人外魔境
プリンシパリティの大地が夥しい鮮血で染まっていた。
斬首された死体が無情に転がっている。切り離された首から上は、今なお憎悪と怨嗟に凝り固まった表情を張り付けたままだ。
死刑執行者は鼻歌交じりに頭を蹴り飛ばすと、剣を軽く数度振って付着した血のりを払った。
「世界最強の勇者集団といっても所詮こんなものかにゃあ」
ダラクは吐き捨てるように言うと、生き残っている勇者たちに悪魔的な笑みを浮かべた。
「あまりに弱くて拍子抜けにゃ。これなら稲に群がる害虫のほうがはるかに難敵にゃ。おまえらは虫以下にゃ。虫以下のおまえらを虫けらのように潰してやるおいらはそーとう慈悲深いにゃあ」
――つ、強すぎる!!
この状況に驚き狼狽していたのは、ソロネ聖騎士団以上に生命を助けられたネウロイのほうだった。
ネウロイを処刑しようとした聖騎士の首を電光石火の一閃ではね飛ばし、その後襲いかかってきた騎士たちも迅雷が如き速さで息つく間もなく斬り捨てて見せた。
第三級聖騎士三四名。第二級聖騎士二五名。計五九名の勇者の生命を一瞬で屠ってみせたのだ。
その強さ、鬼か悪魔か、いやこれこそが真の勇者の姿だ。
――これがプリンシパリティ最強の勇者の実力か!!!
ガイアスが絶望し最強を諦め、アドラが対戦を拒否して尻尾を巻いて逃げだしたという男の真の力を目の当たりにして、ネウロイはとうの昔に克服したと思っていた死への恐怖を思い出していた。
「弱いとは心外だな」
恐れおののく聖騎士たちを押しのけて、熊のような大男がのっそりと現れた。
全身至るところについた傷から歴戦の強者であることが伺える。
「下っ端蹴散らした程度で調子こいてもらっちゃあ困るぜ。今から新入りのおまえにソロネ聖騎士団の本当の恐ろしさを叩き込んでやろう」
「誰にゃおまえは?」
「忘れたってんなら二度と忘れられねぇようにしてやる! 俺様は第一級聖騎士序列九位 《豪腕》 の――」
大男が名乗りをあげるのを待たずに、ダラクの剣はその首を切断していた。
「雑魚に用はないにゃ」
雷を纏う剣が目にも留まらぬ速度で疾ると、大男の巨躯が細切れになって地面にバラまかれた。
「試しに細かく分けてみたけど、これで肥料になるにゃかなぁ。うーん……大事な作物がダメになりそうだし、やっぱやめとくかにゃあ。畑の肥やしにもならんとかおまえらマジで存在価値ないにゃ」
第一級聖騎士でもまるで歯が立たず。
とにかく速い。速すぎるのだ。明らかに人類の限界を越えている。
おそらくは神雷を活用した加速術であろうと推察できるが―― 《天才》 の二つ名は伊達ではないということか。
「さっ、ちゃっちゃと残りを片づけるか。騎士の誇りだかなんだか知らんけど、逃げないでくれるのは面倒がなくて助かるにゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれダラクくん!」
見かねたネウロイがたまらず声をかけると、ダラクは脂汗をダラダラ流しながらこちらを向く。
「かっ、神様の御身を危険に晒してしまいホントにもうしわけないにゃ! こいつらがこんな屑どもだとはまったく気付かなかったんにゃ! おいら田舎者だから騙されとったんにゃ! なにとぞ! なにとぞお許しを!!」
ダラクは何度もペコペコと頭を下げつつも、背後から襲ってくる聖騎士を敏感に察知し、振り向きざまに四肢を切り刻む。
「このカメムシどもめが! 貴様らの不敬は万死に値するにゃ! 百億回詫びてから無様に死ぬにゃ!」
激高しながら倒れた騎士の頭を何度も何度も地面に叩きつける。
騎士が動かなくなるとダラクは再びネウロイのほうに向き直り、頭を掻きながらにんまりと愛想笑いを浮かべた。
戦場でのし上がってきたネウロイすらも恐怖させる狂気がそこにはあった。
――絶対的な神への盲信!!
だれこれこそが本来勇者の有るべき姿なのだ。
神を、正義を、盲信せずしてどうして魔族を殲滅させられようか。
ダラクは現代では失われつつある太古の勇者の姿そのものなのだ。
「ダラクくん……どうやら完全に裏切ったようだね」
戦力の半分を削がれて、事態を静観していたシオンがようやくその重い口を開けた。
「何をわけのわからんことを。どう考えても裏切ったのはおまえらのほうにゃ。全員キッチリ相応の罰を受けてもらうにゃあ」
「さて、いつまでもそんな風にイキがっていられるかなぁ」
「イキがるって何にゃ。害虫駆除を得意げにやる馬鹿はおらんにゃ」
「君は確かに強い。この僕でも少し手を焼くかもしれない。なので不本意ながら人質を取らせてもらうことにした」
「人質ぃ?」
「ここは君の故郷だよね。愛郷心の強い君なら村民の生命は大事だろう?」
ネウロイは蒼然とした。
シオンが今まで沈黙を保っていた理由をようやく理解したからだ。
「シオン殿! それは騎士のやることではございません!」
「僕だって心苦しいさ。でもねネウロイくん、君さえ大人しく死んでくれればこんなことをする必要はなかったんだよ。だからこれは君のせいさ」
シオンは騎士がダラクと戦っている間に別働隊を作って村を襲わせたのだ。
今頃村は聖騎士たちに占拠されていることだろう。
瞬時にダラクの実力を見抜き、有効な戦術を練り上げるのは希代の謀士といわれるだけのことはある――が、
「其も端くれとはいえ謀略家、勝つためなら卑怯卑劣なこともやってきました! 今さら聖人ぶるつもりはございません! ですが、それでも決して越えてはならぬ一線というものがあります! 其の生命ならいくらでも差し上げます! だから何の関係もない村人を巻き込むことだけはどうかおやめください!!」
「今さら遅いよ。こうでもしないとそこの彼は止まらないからね。何度も言うがすべて君が悪い」
ネウロイの懇願をシオンは一蹴した。
世間では英雄として扱われている彼だが、本来このような男であることをネウロイは知っていた。知った上で利用しようとしたのだ。
――だからこれは、シオン殿の言うとおり儂の罪だ。
自分の生命ひとつで事が丸く収まると思っていたネウロイは、己の浅慮と矮小さを痛感していた。
なんたる間抜け。この体たらくで何が魔界一の知恵者だ。これでは地獄の閻魔にあわせる顔がない。
「さて、と……そろそろ状況は理解してくれたかい、ダラクくん」
シオンはネウロイとの話を打ち切りダラクに視線を向ける。
「うん。だいたい理解したにゃ」
「そうかい。君がそこまで馬鹿じゃなくて良かった。君が大人しくしていれば村民に手出しをすることは」
「好きにするにゃ」
「……なに?」
「だから村を蹂躙したけりゃ好きにするにゃ」
シオンは顔をしかめた。
彼へのプロファイリングを間違えたのかもしれない。
「村民が大事でもないのに村の恩人であるネウロイくんを助けたのかい? 村には君の両親だっているだろうに」
「あいつらはおいらが心配するほど柔じゃないにゃ。今頃招かれざる客に相応のおもてなしをしてる頃にゃ」
ダラクが村の方角を見ると、ドシンドシンと大地が鳴る音が聞こえてきた。
「おいダラク! おまえ余所様んとこでまた何かやらかしたんか!?」
地鳴りと共に現れたのは巨大な化け猫の集団だった。
その中の一匹――ひときわ大きい三毛の化け猫がダラクを怒鳴りつける。
「騎士様からおまえが裏切ったって聞いてビックラこいたべ! 他人様に迷惑かけんなってオイラいつも口すっぱくして言ってるだろぉ!?」
「悪いにゃ親父、でも今回ばっかりはしかたねえんにゃよ」
「そんなこといってどうせまたくだらねー理由やろ! 今日という今日は堪忍袋の尾が切れたべ! その腐った性根叩き直してやるからかかってこい!」
「こいつらカナイの豊穣神を侮辱した挙げ句、あろうことか殺そうとしたにゃ」
「そうか、ならしかたねぇべ」
ダラクの父親はあっさり納得した。
大丈夫かこの村。
「そんでうちらの神さんはどこにおるんか?」
「そこに居らせられる御方がそうにゃ。名前はネウロイ様というにゃ」
「どうしてその御仁が神さんだとわかったんだ?」
「本人がそういってたにゃ」
「そうか、なら間違いねえべ」
マジで大丈夫かこの村。
「親父よ、村に来た騎士はどうしたにゃ?」
「適当にぶちのめしてふん縛ってあるけんど」
「帰ったらキチンと殺っとけにゃ」
「人間は不味いからあまり殺したくないべ」
「イチイチ喰わんでええわ。その辺に捨てとけにゃ」
「バカいうでねえ。食べ物粗末にすんでねぇっていつも口すっぱくしていってるやろ」
「こいつらは食べ物じゃなくて神に仇なす害虫にゃ」
「それもそうか。じゃあ遠慮なく潰すべか」
ほのぼのとした雰囲気で会話の内容は殺伐だ。
事ここにきてネウロイもようやく理解する。
「残りの害虫もさっさと駆除するにゃ。親父たちも手伝えにゃ」
「今は田んぼが大変な時期だってのに、はぁ……めんどいわぁ」
このプリンシパリティという国もまたキュリオテス同様の人外魔境であると。




