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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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英雄並び立つ

 四方八方から放たれるサタンの 《抹殺の悪威》 。

 そのすべてをジャラハは銀色に輝く盾によって受け止める。


「蛇じゃなくて亀だと思っていたが、いよいよ亀みてぇになってきやがったな」

「こいつは亀の甲羅じゃない。あんたならわかるだろ?」


 ジャラハの操る魔術は厳密には亀の甲羅のような一枚盾ではない。

 何千何万という微細な盾が連なることにより形成されている。

 一枚一枚違うその盾の角度が、サタンの 《抹殺の悪威》 の威力を分散させているのだ。


 そしてその盾はこうしている今もまるで生物のように絶えず動き続けている。

 これは亀の甲羅というよりスネイクスケイルとでもいうべき防御魔術なのだ。


「そしてこいつはこういう使い方もできる」


 変幻自在な白銀の盾は、今度は唸りをあげてサタンめがけて襲いかかる。


「はん! 防御は最大の攻撃だとでもいいたいのかァ!?」


 ジャラハの周囲をうろちょろしている分には邪魔だが、こうして縦に伸びている分にはどうということもない。

 横っ腹から 《抹殺の悪威》 で蜂の巣にしてやると盾は簡単に霧散した。


「攻撃は最大の防御などという言葉はあるが、防御は最大の攻撃にはなりえない。ガキでもわかる当たり前の理屈だよなぁ」

「それはまあその通りだな」


 ジャラハが広げた掌を握り締めると、霧散したはずの盾が収束し、銀の蛇と化してサタンの身体に絡みついた。


「では見せてやろう。師より授かったおれの『攻撃魔術』を」


 蛇は大きく鎌首をもたげ、そしてサタンの首筋に噛みついた。

 首筋から生温かい液体を注入されていることに気づいたサタンはすぐさま蛇を切り刻んだ。


「……『毒』か?」

「正解だ。猛毒魔術ポイズンマジック――色々試してみたが、こいつが一番おれの性に合っているようだ」


 防御力を損なわず最大限の攻撃力を生む手段を模索し続けた結果、ジャラハの行き着いた結論は毒殺だった。


 ウロボロス種は無限の再生力故に天敵がおらず積極的自衛手段に乏しい。

 これはサタンという『人類種の天敵』に対抗するため蛇王が甦らせた蛇の本能。

 人類悪に突き立てるためだけに進化した毒牙。その威力は毒竜アジダハーカをも上回る。


「……馬鹿かおまえ。ボクに毒なんて効くわけないだろ」

「本当にそうか?」

「ボクの下僕には毒竜だっている。魔族にとって最悪の猛毒である聖気ですら今のボクは克服している。この程度の弱毒、無意味だ」

「果たしてそうかな?」

「自明の理すらわからんのかクソ爬虫類め」

「だったらなぜ今、あんたは防衛行動を取った?」


 サタンはジャラハの質問に答えなかった。


「昔、おれの兄弟子がいってたよ。『おれはどんな猛毒でも瞬時に分解してしまう』って。だから酒をいくら飲んでも絶対に酔わないんだとさ。アルコールも毒という判定らしい。同類のおまえもたぶん同じ体構造なんだろうな」

「そうだよ。効かないと知っててなぜそんな愚行を?」

「逆だ。効くから慌てて分解して無害にしているんだ。毒は有効な攻撃手段になりうるってことだ」

「そりゃボクに毒分解能力がなかったらというIFストーリーだろうがボケナス」

「だったらそいつが機能しなくなるまで何千何万何億とぶち込んでやればいいだけだ」

「何兆ぶちこもうがなくならねーよ。ボクの魔力はおまえらのナンチャッテとは違って正真正銘の無限大だ!」

「あんたの本能はなくなるといってるぜッ!」


 叫び、ジャラハは大量の小蛇を展開した。

 無論そのすべてが生物にとって極めて危険な猛毒を持っている。

 少量の魔力で有害物質を精製する技術は蛇の十八番。この一点においては竜に匹敵するといっていい。蛇王とあらばなおさらだ。


「この毒は魔術故におれの意志で無限に変質する。免疫は決して作らせない」

「無駄な努力ご苦労さん」

「そう思うならこのプレゼント、無抵抗で受け入れてくれるよな?」

「なんでおめーのいうこと聞かにゃならんのさ。絶対嫌だよーん」


 一斉に飛びかかる蛇の大群。

 それをサタンは 《抹殺の悪威》 のブレスによって迎撃する。

 一匹一匹は力なき小蛇。サタンの悪意に晒されれば簡単に消滅してしまう。

 しかし中にはそれをくぐり抜けてサタンに襲いかかるものもいた。


「ちっ!」


 イチイチ手で払いのけるのも面倒になったサタンは自らの周囲にバリアーを張った。

 おかげで攻撃できなくなったが身の安全のためには致し方なし。あくまで一時的な避難だ。


「ふん……」


 バリアーに阻まれる小蛇を見下ろしながらサタンは対処方法を思案する。

 防衛重視というジャラハの流儀を認めるようで甚だ不本意。この借りどうやって返してくれようか。


「おいおい、そいつは悪手じゃないのかい。防御は最大の攻撃にはなりえないっていってたのはあんた自身だろ?」

「なぁに、おまえに現実って奴を見せつけてやろうと思っただけよ。そのショボい小蛇じゃボクの悪意で塗り固めた壁は決して破れない。ボクはいつでも休みたい放題ってわけさ。結局、力のないおまえじゃ絶対強者ボクには敵わない」


 ――何かがおかしい。


 しゃべりながらサタンは、ジャラハの行動に疑問を感じていた。

 接近して延々と毒を打ち込むなどという戦術は、こちらが攻撃に徹している時のみにできる事。仮にこちらの解毒機能が疲弊するような事態ことがあったとしても、こうやってバリアーを張って休めばすぐに回復する。毒は多少怖いが蛇自体に大した脅威はない。


 ――こんな単純な事実に気づかないほど馬鹿なのか?


 そんなはずがないと警戒する自分と、所詮その程度だろうと鼻で笑う自分がいる。

 前者の自分が鳴らした警鐘が、死に至る一撃をかわす契機となった。



「――――ッ!!」



 サタンの背筋に悪寒が走った。

 反射的にバリアーを解除して横に跳ぶ。

 少し遅れて頭上より振り下ろされた死神の鎌が空を切った。



「くそぉッ! はずしたぁッッ!!!」



 千載一遇の好機を逃したアドラは大きく舌打ちした。

 サタンがジャラハに気を取られている内に背後から忍び寄り、バリアーごと剣で叩き斬ってやるつもりだったのだ。


「まあいい、次は直撃させる!」


 過ぎたことをいつまでも引きずっていても仕方がない。

 はずしたのであれば当たるまで何度でも攻撃をぶち込んでやればいいだけだ。


「早いぞ兄弟子アドラ


 待ち人の到着にジャラハは微笑みを浮かべる。


「そこは『遅いぞ』じゃないんですか。お待たせました弟弟子ジャラハさん。魔王は何かと雑用が多くてね」


 その実力に全幅の信頼を寄せる男の健闘を見て、アドラも微笑みを返した。


「苦戦してるみたいなので手を貸しますよ」

「うるせえ馬鹿」


 悪態をつきながらも二人は力強くハイタッチをかわす。



「ジャラハさんには悪いけど力試しなんてしてる場合じゃない。一緒に倒しましょう。この人類悪を」

「ふん、できればおまえが来る前にしとめたかったが……まあやむなしだ」



 この瞬間、世界最強の魔族二人による世界最強のタッグが誕生したのだ。

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