アドラ・メノスの憂鬱
天井の残骸にあえなく圧し潰された反逆者たち。
瓦礫の底から命からがら這い上がった彼らに待つのは更なる絶望だった。
漆黒の鎧で全身を包んだ一二体の不死騎士。
振るう大剣には黒竜の紋様が刻まれている。
魔王親衛隊 《ナイト・オブ・ザ・ラウンドテーブル》 が、裏切り者に死の制裁を加えるべく襲いかかる。
ある者は脳天を砕かれ、またある者は天井のように細切れにされた。
ロドリゲスは必死に抵抗を試みたがあえなく串刺しにされ、魔力を封じていたシゲンは逃げることもできずになます斬りにされた。
制圧は一瞬だった。
瓦礫の海は瞬く間に血の海と化していた。
不意討ちだったこともあるが根本の戦闘力において反逆者たちを圧倒していた。
ネウロイたちに勝ち目など最初からなかったのだ。
不死騎士たちの中心には携帯を握ったルーファスがいた。
「ネウロイよ、弱くて幸運だったな。半端に強くて瓦礫から抜け出していたら我が眷属に八つ裂きにされていたであろう。だがさすがに死んではおるまい」
ルーファスが命じると不死騎士たちは細切れにした天井を更に微塵に切り刻み、生き埋めになっていたネウロイを強引に掘り出した。
「ご機嫌いかがかな。元参謀よ」
「ルーファス様。なぜこのような非道を……」
ルーファスは笑って答えた。
反乱を鎮圧するのは城主として当然の義務だと。
「愚かな王族を忠滅し新時代を築くと誓って我らはあなたの下に集いました。それなのになぜ我らを排し王族などを迎え入れたのですか!」
「貴様には何度もいったはずだぞ。身分に関係なく無能ならば殺し有能ならば取り立てると。奴が王族なのはたまたまだ」
ルーファスは腰の鞘から刀を抜くとネウロイの鼻先に突きつける。
「貴様も昔は有能だった。だが歳と金と権力を喰ってすっかり変わり果ててしまった。今の貴様は貴様の忌み嫌う悪しき王族にそっくりだぞ?」
「何千年も共に闘った戦友に! あなたには慈悲の心というものがないのですか!」
「無論ある。だから貴様を四天王から外すとき、少しだけ迷った。もっと早くにこうするべきだったにも関わらずにな」
参謀として右腕として共に夢を語り、共に闘い続けた、もっとも古き戦友。
だからこそこれ以上醜く老いさらばえる姿を見たくはない。
ならば自らの手で引導を渡すのがせめてもの情けというもの。
ルーファスはゆっくりと刀を振り上げる。
「ルーファス様! その者の生命を奪うのはどうかおやめください!」
何者かがルーファスの行動を強く制止した。
裏切り者はすべて排除したはずなのに。
声のした方向に顔を向けるとそれは意外な人物だった。
声を張り上げたのはアドラだった。
その場でひざまづき必死の形相でネウロイの助命を嘆願する。
ルーファスは不思議に思い問いかける。
「なぜ止める? そやつは貴様を殺そうとしたのだぞ」
「私のことは構いません。しかしネウロイ様は魔軍指令として永年仕えた忠臣。そのような者を殺してはルーファス様の沽券に関わります」
「忠臣は裏切ったりなどせん。体面のことなら心配いらん。そのためにわざわざこいつがクーデターを起こすのを待っていたのだからな」
だからわざと冷遇していたのか。
無慈悲で冷徹なルーファスの策謀にアドラの背筋が凍りつく。
「た……待遇さえ改善されれば、ネウロイ様とてこのような暴挙には……」
「わかってないなアドラ。どれだけ待遇を良くしようが裏切る者は裏切るし裏切らない者は多少冷遇しようが裏切らない。前者がネウロイで後者が貴様だ」
「私を信頼していただけるのは嬉しいのですが……」
「信頼ではなく事実だ。貴様は我を裏切れない。なぜなら地獄の戒律で裏切りはもっとも重い罪と定められているからだ」
アドラは驚愕した。
地獄に戒律があることを知る者はほとんどいない。
彼がそれを律儀に守っているということも。
アドラのすべてはルーファスに完全に見透かされていた。
「元王族とはいえ継承権を放棄して家出した放蕩息子にすぎない私のことを、どうしてそこまで……あなたはいったい何者なのですか!」
「イザベルから聞いていないのか? 我は辺獄生まれの小鬼だ」
辺獄。
地獄の第一層にしてその入り口。
地獄の中では比較的環境が良いため、魔界での生存競争に負けた魔族が住みついている。
言葉は悪いが負け犬の雑魚しかいないはずの場所。
「いわゆる最下級魔族というやつだな。どうでもいい話だがな。だから地元の事情には詳しいというだけのことよ」
だがいつの時代にも例外は存在する。
ルーファスはゴブリンの突然変異として生まれ、その比類なき魔力とカリスマで仲間を集い、たった一代で魔界の頂点にまで登りつめたのだ。
「それに貴様は我の同類だ。種を超越した異端の魔族だ。だから理解っているつもりだ。貴様の苦悩も、貴様の孤独も。こんな汚れ仕事を押しつけておいてなんだがな」
「ルーファス様、おれは……」
「だから貴様は我の側にいろ。我に従う限りは決して悪いようにはせん。前にもいっただろう、我は貴様のことを忖度していると。その言葉に嘘偽りはない」
アドラは猛然と立ち上がると、あろうことかルーファスに詰め寄った。
「おれにかけてくれる情けを、あなたの周囲にいる者にも分け与えて欲しい!」
不死騎士たちの無数の剣がアドラの身体至る所に突きつけられる。
それでもアドラは構わず続ける。
「おれは両親に優しい魔族になるよう育てられた! 両親も優しい魔族だった! おれはあなたにも優しい王様になってもらいたい!」
アドラは自分でもなんでこんなことを口走っているのかわからなかった。
自分でも不思議なぐらいに感情丸出しだった。
「力による支配じゃ今と変わらない。本当に新しい時代が見たいんです。おれの苦悩と孤独を理解してくれるというのなら、この言葉も理解してくれると信じています」
ただひとつだけわかったことがある。
アドラは自分で思っているよりもずっとルーファスのことを尊敬していたという意外な事実だ。
そうでなければこのような本音の嘆願は決してしない。
ルーファスは不死騎士たちの殺害願いを無視してアドラの話を神妙に聞いていた。
すべてを聞き終えると息を吐き剣を大きく振り上げる。
「畏怖なくして統治はできぬ。それは歴史が証明している。裏切り者には容赦しない」
そして叩きつけるように鞘に納めたのだ。
「だが貴様のくだらん説教で興がそがれた。ネウロイの処罰は後日に回す」
ルーファスはアドラに背を向け不死騎士に命じてネウロイを捕縛する。
その背中からは先ほどまでの殺気が消えていた。
自らの言葉が届いたことを確信したアドラは深々と頭を下げて感謝の意を示す。
心から魔王に敬服したのはこれが初めてのことかもしれなかった。
「アドラよ……なぜ私を助けようとした?」
連行される直前にネウロイがアドラに問う。
「いったじゃないですか。おれはネウロイさんの味方だって。おれだって王族は嫌いですよ。だから嫌気がさして家出したんです」
アドラは笑顔で答えた。
発言が軽そうに聞こえるのは元々の性分なので許して欲しい。
「……なるほど。我々は最初から同志だったということか。納得した」
ネウロイはそれ以上何もいわずにアドラの許を去っていった。
すべてが終わり気の抜けたアドラは力なくその場にへたれ込む。
今日はいつも以上に疲れた。このまま倒れて眠ってしまいたいぐらいだ。
もっともそういうわけにもいかず、アドラは責任者としてクーデターの事後処理に追われることとなる。
ああ――――今日も憂鬱だな。




