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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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四天王

 デュデッカへとたどり着いたルージィたちは氷山の上から閻魔殿を見下ろす。

 象徴である氷漬けのサタンが存在していない。

 やはり完全復活を果たしているのは間違いないようだ。


「この手際の良さは元霊の仕業としか思えないですね。モモさんの結界術でグロリアに封印したんじゃなかったんですか?」

「霊術は専門外ではあるが……あれは確かに元霊だったはずだ。マドの占星術機関も同じ見解だった」


 元霊を殺したところでまたすぐに新しい元霊が生まれるだけ。

 ならばあえて殺さず封印してやれば長期間活動を制限できるという企みだったのだが……。


「まさかこんなにも早く封印を解除されるとは思わんかったわ」

「外から誰か脱出の手引きをした者がいますね。おそらく魔界にいるサタンの眷属の誰かでしょう」

「やはりさっさと進軍してグロリアを制圧するべきだったのでは?」

「ミーザルと真っ向から対決するには戦力が足りませんよ。それに被害は極力減らしたいというのがマドの神であるアドラの方針ですからね」

「んなこといっとる場合か」

「戦争が起きたら起きたでその混乱に乗じて脱出するでしょうからどのみち変わりませんよ。遅かれ早かれ運命の日は訪れたのですから、終わったことを悔やむより次善の策を取りましょう」


 託宣により予言された選神戦争。どういうわけかサタンは次代の神候補としてエントリーされている。ラースの意志か、もしくは逃れられない運命としてすでに確定されていたのか、とにかくその復活自体は不可避だった。

 よってルージィたちにできることは、復活までの期間を延ばすこと、あるいは復活後の行動を阻害することだ。


「とりあえず、地獄を現世から隔離させましょう。それでひとまず時間は稼げます」

「千年ぐらい稼げれば充分な体勢が整えられるな」

「冗談。レイワールの公表を真に受けないでくださいよ。十年稼げれば御の字です」

「それじゃぜんぜん足らんだろう」

「千年あったってどうせ途中でグダります。一万二千年の猶予があった現在を見てればわかるでしょう。尻に火がつかなきゃ人は動かない。むしろ十年程度のほうがいい」


 ルージィは隣にいるオキニスを一瞥する。


「オキニス・エンシがサタンを越えるには充分な時間ですよ」


 全幅の信頼と共にいうとオキニスはにやりと笑う。


「十年も要らねえよ。そいつは今日オレがぶっ倒すからな」


 さすがにそれは厳しいとルージィは苦笑いを浮かべた。

 だが極寒のデュデッカをまるで意に介さない姿は、ヒエロ程度の寒さでヒーヒー言っていた頃とはまるで別人だ。


「勝てるかどうかはともかく、一度対戦はしてみるべきでしょうね。あなたにはサタンの強さを肌で感じてもらいます」


 勇者は経験を積めば積むほど強くなる。

 オキニスほどの規格外ならばその成長度もけた違いだ。


 かつてアドラとぶつかって成長したように、サタンとぶつかることにより彼の成長を促す。


 戦争というのは何度負けようが最後に大きく勝てばそれでいい。大事なのは負けた時の被害を最小限に抑え、勝った時の戦果を最大限に高めることだ。それを考えるのがルージィの仕事だった。


「今回我々が為すべきことは二つ。まずは閻魔殿を制圧して制御装置と退路を確保すること。次に復活したサタンと相対しその戦力を確かめることです。地獄は最悪の事態に備えて幾重もの結界で守られています。いかにサタンとてそう易々とは破れない。つまり多少の猶予はあるということです」


 幸いサタンはデュデッカを留守にしているようなので、閻魔殿の再制圧自体はそう難しくはなさそうだ。ここさえ確保してしまえば後はどうとでもなる。三人で役割を分担すれば分の悪くない賭けだ。


「遠目から見る限り、危険な魔力は感じませんし……そろそろ行きますか」


 ルージィたちは氷山から飛び降りると、サタン封印の跡地を素通りして閻魔殿の内部へと侵入した。



 地獄の制御装置は閻魔の玉座にあるという話をモモから聞いている。

 全知全能とまではいかぬものの神の智慧は本当に便利だ。情報さえあれば知らぬ者の一歩も二歩も先に進める。モモがサタンから奪い取ったものは、元は我欲とはいえ確かに人類のためになっていた。

 長い氷の回廊を抜けて審判の間へと向かう。

 凍り付いた扉を魔力でこじ開けると、凄まじい冷気が吹き込んできた。



「ようこそ私の城へ。歓迎するわぁ」



 玉座には黒いドレスに身を包んだ妖女が座っていた。

 禍々しい蛇の髪はゴーゴンと呼ばれる蛇族の証だ。ルージィは彼女と初対面だったが情報としては知っている。


「はじめましてステンノさん。あなたがサタンに協力した眷属でしたか」

「あたしの名前を知ってるなんて、もしかしたらアドラの手の者かしら」


 ステンノ・ゴルドー。

 アドラが引っかかったという噂の結婚詐欺だ。

 先物取引で騙されて有り金を溶かしたの時といい、どれだけ用心が浅いんだか。もう少し人を疑うということを覚えたほうがいい。


「ちょうどいいわ、再興したてのゴルドー皇国は臣民を求めているわ。あなたたちがアドラと手を切るというのであれば特別に我が国に迎え入れてあげる」

「別にアドラの手の者というわけではないですがね。私にはすでに自ら選んだ神がいますので丁重にお断りいたします」

「あら残念。渋いおじさまで私好みだったのだけれど。ではそちらのお子様たちはどうかしら?」


 ステンノが話を振ると、モモが鼻を鳴らす。


「無論却下だ。妾の夫に色目を使うでない」

「ロリコンだったのね。ますます残念だわ」

「他人を見た目で判断するでない。妾はたぶんおぬしより年上だぞ」

「ならババアね。ババアはすっ込んでなさい」

「殺すぞ貴様」


 殺気だつモモをルージィがなだめる。

 シルヴェンの時もそうだったが挑発されるとすぐ頭に血が昇るのは悪い癖だ。これさえなければ人類史上最高クラスの大魔導師なのだが。


「ステンノさん、御国再興に喜んでいるところ悪いのですが、そこをどいてはいただけませんでしょうか」

「嫌よう。これは私の玉座。私、新時代の皇家なの」

「サタンから何をいわれたかは知りませんが、こんな殺風景で寒い地の底で王様になったって良いことなんて何もありませんよ」

「もちろん、他にも領土はいただく予定よ。魔界にも地上にもね。私は地獄の女帝となり、裏から世界のすべてを操るの」

「それって何が楽しいんですか? 私にはイマイチよくわからないのですが」

「我らゴルドーは魔界の旧支配者。不当に奪われたものを取り返しただけよ。愉しみはこれから考えることとするわ」


 ――あーはいはい、そうですか。


 ルージィは大きなため息をひとつつき、小さな声でぼそりと呟いた。


「……負け犬の無様な足掻きか」


 ステンノは眉を大きくつり上げて怒りの形相を見せた。

 失言に気づいたルージィは慌てて頭を下げる。


「ああ、勘違いさせてしまったらすいません。これ褒め言葉ですので」

「今の発言のどこをどう解釈すれば賛辞になるのか理解に苦しむわ」

「だってゴルドー王家ってとっくの昔に滅んだ負け犬国家じゃないですか。そんな死ぬほどくだらないものに何千年単位で執着し続けるって一周回ってすごいことだと思うんですよ」

「あなた……」

「仮に新たに国を興すにせよ私なら別の名前を考えますね。だって負け犬国家の無様な王を名乗るとか恥さらしもいいとこじゃないですか。私にはとても真似できない」

「……どうやら死にたいらしいわね」

「気分を害したようであればすいません。でもそれって素晴らしいことだと思うんですよ。事実として滅んだのに一族の過ちを決して認めない。あくまで不当に奪われたのだと臆面もなく主張できるその面の皮、私もぜひ見習いたい!」


 堪忍袋の緒が切れたステンノは魔力を解放した。

 サタンから与えられた極黒の魔力―― 《抹殺の悪威》 を纏い、本来の姿に戻った彼女は、すでに最上級魔族と呼んで差し支えないほどの領域にいた。


「命乞いなら聞かないわよぉ」

「もしかしたら馬鹿にしてると思われているかもしれませんが本当に褒めているんですよ。私には執着できるものが何もない。世の道理を無視してでも貫きたい己だけの正義がない。負け犬の遠吠えのように終わった勝負に未練を残して無様に足掻きたいと思えない。私は “持たざる者” だから、あるのは持つ者に対する妬心だけです」

「もうしゃべる必要はないわ!」

「それができる貴女のことを心底羨ましく思う。ああ、嫉妬で気が狂いそうだ!」


 大蛇と化したステンノが飛び上がり上空より襲いかかる。

 しかしルージィは見上げることすらしない。



「貴女も、サタンも、分不相応に持ちすぎだ! よって我らが均すッ!!」



 襲いかかったステンノがルージィの首筋に牙を立てる――その直前、その頭部から尾に向かってまっすぐ一本の切れ目が入った。



「なン……だと……ォ!」



 ステンノの身体が真っ二つに割れたかと思うと、次の瞬間には目映い黄金の光に包まれて消滅した。

 オキニスの放った聖剣の一太刀が、亡国の魔女を一瞬で屠ったのだ。


 すでに選神戦争は始まっている。

 参加する資格なき邪魔者は瞬く間に退場させられる。

 ステンノは自国の復興のために利用していただけで、サタンを新しき神として選んだわけではなかったし、サタンもそのことを重々承知の上で、都合よく使い捨てられる運命を彼女に与えていた。

 誰からも見放された負け犬らしい無様な最期だった。


「最上級魔族だろうとものともしない。さすがはラースの依り代――いや、生まれ変わりです」

「そういわれても今いちピンと来ねぇっスけど」

「それはそうでしょう。私も未だにピンとは来ません」

「だよなぁ……オレみてーなどこにでもいるクソガキが主神に選ばれるってなぁ」


 そういってオキニスは複雑な笑みを浮かべた。

 最初は何たる不平等かと少し憤ったが、オキニスの勇者への強い憧れを知った今では少し考え方を改める。


 生まれも貴賎も関係ない。それを強く望む者に平等にチャンスは与えられたということだから。


 魔族に支配され洗脳教育で勇者信仰が薄れた島で、それでも勇者になることを願い続けた、これはかつて “持たざる者” だったオキニスが自らの手で掴んだ勝利だ。



 彼は我ら “持たざる者” の代表ヒーロー

 無力な我らに代わり大事為す者。

 我らの無念を晴らしてくれ。



「次代の神候補と目される人類の王は三名。『聖王』エリ、『蛇王』ジャラハ、『魔王』アドラ。私は、そこにあなたを含めて四名としたい!」



 ルージィは服の襟をただすと未だに自覚を持たぬオキニスに毅然と告げる。



「神の生まれ変わりである我が王――『神王』オキニス! 見事サタンを討ち果たし、天下に太平をもたらした暁には【四天王】として後生に伝わることでしょう!」



 そういってルージィはオキニスの前でひざまづいた。

 選神戦争は四人の王を中心に大きく動き出そうとしている。

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