クーデター③
元四天王、魔軍総司令ディザスター・ネウロイ。
ルーファスの右腕であり魔王軍のNo.2だったガーゴイル。
理由もわからず解任され隠居を強要された彼の心中は穏やかではない。
いつか必ず奴らに復讐すると固く心に決めていた。
好機はすぐに訪れた。
現四天王であるアドラが地獄へ遠征するため代理が必要になったのだ。
軟禁状態だったネウロイは四天王代理として一時的に解放された。
他に適任がいなかったというのもあるのだろうが魔王のいつもの気まぐれだ。
ネウロイの動きは素早かった。
解放されたと同時に傘下の師団と接触し今回のクーデターを画策した。
司令部はすでにサーニャに支配されていたが彼女程度のネクロマンシーを破れぬネウロイではない。
結果クーデターは当初の予定通りに進行した。
わずかながらの誤算もあと少しで修正できる。
この高慢ちきな若造の生命をもってして。
会議室の円卓にてネウロイは現四天王アドラと対峙する。
こうして面と向かって会話するのは今回が初めてのことだった。
もっとも本来対話など必要のない相手なのだが……。
「我らの要求は至ってシンプル。アドラくん、君の解任による私の復権だ」
「あ、ぜんぜんいいですよ。降ります降ります」
予想通りの返答とはいえあまりの軽さにいささか拍子抜けする。
「君が良くてもルーファス様が許すまい」
「そこはおれががんばって説得しますよ。おれはネウロイさんの味方です」
アドラのあどけなさにネウロイは猛烈な腹立たしさを感じていた。
常に満たされて生活してきた王族らしい無欲さというべきか。
彼奴に持たざる者の気持ちなどわかるはずもない。
ネウロイは怒りを我慢できずに予定にない会話を続行した。
「知っているかね、私は魔界の下層で生を受けた下級悪魔だ」
アドラは首を傾げた。
やはり知らぬか。お偉い王族が下々の事など知るはずもない。
だからこそ教えたくなった。
何も知らずにぬくぬくと育った若造に歴史を知る者として。
――つまりは説教か。
自分も歳を取ったものだとネウロイは自嘲する。
「私だけではない。ガイアスもサーニャもオルガンも一同皆下級魔族だ。この魔王城に上級魔族、それも最上級である六大王家の大悪魔は君しかいない」
「待ってください。おれはもう家とは無関係です。みなさんと同じ一般魔族ですよ」
「君がどう思っていようが君には王族の血が流れている。永きに渡り我らを迫害してきた憎き血がな」
だからこそネウロイたちはルーファスの下に集った。
憎き王族を打倒し下級魔族の世を創るために。
そして下克上は成った。
かつての寄せ集めの下級魔族集団は、惰眠を貪る王族たちを蹴散らし、魔界統一まであと一歩のところまできている。
新しい世界はすぐそこにある。
「ここまで話してまだわからぬか? 我らが君のことをどう思っているかを」
「そ、それは……」
「君は君自身が王族であるという自覚を持つべきだ。そしてその責任を取るべきだ」
ネウロイは静かに手を挙げた。
それを見たシゲンがゆっくりと席を立つ。
「失礼。小用を思い出しまして」
シゲンは外に出るフリをしてアドラの後ろに回り込み懐に手を入れる。
取り出したるは暗殺用のダガー。
先ほどの身体チェックの際に見逃してもらったものだ。
「すいません。その責任というのはどうやって取れば……」
「わからぬかね。ならば教えてやろう。その身体に直接なぁッ!」
ネウロイが手を降ろすと同時にシゲンはダガーをアドラの延髄に突き刺した。
剣同様ダガーにも魔界蠍の毒がたっぷり塗ってある。
たとえ最上級魔族であろうと死は免れない。
「古き時代の遺物として淘汰される。それが君の果たすべき責任だよ」
そういってネウロイは嘲笑った。
しかしシゲンは笑えなかった。
確かに作戦は成功した。
致命のダガーはアドラの延髄に深々と突き刺さっている。
だが――手応えがおかしいッ!
「もうしわけありませんがその申し出にはお応えできません」
突き刺したダガーがまるで泥沼の底に沈むかのようにアドラの内に飲み込まれる。
「……両親が悲しみますので。他の責任の取り方をご教授願います」
毒は即効性。本来ならすでに死んでいなければおかしい。
しかしアドラは苦しむ素振りすら見せていない。
魔力は封じている。
だからこれは幻覚ではない。
ならばいったい何が起きているというのか。
どよめく場内に電話のコール音が鳴り響く。
ルーファスとの交渉用のホットラインだ。出ないわけにはいかない。
ネウロイは震える手で受話器を取る。
『諦めろ。その怪物は貴様の手には負えん』
次の瞬間――会議室の天井が細切れになって抜けた。
――狩猟が始まった。




