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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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清算

 魔王竜サタンが跋扈するよりはるか太古の昔、このプリンシパリティには高度な文明社会が存在していたいう。

 自らを『天使』と称した彼らは、特殊な力を宿した石――『聖石』を利用して栄華の極みを謳歌し――そして瞬く間に滅んでいった。


「激しく燃えさかる炎は燃え尽きるのもまた早い……ってね」


 天高くそびえ立つ血盟の塔を前にしてシオンはネウロイにいった。


「聖石を巡って起きた天使たちの戦争は、その文明の巨大おおきさ故に絶滅戦争と発展した。天使は滅び、聖石は魔石へと堕ち、同質の力を持つ女神の人類もまた『魔族』と呼ばれ忌み嫌われ続けるようになった――で、合っているかな? ネウロイ先生」

「真偽のほどもわからぬ、大昔のおとぎ話です。ですが否定する気はございません」


 シオンの嫌みにネウロイは淡々と応じた。

 おとぎ話ではあるが、現存する魔族が生きた証拠であるといえなくもないし、天使の遺産なるオーバーテクロノジーが残っているというのも事実だ。


「有るはずの本来の呼称も女神の敗北により永遠に失われた。今や当の本人たちすら自らが悪しき民であると信じて疑わず、ある者は同族を敵と見なし共喰いに明け暮れ、またある者は地の底で死んだように生きている。哀れなものだなぁ」

「哀れですか。確かにそうかもしれません。ですがこれでいいのでしょう。魔族の呼称は今も、己が力の危うさを自覚し、慎ましやかに生活していくための戒めとなっております」

「これはこれは、世界征服を企む魔王軍とは思えぬ殊勝な発言だ」

「返す言葉もありません」


 ネウロイはシオンに丁寧に頭を下げた。

 どれだけ陰惨な過去があろうとも、人が人である限りその欲望を抑えることはできない。優れた力を持っていれば尚更だ。

 この現状をどうにかしたいとは思っているのだが……。


「魔界にはたまに自らの哀れさを忘れ、地上を支配せんと扇動する愚者が現れる。それが魔王――つまりは君のことだ」

「其は魔王ではございませんが……」

「僕から見れば君が魔王さ、事実上のね。我ら勇者は君のような輩を排し、世界に安寧をもたらすために存在している。まあ僕は厳密には勇者じゃないのだけれど」

「重々承知し、心から感謝しております。我ら魔族が天使のように滅びずにいられるのは、地上に勇者を遣わした主神ラースの大いなる采配であります」

「本当に殊勝だな。敵であるはずの勇者に感謝するなどとは。そこまで真理を解する賢者は魔界広しといえど君ひとりだけだろう。君が真に魔王であれば、今回のような面倒は起きていなかっただろうにねぇ」

「其は人の上に立つ器ではございませんし、今回の件は面倒事などではございません。人類の反撃の嚆矢でございます」

「だといいけどね。さて、おしゃべりはここまでにして本題に移ろうか」


 ネウロイは頷くとシオンの隣にいたエリに赤錆のついた鍵を手渡した。


「これは何かなネウロイ殿?」

「血盟の塔の鍵でございます。これを使って内部へとお入りください。ルーファスはすでに塔上に控えております」


 エリは鍵を摘んで不思議そうに眺めてからネウロイに訊く。


「こんなボロい鍵を使ってる塔でセキュリティは本当に大丈夫なのか?」


 いやいや、その話はこの前したばかりじゃないか。

 これはオズワルド殿も大変だわ。


「血盟の塔は天使同士が盟約を結ぶために建造されたものです。内部は外界から完全に隔離されており、その鍵の所有者以外の一切を拒みます。現存する鍵はこの世界に二つのみ。そしておそらくは、この二つしか製造されておりません」

「なるほど、つまりは……どういうことだ?」

「この塔にはルーファスと聖王陛下の二人以外、決して入れないということです」


 ネウロイは内心の呆れをおくびにも出さずにいった。

 物覚えの悪い者に苛立つのは悪い癖だという自覚はあるが、こればっかりはどれだけ歳を食ってもどうにも直らない。


「ほうほう、それは面白い塔だなぁ。どういう原理で出来ているのだろうか」

「現代においても解明されておらぬオーバーテクノロジーとなっております。だからこそ絶対的なセキュリティとして機能しております」

「おおそうか。ネウロイ殿は本当に物知りだなぁ。そんなすごいものを知っていてなおかつ鍵まで所有しているとは」

「其が所有しているわけではございません。カナイの村長から事前に借り受けたものです。用件が済んだ後は村に返却していただけるようお願いいたします」

「了解した! 騎士の名にかけて必ずや返却すると約束しよう!」


 物覚えは悪いが根は真っ直ぐで見ていて気持ちがいいので嫌いにはなれない。

 天性の人たらしで、だからこそ王の器なのだろうとネウロイは肩をすくめた。


「では行ってくるぞ!」


 エリは部下たちに手を振りながら、さながらピクニックにでも行くかのように軽やかな足取りで塔へと向かっていった。

 残されたネウロイと聖騎士団は二人の会談が済むまでその場で待機する。


 魔王と聖王。

 決して相容れぬはずの対極の存在が胸襟を開いて話し合う。

 今日という日は人類史に永遠に残ることになるだろう。


 ――そのような場に立ち会えて光栄だ。


 与えられた使命を見事果たしたネウロイは満足げに頷くと、ゆっくりと振り向きシオンを見る。


「さて……ようやく邪魔者はいなくなったようだね」


 そういってシオンはネウロイに笑いかけた。

 その笑みには先ほどまでの善良さは欠片もない。邪悪なる呪術師そのものだった。


「やはり許されませんかな」

「許されないねぇ。君が魔族で僕らが勇者である以上は」


 予想された返答にネウロイは観念し、覚悟を固めた。


「ひとつ質問だ。ネウロイ、君はこうなるとわかっていながら、どうして護衛をつけてこなかった? その弁舌ですべての人間を操れると、そこまで自身の能力を過信し自惚れていたのかい」

「まさか。其、無駄な事が大嫌いでして。死体の数は少ないほうがいいでしょう?」


 ネウロイの仕事に自分の身の安全は含まれていない。

 そんなものをイチイチ気にかけていたら弱者が強者相手に交渉などできはしない。

 交渉事はいつだって生命がけだ。オウロウを説得した頃からそれは変わらない。

 さすがに今回は少し無茶がすぎたが……それでも問題はない。


 何しろこれが自分の最後の仕事なのだから。


「それはその通りか。だが逃げ道ぐらいは用意しておくべきだったんじゃないかな。この状況では魔石を操って島に逃げ戻ることもできまい」


 いつの間にかネウロイは聖騎士たちに囲まれていた。

 だがこれは関係ない。たとえ囲まれておらずとも勇者相手に逃げきれると思えるほど自信家ではない。


「それも無駄のひとつでしょう。厄介事を島に持ち込むのは部下にもうしわけない。何か問題があるようであれば其がこの場で解決いたしましょう」

「では単刀直入にいおう。君の存在そのものが我々にとっての厄介事であり大問題だ」


 シオンの冷たい視線がネウロイを射抜く。

 ネウロイはそれを真正面から受けて立つ。


「伝説の大呪術師にそのように思われるのは光栄至極。しかし其は決してあなた様の不利益になるようなことはいたしませんよ」

「いいやするさ。僕たちが魔界に攻め込むとあらばね」

「何故? サタンに汚染されし死の大地――攻め込んだところで何の益もないかと」

「土地にはね。だが君たちが所有する魔導兵器には非常に大きな価値がある。全部ごっそりいただき僕が有効利用する」

「それはサタン討伐のためでしょうか?」

「どちらかといえば私欲かな。今の僕には聖王以外の剣がいるのさ」

「お待ちください。それはソロネの国義に反するのでは……」

「なに、これも時代の流れさ。改革するには遅すぎるぐらいだよ」

「そのような暴挙、聖王陛下が決して許しませんよ」

「君も話してみてわかっただろ? あんな小娘どうとでも丸め込める。アドラとかいうお人好しの魔族や他の騎士連中もね。無論、君さえいなければの話だが」


 しゃべりながらシオンは腰の剣を引き抜きネウロイに向ける。


「最後のチャンスをやろう。君も僕の同士となれ」

「お断りいたします」


 ネウロイは迷うことなく即答した。

 それを聞いたシオンは満足げに頷く。


「君なら絶対にそういうと思っていた。僕なら嘘でも同意し了承する」

「でしょうね」

「君には汚さが足りていない。たとえ靴を舐めてでも生き残り、未来に繋げようとする生き汚さが。謀士失格だ」

「生に拘り意地汚く足掻くには、いささか歳を取りすぎました。未来に繋ぐその役目は若者に託することにいたします」

「そうかい。手を取りに来たところをぶった斬ってやろうと思っていたけれど、どうやら僕が斬る価値もない半端者のようだ」


 シオンは剣を収めるとネウロイを見限ったかのように背を向ける。


「始末しろ」


 背後の騎士が剣を抜いた。

 振り下ろされる正義の刃をネウロイは心静かに受け入れる。


「ではシオン殿、一足お先に」


 ルーファスはここを死地と定めて赴いた。

 ならば家臣である自分も運命を共にしよう。

 もとよりベッドの上で死ねるとは思っていない。

 かの天使たちのように、積み重ねた罪を清算する日が来たというだけだ。


 ――後は頼むぞアドラ。


 新たな王はすでにいる。

 王を補佐する者たちも。

 我らの時代は終わったのだ。



 魔軍参謀ディザスター・ネウロイ。

 責任を全うした男の最後の瞬間はあまりに潔かった。

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