。
初代聖王ですら数多の犠牲の果てにようやく討ち倒したこの怪物を、精鋭中の精鋭とはいえたった二人で果たして倒せるものだろうか。
「おまえら混血どもとは違い、ボクはこっちが自然な姿だ。形態変化なんざ最初から必要ねえんだよボケ」
「そうなのですか。的がでかくなるのは私としては歓迎ですが」
サタンの上空に突如発生した黒雲から、数多の雷鳴が降り注ぐ。
神雷キュクロープス・ブロンテース。使い手は当然、彼女しかいない。
「これでようやく私も参戦できます」
味方への被害を考慮して後方待機していたシルヴェンが、満を持して前線に出てきたのだ。
「我が名はシルヴェン・アーラヤィナ。人類悪よ、いざ尋常に勝負!」
――失敬、三人だったね。
アドラは心中の発言を訂正した。
一本の矢はたやすく折れる。二本でもまだ脆い。しかし三本ならば決して折れないという、ネウロイから聞いて知ったヤポンの言い伝えを、ここはひとつ信じてみようじゃないか。
実は後世の創作で、そんな言い伝えなど存在していないという説もあるにはあるが……。




