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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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ニライ・カナイ

 石を削って作ったヤポン式の墓の前でしゃがみ込み、ネウロイは両手を合わせて今は亡き友人ツアクへの祈りを捧げる。

 一分間の黙祷を済ませると静かに立ち上がり、ゾクアに向き直った。


「ツアクは……おまえに何か言い遺してはいなかったか?」

「遺しまくってますよぉ。村を挙げて歓迎しろだのたらふく飯を食わせろだの土産をたくさんもたせろだの」

「いやそういうのではなくて」

「でも一番口をすっぱくしていってたのは、うちのばあちゃんに必ず会わせろって話だったべ」


 ――やっぱりそうか。


 ネウロイは嘆息した。

 貸した魔石を返却するよういわれなかった時点で怪しむべきだったか。あまりいい予感はしないが今更しかたがない。


「村長から鍵は直接返すよういわれていることだし……数千年ぶりにカナイの賢者に会いにいくとするか」


 決心するとネウロイはアヴェントス親子と共にミーヤの許へと向かった。



                   ※



 ミーヤのねやはアヴェントス家の離れにあった。

 かつては賢者として村の方針を決める立場にあったが、現在はすでに隠居しており滅多にここから出てこないそうだ。


「ばあちゃん、カナイの豊穣神を連れてきたべ」


 本人の了承を得て襖を開けると、絵画の飾られた和室に通された。

 墨を使った『浮世絵』と呼ばれしヤポンの風俗画。

 そこに描かれしは手を取り合いしつがいの双神。



「悠久の月日を経て今ここに、二柱ふたり因縁ものがたりは完結する」



 浮世絵を見ていた種族不明の老女は、ネウロイのほうに振り向くともの悲しそうな表情を浮かべた。



「そのための役者――あるいは生け贄として、あなたは運命に選ばれました」



 黒い瞳。皺まみれの顔。枯れ木のような手足。肩まで伸びた白髪。

 ただの年老いた人間の女性にしか見えない。だが……。



「あなたが再びこの地を訪れた時、すべてを告白すると決めていました。私はかつてこの村が神の国――『ニライ・カナイ』と呼ばれていた時代の生き残りです」



 ネウロイは神妙にうなづいた。

 もちろん確証があったわけではない。だが初めて会った時、そのすべてを見透かすかのような眼を見た瞬間から、ずっとそんな気がしていた。


 ――もしかしたら彼女はプリンシパリティの天使なのではないか、と。


「ミーヤ様、貴女が天使の生き残りならばわかるはず。其は神などでは……」

「いいえ間違うことなく神です。正確にはその候補になってしまったというべきですか。あなたがカナイ村を救ったところをラースに見初められた時点で」


 衝撃の事実に大きく目を見開くネウロイ。ニーヤは静かに話を続ける。


「かつてラースは教皇や我ら天使の生き残りに託宣を与えました。時が流れ、いずれ自らのすべてが消え去りし時、新たなる主神かみを我が子の中から選ぶと。おまえたちもまた好きに選ぶといいと」

「そんな、まさか……ッ!」

「ラースが選びし新時代の神子――我らはその誰かに与するか選択を強いられることになりました。ミカエルは邪竜を選び、ウリエルは死神を選んだ。そして我らはもちろんあなた以外におりません。カナイの豊穣神よ、どうか我らを導きたまえ」


 激しく動揺するネウロイを見てミーヤはなぜか泣いた。

 大粒の涙は頬を伝い畳を少しだけ湿らせた。


「私はこの日が来ることを一日千秋の想いで待っていました。ですが同時に永遠に来なければいいとも思っていました」

「ミーヤ様……」

「智と勇あれど力と意志なく、悪に与すれど心根優しいあなたに、ラースは血みどろの闘争の宿命を与えました。あなたの未来さきにはその意志に関わらず、数多の艱難辛苦が待ち受けていることでしょう。それを知りつつあなたが至高神になることを望んだ私は赦されざる悪党です。どれだけ詫びても詫びきれません。一度は死を以て償うことも考えました」


 そういってミーヤは袖で涙を拭う。

 しかし拭った後のその瞳にはすでに悲哀の色はなく、決意の炎が激しく燃え盛っていた。



「ですが、あなたにはどうしてもやってもらわねばなりません。最悪の事態を回避するために、死と破壊の化身アドラが主神として君臨することだけは、絶対に防がなければならない!」



 聞き覚えのある名前にネウロイは我が耳を疑った。

 ミーヤは激しい怒りと憎しみを隠すことすらせずに続ける。



彼奴きゃつがラースの智慧を得て完全なる死神に目覚めれば、世界は瞬く間に死と絶望に包まれることでしょう。彼奴と彼奴を神と崇めるマドの悪魔どもを根絶やしにするまで、私はまだ死なない。彼奴らより先には死ねない。それが天使の生き残りである私に与えられた最後の使命!」



 叫ぶようにいうと、ミーヤはダラクに血走った視線を向ける。


「ダラク! あなたの人生は今この時のためにありました! プリンシパリティ最後の天使として、身命を賭して我らが神を守護しなさい!」

「お断りするにゃ」


 乾坤一擲で放った指示をけんもほろろに却下するダラクに、ミーヤは眼を猫のように丸くした。


「今のおいらはネウロイ様の一振りの剣。ネウロイ様の命令以外は聞けないにゃ」


 ダラクの双眸に紫電が走った。

 全身から聖魔太陰の気が激しくほど疾る。

 プリンシパリティ史上最強の勇者が目覚めし己が使命に滾り、震える。



「おいらはおいらの意志のみでネウロイ様を守り、邪魔だてする者は神も悪魔もすべて斬り伏せる。おいらの手でこの御方を至高神かみにしてみせる」



 その様はさながら聖王の如き。

 事実、彼はプリンシパリティの聖王と呼んで差し支えない存在だった。



「国やら世界やら余計な荷物しめいは一切背負わんにゃ。何か文句あるにゃか?」

「……いいえ、それで宜しい。ならば、私からいうことは何もありません」


 ミーヤが嘆息するとダラクは「にゃがにゃが」と変な笑い声をあげた。

 こんなに生き生きとしている孫を見るのはひさしぶりだ。村に居たときの彼はもう少し陰があり、いつもつまらなそうな顔で魔物討伐をこなしていたものだ。


「……ようやく真に仕えるべき主を得たのですね、ダラク」


 ネウロイ様――やはりあなたは真なる神の器。私の目に狂いはなかった。



『ぱんぱかぱーん! ぱらっぱっぱっぱあぁーっ!』



 ミーヤが己が役割の終わりを悟ると同時に、その精神感応テレパシーは、あまりに唐突かつ突然に飛んできた。



『世界のみなさん、おはようございまぁぁぁ――――――――っす!!!』



 あまりに強大、あまりに無作為、あまりに無防備。

 これほどの精神感応を放てる超越存在は世界広しといえど一柱ひとりしかいない。



『ボクの名前はサタンともうしまあぁぁぁっす! 此度めでたく完全復活を果たしました! 遅ればせながら主催代理兼選手代表として、選神戦争の開幕セレモニーを行いたいと思いまあぁぁぁぁぁっス!』



 ――来るべき日を迎え、ついに完全体になりましたか。


 約束の日の到来にミーヤは覚悟を固める。



『選手宣誓! 我々はスポーツマンシップに乗っ取って――……ってあるわきゃねぇぇぇだろぉそんなもんよぉぉぉぉっ!! 新時代の神を選ぶ戦だぜぇ!? ありとあらゆる手段を使って最後の一柱になるまで殺し合うんだよぉぉぉっ! きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』



 あまりの騒がしさに心底うんざりしたミーヤは、こちら側からもテレパシーを放ってサタンのテレパシーの出力を抑える。


 ――品性下劣。


 アドラは論外だが斯様に下品な邪竜に世界をくれてやるわけにもいかない。

 隠居するにせよ、自決するにせよ、しばらく先の話になりそうだ。

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