英雄出陣
雑用をあらかた終わらせヴェルバーゼの首都ヴェルゼブブへとやってきたアドラは、家臣から話を聞いて地下牢で石化している義弟イビルと対面した。
「……何やってんだか」
アドラは霊水を生み出しそれを石像にかける。
石化はたちまち解かれイビルは晴れて自由の身となった。
「え? あれ……い、いったい何事……ッ!」
「おまえ、ステンノさんに騙されて石化させられてたんだよ」
アドラは肩をすくめながらいった。
今まで賢弟だとばかり思っていたが少々考えを改めるべきだろうか。
「血は争えないというべきか……おまえも色香に迷うことがあるんだな。少しだけ安心したよ」
「いや違う! オレはアドラを打倒して政権を取り戻す方法があるからと共闘を持ちかけられただけで――ッ!」
「おい!」
こいつまた裏切ろうとしてたのか。
まあいいや。すべてが終わった後なら勝手にやってくれ……。
「復活早々悪いけど、さっそく仕事をしてもらうよ。魔導兵器部隊の指揮は執れる?」
「もちろんです。魔王軍と戦争でもするおつもりですか」
「いや、それよりずっとヤバい連中だ」
アドラはイビルを連れて屋上へと出た。
促されて北の方角を見たイビルは顔面を蒼白にさせる。
ヴェルバルトを囲む山岳地帯の一部が綺麗に削り取られ、そこから黒い塊が雲霞の如く侵入してくる。
その正体は大量発生したドラゴンゾンビだった。
目的地は明らかにこのヴェルゼブブだ。
侵攻は遅いが確実にこちらに向かってきている。
「私が、石化している間にいったい何が……ッ!」
「少し前にな、サタンから全人類に宣戦布告が告げられたんだ。そしてこれが『オープニングセレモニー』だって」
「え……ええっ!?」
「もう用済みだから魔界人類は皆殺しにするんだとさ」
地獄の底より這い出てきた死竜の大群。
サタンの死術によって死してなお酷使されている。
彼らもまた哀れな被害者だ。
「現在、サタンによって魔界中にドラゴンが放たれている。おれもがんばって方々に手を回しているけど正直、猫の手も借りたい状況だ。だからイビル、ヴェルゼブブはおまえが守れ」
アドラの言葉にイビルは全身をガタガタと震わせながら激しく首を振った。
「む、む、む、無理です! 絶対勝てませんっ! はっ、早く逃げましょうッ!!」
「どこに? 魔界はもちろん地上にだってサタンの魔手は伸びている」
「そんな……!」
「奴は全人類の半分を間引くと宣言している。逃げ場なんてどこにもない。今ここですべての因縁に決着をつけるぞ」
イビルは応えずその場に力なくへたり込む。
「もう駄目だ……おしまいだ……人類はここで滅ぶんだぁ……」
「諦めるなイビル。希望はまだある」
「どこにそんなものが……」
「今、おまえの目の前にだ!」
そういってアドラは自らの胸をドンと力強く叩いた。
「おれが地獄に赴きサタンを討つ! それまで凌ぎきればおまえたちの勝ちだ! 決しての勝算のない戦ではない! おまえも王族なら王族の使命を果たせ!!」
「馬鹿なことを! いくら兄上が強いからといって伝説の邪竜に勝てるわけがない!」
「ならば今ここでそれを証明してみせよう! ――シルヴィ!」
呼びかけに応じて控えていたシルヴェンがアドラの許に馳せ参じる。
「援護を頼めるか」
「御意!」
そして二人は城上から飛び降りた。
目指す先は竜の大群――その頭目である邪竜 《アジダハーカ》 だ。
艶やかな青紫色をした無眼の巨竜。不気味極まりないがすでに恐れるべき相手ではない。
サタンの死術によって八邪竜すべてが甦っていたが、アドラたちの手によりすでに七体が始末されていた。そして、
――これが最後の一体だ。
「アジダハーカはおれが浄化する。シルヴィはいつも通り取り巻きを神雷で処理してくれ」
「わかりました。今回は本気で放っても構いませんか?」
「いや、対サタンのために力は温存しておいてくれ」
「少しぐらい発散したほうが調子が良くなるのですが……では、ファフニールたちの時と同じような処理を」
「頼むからもっと加減して!」
実は他の邪竜もファフニールと似たような感じでシルヴェンが焼き払っていて、その度に尋常ではない被害が魔界中に出ていたのだ。
オズワルドが彼女の扱いに頭を悩ませるのも納得。まかり間違って騎士団長にでもなろうものなら止める者がおらずにソロネの国土が半分ぐらい削れるんじゃなかろうか。魔界の地形まで変えられてはたまったものではない。
「何度も何度もいうけど、相手を怯ませる程度でいいんだって」
「うーん……では、少々心許ないですが最低火力で参ります。キュクロープス・ブロンテェ――ス!」
――あっ、それ最低火力だったんだ。
神雷の炸裂により黒こげになる竜の群れを見てアドラは苦笑いを浮かべた。
武闘大会の時は下限一杯まで手加減されていたわけか。君の神雷は中途半端だなんてくだらん説教するんじゃなかった。恥ずかしいじゃないか。
「これでも十分、過剰火力なんだけど……まあいいや、おかげで道が開けた!」
すでに死していようと本能は存在する。
神雷を嫌い乱れた統率の合間を縫って、アドラはアジダハーカの手前まで迫る。
「アァギャギャギャギャキャア」
奇声をあげながらアジダハーカはアドラに向かって猛毒のブレスを放つ。
地獄の冥異生命体よりも危険な腐食毒を紙一重でかわし、邪竜の腹の下へと潜り込む。
「どっせいッ!!!」
アドラは全身全霊を込めた蹴り上げをアジダハーカのどてっ腹にぶち込んだ。
上空に高々と打ち上げられた邪竜は悲鳴をあげることなく昇天する。
「どうか安らかに」
アドラは胸の前で十字を切った。
数多の犠牲を出し聖王に討伐された悪しき竜。
だがその死後まで辱められる謂われはない。在るべき場所へと帰そう。
もし生まれ変わるとしたら、今度はもっと優しい生き物になってくれることを心から願う。
「さすがはアドラ様、相変わらず鮮やかな手際です。しかしそんなに大量の霊力を使ってしまって大丈夫なのですか?」
「問題ない。サタン相手には別のモノを使うから」
頭を失った竜の群れが完全に統率を失ったことを確信すると、アドラは城に向かって大声を張り上げる。
「サタンは必ずおれが倒す! おまえたちはおまえたちの責務を果たせ!」
英雄の声は、イビルや騎士たちに大きな希望を与えた。
「いくぞおまえたち! 総員配置につけ!」
アレックスが騎士を統率し城の守りを固める。
「英雄は現れました。我々も為すべきことを為しましょう」
様子を伺っていたバルザックがイビルに声をかける。
「ああ……そうだな。希望はまだ残されている! 魔導兵器、全機準備!」
座り込んでいたイビルが立ち上がり、部下に指示を送る。
その様を見たアドラは微笑みを浮かべた。
――ようやくやる気を出してくれたか。
頭は潰したが残党はまだ残っている。すべてを処理している時間的余裕はなく、誰かに託さねばならなかったが……これで後顧の憂いはなくなった。
後は地獄に赴き元凶を断つのみ。
「首を洗って待っていろサタン。死神の鎌は邪竜の首にも平等に掛かるぞ」
魔王軍が、シュメイトク軍が、ヴェルバーゼ軍が、魔界に現存するすべての戦力がアドラの号令に応じている。
彼らの期待にこちらも命懸けで応えねばならない。
魔界人類すべての希望を背負い――魔王アドラ、出陣する。
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