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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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武器なき戦争②

「何故だ? 先ほどネウロイ殿が言った通り、その策が確かな情報なら今ここでハッキリと伝えられるはずであろう」

「何事にも例外というものはございます。サタン打倒の秘策を軽々しく口外するのは危険だからです」


 エリは首を傾げた。

 ネウロイの言葉の意味がまるでわからなかったからだ。

 何か話したいことがあれば話したい時に話せるだけ話せばいいではないか。


「聖騎士団にはグロリアのスパイが紛れ込んでいたという話を伺っております」

「ああ、オズワルドからそういう報告を受けているな。グロリアの動向を探るために泳がせていたそうだが、まさか彼女がなぁ……」

「他国のスパイが他にいないとも限りませぬ。情報の発信に慎重になるのは当然です」

「待て待て。グロリアはサタンとは無関係だとさっき笑って言っていたではないか」

「そういう話をしているのではございません。申し訳ありませんがこの国のセキュリティは一切信用なりません」

「ん、まあ……来る者拒まずというのが我々の信条だからなぁ……そこのところどうなんだオズワルド」

「見りゃわかるでしょ。ガバガバですよガッバガバ。その辺にある料亭のほうがまだマシなレベルですね。私だってこんなクソみたいな所で重要な話なんかしたくありませんよ」


 国籍立場関係なく強さのみが求められるソロネ聖騎士団。

 ネウロイたちはそこに救われてもいるのだが今回はあえてその部分を攻める。


「人の口に戸は立てられませぬ。噂が広まればサタニズムの信奉者、あるいは黄泉にいるサタン自身の耳にさえ届くということも十分に考えられます。秘策を知る者は少なければ少ないほど確実です。どうかご理解ください」

「了解した。ではルガウ島で話を伺うか。だがあそこもあまりうちのことをいえたことではないと思うのだがな。城もぶっ壊れているし」

「城はすでに新築しております。防音魔術も行き届いていますので来ていただけるようであれば無論歓迎いたしますが……」


 ネウロイの進言に猛反発したのはもちろんオズワルドだ。

 聖王を押しのけるようにして会話に割り込んでくる。


「軽々しく話に乗らないでください! 信用の話をするなら我らとて向こうを信用などできませんよ!」

「我々は貴国に対して常に誠意を以て対応しているつもりでございますが」

「無論、アドラ殿やネウロイ殿はある程度信用していますよ? ですがルーファスなどという胡散臭さ極まる魔族の言葉などこれっぽっちも信用できませんねぇ」

「ありがたいお言葉ですが信頼していただけている其の提案でも無理でしょうか?」

「そもそも! あなたがたはルーファスの世界征服の野望を挫くべくクーデターを起こす予定だったんじゃないんですか!?」

「……先ほども申し上げましたがルーファスとはすでに和解しております。どうやら我らの誤解だった様です」

「それって騙されてるんじゃないですかねぇ? 私が調査した限り、ルーファスは実に狡猾で残忍で強欲な、信用など欠片もできぬ者です。あなただって一度は殺されかけたそうじゃないですか!」

「いや、確かにそういうこともありましたが、あれは其が……」

「忠臣を駒としか思わぬ外道! 聖王には戦争について慎重になれといいましたがね、奴については組むより滅ぼしたほうが後顧の憂いがないと考えますね!」


 ――厄介な男だな。


 ネウロイは内心舌打ちする。

 国を一人で回しているといっても過言ではない大政治家にしてソロネ一の情報通。おまけに度がつくほどの堅物ときている。彼を懐柔するのは至難の業だ。


「たかだかゴブリン風情がサタン抹殺の秘策を握っているというのも眉唾モノですね。まあ拷問でもして吐かせりゃ明らかになることですが」

「オズワルド殿、其の前でそれ以上、主君への冒涜は……」

「ネウロイ殿もいい加減あんなのに盲従するのはやめにしましょう。私のプロファイリングではアレが世界征服を諦めるなどということは万に一つもありえません。何かの間違いで力を得てしまい、それが理由で欲に溺れた豚より醜い権力の亡者です。さっさと始末して次の魔王は貴殿かアドラ殿がやればいい。それが魔界のためにも地上のためにもなる。そのための戦力なら我らは惜しみませんよ」

「……」


 かつてネウロイもそんな風に考えていたことがあったため、反論するのも難しい。

 仮にこちら側の事情をぜんぶ打ち明けたとしても理解してもらえるとは思えない。それどころか新たな火種になるのがオチだ。


「……オズワルド殿のお考えはわかりました。理解も納得もできますが主君の要求を通すのが臣下の務め。よって交渉相手を変えることにいたします」


 第一級聖騎士主席オズワルド・リー……彼は、少々清廉潔癖がすぎる。

 よってもう少し融通のきく薄汚い男と交渉しよう。


「聖騎士団の実権は私が一手に握っています。私以外に話を通す相手などいませんよ」

「いいえ。おりますよ目の前に」

「残念ながらこの件については聖王も同意見ですよ。アドラ殿の顔を立てて話しぐらいは聞いてやろうと思っているだけです。交渉したいなら本人が今すぐアーチレギナに来ればいい。密室のひとつやふたついくらでもご用意いたしますよ。無論、生命の保障はいたしかねますがね」

「……もういいではないですか。やめにしましょうこんな茶番劇」

「その通り! こんな会談は茶番です! 魔王軍など最初から魔王の首を差し出すか攻め滅ぼされるかのニ択しかないのですから!!」

子孫ひとの身体だからといって少々悪ノリがすぎますぞシオン殿」

「なぁんでバレるかなぁ」


 オズワルドは首を傾げながら眼帯を取って投げ捨てる。

 陰陽結界が解放された瞬間、短く切り揃えられた髪が突然腰まで伸びた。

 顔も身体も一気に若返りあっという間に二十代の好青年だ。


「僕は完璧にオズワルドを演じていたはずなのに……なぜわかった魔界の賢者よ」

「理由は単純至極でございます」


 シオン・リー。

 両眼に太陽と太陰を模した結界を宿す伝説の大呪術師を前にして、ネウロイはおどけるようにいった。


「其があなた様の熱狂的なファンだからです」


 ネウロイは軍師を志した若かりし頃よりシオンの残した兵書を読み漁って生きてきた。彼の興味関心はそれだけに留まらず、古今東西シオンにまつわるありとあらゆる情報を現在に至ってもかき集めている。

 そんな自他ともに認めるシオンフリークが確信していた事実がこれだ。


 すなわち――李紫苑シオン・リーは現在も生存している、だ。


 でも実際目の前でこんな風に豹変されると内心ちょっとビックリしちゃう。だって下級魔族だもん。


「あなたのように根暗で陰湿な呪術師がサタンがくたばる瞬間をその目にせず、大人しくあの世に旅立つなどありえませんからな。子孫の身体を呪術で縛って利用するというゲスいところなど実にあなたらしい。思考だけならサタンと大して変わりませぬな」

「これはまた手厳しい。君ホントに僕のファン?」

「そういうねじくれた人格ところも含めてファンでありますので。謀略家など性格が悪くてナンボですよ。いかに相手を陥れるかを考えるのが仕事ですからな」

「違いない」


 そういってシオンはさも愉快そうに笑った。

 彼は悪党だがこのような些末な発言で気分を害するような小物でもないとネウロイは誰よりも深く知っている。


 それはそれとして実はかなり恐縮しているのだが……大物相手に飲まれないために今回はあえて軽いジャブを放ってみた。


 伝説の男が相手だろうとヘコヘコとはしない。

 立場は対等でなければ交渉などできないのだ。


「このソロネという国家自体が、あなたがサタンを殺すために作り出した一振りの剣です。よって話を通すなら国の真のトップであるあなたをおいて他におりませぬ」

「……いいだろう。僕の存在を見切った慧眼に免じて話の続きを聞いてやるよ。まさか僕が相手ならルガウで話し合いが行えるなどとは思ってはおるまい?」

「仰るとおりです。実は其自身ルガウもあまり信用できないと考えておりました。無論細心の注意は払いますが、サタンの魔手はどこまで伸びているかわかりませんので」

「ではどこでやる?」

「万全を期するならやはり『血盟の塔』しかないかと」


 それはプリンシパリティにある天使の遺産のひとつ。

 要人が二人きりで語りあうにはうってつけの場所。

 古書にその存在をわずかに記されるのみの秘境だが、歴史家としても名高いシオンなら当然知っているはずだ。


「ん、妥当な折衷案だ。だが……ここからプリンシパリティはいささか遠すぎるな」

「其はあの地に縁がございます。無論移動の手段も。ソロネにもございましょう?」

「ないない。さすがの僕も書で知るのみだよ。あんな世界の端っこにある未開の地はなぁ」

「いいえありますよ。というより、今そこにいるではございませんか」


 ネウロイの指さす先に一同の視線が集まる。

 指さされた猫人は突然の指名に目を白黒させた。


「え? え? え? お、おいらかにゃー?」


 要人警備のために呼ばれていたダラク・アヴェントスは、なぜか意外そうな顔でネウロイに尋ねた。


「あなた以外に誰かいるんですか。プリンシパリティ一の勇者――いや、今は第一級聖騎士序列七位。渾名は 《天才プラデジィ》 でしたかな?」

「くっくっくっ……バレしてしまってはしかたないにゃー。何を隠そうおいらはプリンシパリティ出身のド田舎者なのにゃああああぁぁぁぁっ!」


 アドラから聞いて知ってる。

 ていうかまったく隠していない。

 周囲にもベラベラしゃべりまくってる。


「田舎者を越えた田舎者、スーパー田舎人にゃ。おいらに対抗できる猛者は名前も聞いたことがないクソド田舎の村に住んでいる盟友アドラぐらいだろうにゃ」

「アドラは魔界の王族で元都会暮らしですがね」

「……え!?」

「無論、魔界自体がド田舎だといわれれば否定はいたしませんが」

「う……裏切られたにゃ……っ!!」

「そんなことはどうでもいいんですよ。泳ぎが苦手な猫人族がえっちらおっちら船で海を渡ってココにやってきたなんてことは……当然ないですよね?」

「海を舐めるなにゃー。風呂すら嫌いなおいらがそんなことしたら今頃、遭難してくたばってるにゃー」


 やはりプリンシパリティ人に渡航技術はない。

 彼らには大きな文明がない代わりに、それ以上に便利な秘術があるのだから。

 だがそれはそれとして風呂には入れ。汚いだろうが。


「……というわけで、双方プリンシパリティへ赴く手段はございます。いかがでしょうかシオン殿」


 ネウロイが訊くとシオンは顎に手を当てて考え込む素振りをする。


 彼がオズワルドならば決して同意はしないだろう。

 余所の地にて、主君をどこの馬の骨とも知れぬ者と二人きりにはできない。

 聖王とは仲が悪いようだが関係ない。彼の中にある責任感と常識がそれを許さない。

 だがシオンならばどうだろうか。彼ならば……。



「面白い! その話乗った!!」



 ――やはり快諾してくれたか。


 書でしか知らぬ天使の遺産への訪問。好奇心が勝るに決まっている。

 聖王への忠誠心も当然のごとくない。彼にとって彼女はサタンを殺すための道具でしかない。

 頭は良くとも実に与し易い相手だ。


「僕はいいと思うけどエリ、君はどうかな?」


 シオンが話を振るとエリは純真無垢な笑顔で、


「なんだかよくわからんが私は逃げも隠れもせん。請われればどこにでも行くぞ」


 こちらはシオン以上に与し易い相手だ。たぶん……いや間違いなくろくに話を理解していない。一度信頼できると判断した者の言葉は全部鵜呑みにするタイプだ。

 一国の君主としてそれはどうかとも思うのだが、御輿としては最高に担ぎやすい。こちらとしても非常に助かる。


「……だそうだ。見事な交渉術だネウロイ。噂に違わぬその頭脳、あの小鬼にはもったいないねぇ」

「ルーファス様をご存じなのですか?」

「魔王なんだから当然知ってるさ。あえて口にはしないであげるけど、あいつにはちょっとした疑惑もあるしね」


 ――でも最近の出来事は知らないんでしょう?


 シオンの放った牽制をモノともせず、ネウロイは内心ほくそ笑む。

 オズワルドが配備したダラクの事を知らないという情報はネウロイにとって大きなアドバンテージだった。


 記憶の混乱を防ぐために子孫たちと記憶を共有していない。

 そして体感時間の流れが早くなり、最新情報に関して疎くなりがちなのは年寄りあるあるだ。ネウロイ自身少し前まではそうだった。

 すなわち――


 ――少なくとも現代においては儂のほうが『上』ということ。


 ならばいくらでもやりようはある。

 ここにいる全員を手玉にとってルーファスの望みをすべて叶えてやるさ。


 アドラとルーファスという希望を得て再び目覚めたネウロイは、力なくともこの場にいる誰よりも強い。



 ――三人揃えば、儂は無敵だ。



 一本の矢は容易く折れる。

 二本の矢でもまだ足りない。

 三本揃えば強靱無敵。誰にも折られることはない。


 今のネウロイの勇姿は、ヤポンに伝わる三本の矢のことわざを体現していた。

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