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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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武器なき戦争①

 聖王との交渉はネウロイの予想通りあっさりと通った。


「いつでも好きな時に好きなだけ謁見しに来てもらって構わないぞ」


 エリは朗らかに笑いながらルガウからの使者にそう告げたそうな。

 魔族に対する忌避感がないのはさすが聖女といったところだ。


「――だそうだが、どうするルーファス?」


 ネウロイが訊くとルーファスは少し考え込み、


「ソロネに行くのは……少しまずいな」


 当然の判断だった。

 魔王が勇者の国に単身乗り込むのは自殺行為だ。

 この世は聖王のように話のわかる勇者ばかりではない。


「それはそうだな。アーチレギナは危険な場所だ。つい前回と同じノリで使者を送ったが、ルーファスはアドラとは違ったな」


 ルーファスの実力はアドラに遠く及ばない。

 そのことは本人も重々承知していた。

 最上級魔族のように奔放に振る舞うのは無理だしそのつもりもない。


「できれば会談はここでやりたい。どうにかならないかネウロイ」

「聖王なら快く来てくれるだろうが、周囲が――特にオズワルド殿が許さんだろうな」


 またあいつか。本当に面倒な奴だ。まあこれも当たり前の話なのだが、できれば全員がいっさいの常識を持たぬ変人集団であって欲しかった。


「アーチレギナは勇者が怖い。ルガウには易々と来てはもらえない……となると、そのどちらでもない中立地帯で話し合うしかないだろうな」

「そんな場所あるのか? エクスシアはソロネの同盟国。ヴァーチェは今やサタンの根城。キュリオテスはもちろん論外、あそこは自殺の名所だ」

「……」


 ルーファスの質問にネウロイは少し考え込む。

 魔界最高の頭脳ならばこのような難題にも必ずや正答を導き出してくれるはずだ。


「……ひとついい場所がある」


 果たしてネウロイは名案を閃いてくれた。

 その場所を説明するとルーファスはにんまりと笑って立ち上がった。


「さすがだな。おまえはいつだっておれに最適解をくれる」

「……」

「ではさっそく出立の準備だ。聖王の説得は任せるぞ!」


 部屋を出ようとするルーファスにネウロイは声を投げかける。


「儂の出した最適解は『アドラの到着を待つ』ことだ」


 ルーファスは足を止める。


「アドラは必ずルガウに戻ってくる。あいつはおまえを見捨てるほど薄情者ではない。現ソロネ王でもあるあいつに聖王との仲をとりもってもらうのが最良の手段だ。いざというときの戦力にもなる」

「……」

「それでも独りで往くというのか?」

「……独りじゃない。おまえがいるじゃないか」

「儂だけでは――ッ!」

「おれとおまえ、二人が揃えば無敵だ。……違うか?」

「ルーファス、おまえもしかして……」

「そう心配するな。不死騎士がいれば戦力的な問題はない」


 それ以上話すことなく、ルーファスは部屋を出ていった。

 残されたネウロイは彼から説明された恐るべき事情を反芻する。


 ――ルーファスはサタンの手駒だった。


 今は極秘の手段で人類悪との縁を封じているそうだが、これも完璧とはほど遠い応急処置で、早急に抜本的な対策が必要だという。

 それが終わるまではあまりアドラを近づけたくないというのはわかる。

『乗り換えられる』という最悪の事態だけは、たとえ万が一の可能性でも回避したい。


 だが、わざわざアドラに魔王という『枷』まで付けて魔界に封じたのは、それだけが理由とは――


「……早まるなよルーファス」


 ネウロイは独りごちる。

 ルーファスの願いを叶えることが生き甲斐だが、その願いだけは叶えたくはなかった。



                   ※



 ソロネ聖国首都アーチレギナ――イスマルク城。

 その謁見の間にネウロイは自ら使者として参上した。


「やあネウロイ殿、御自ら足を運ぶとはよほどの大事かな」


 玉座に座った聖王エリは本日も快く謁見に応じてくれていた。

 オズワルドを筆頭に護衛の聖騎士たちが見守る中、ネウロイはすぐに膝をつき頭を下げる。


「私としては魔界に赴いたアドラについての続報をいただけるとありがたいのだが。私の情報網は今の魔界にまでは届かないのでな」


 現在エリはヒエロと連携してグロリアとの戦に備えていた。

 ソロネとは同盟関係にあるはずの大国エクスシアがグロリアと接触しているという情報に心穏やかでいられるはずもなく、アドラの動向次第によっては即日開戦してもおかしくない状況だ。


 一触即発の複雑な国際情勢。

 よって発言は慎重を期する必要があり、こればかりは使者には任せられない。いつまでも知らぬ存ぜぬでは済ませられぬため情報は小出しにしていく。


「以前にも申し上げましたがアドラは現在炎滅帝として魔界の半分を掌握しており、すでに魔王ルーファスとも和解しております」

「なるほど。ではこちら側の戦力として期待できそうかな?」

「ご存じの通りアドラはあくまで開戦否定派です。炎滅帝の地位に就いたのも戦争を止めるためです。聖王陛下にもぜひ思い留まって欲しいとの意志を示しております」


 ネウロイはルーファスとの会談で開戦派に改めたアドラのことを伏して答えた。


 ――今、この状況下で、開戦するのは絶対にまずい!


 ネウロイ自身常々そう思っていたし、ルーファスの話を聞いてそれは確信へと変わった。


 ――サタンは人類の同士討ちを狙っている!


 この調子で事が進むとただの戦争では終わらない。

 全人類を巻き込んだ大戦に発展するのは火を見るより明らかだ。

 泥沼確定の第三次世界大戦ラグナロクの勃発だ。


 当然このような戦争、人類に益などあるはずもない。

 得をするのは人類を間引きたいサタンのみ。

 これだけは絶対に阻止する。


 ――儂の生命に代えても!


「ふむ、相変わらずお優しいことだ。蹴散らして終わらせるほうが早いのに」

「優しい優しくないの問題ではございません。この戦争はルガウにもソロネにも益がございません。それはグロリア側とて同じこと。きちんと話し合えば開戦は避けられるはずです」

「それは向こうが人間の国家だったらの話だろう。ヒエロからはすでに強い疑いがかけられているぞ」


 エリは冷たい眼差しでネウロイを見下ろしていう。



「グロリアがサタニズムに傾倒する人類の敵性国家であるとな」



 ネウロイは手のひらにじっとりと汗をかいた。


 グロリアがサタンに与している。


 それだけは決して悟られてはならぬ情報だ。

 開戦の絶対的な理由となる。

 知られた瞬間もはや誰にも止められなくなる。


 マド地方の占星術機関が情報を秘匿する最たる理由だが――それは正しい判断だ。


 大戦争不可避は当然として、戦後にもいわゆる『魔女狩り』が発生する可能性が高い。

 いや、この場合は邪竜狩りか。いずれにせよ人が人を疑うようになったらおしまいだ。人類は確実に衰退、もしくは破滅する。


「そのような戯れ言を本気で信じているのですか? 人類発祥の地ヴァーチェの首都がサタニズムなどというカルトに傾倒するはずもございません」


 よってネウロイもマドに倣う。

 争いの火種になりそうな情報は徹底的に隠蔽秘匿する。


「だが向こうは確かな情報筋だといっているぞ」

「その後『だからヴァーチェは遷都すべき』といっておられませんでしたか?」

「ああ、そういえばいってたなぁ」

「グロリアの改宗とヒエロの遷都はまったくの別問題にございます。そもそも『確かな情報筋』とやらはいったいどこですか? 本当に確かであれば陛下にハッキリと伝えられるはずです」

「う、むむ……いわれてみれば確かにそうだな」

「おおかた首都争いに負けた腹いせの嫌がらせでしょう。あまり真剣に受け取らないほうがよろしいかと」


 大国である以上ヒエロとて完全な正義の味方というわけではない。

 遷都への欲も当然あるし本当に確かな情報筋だとしても他国にはいえないこともある。よってそこを突く。


 ――この方便、果たして通じるか?


 通じるかどうかはヒエロとソロネの信頼関係次第。

 ネウロイは聖王の顔色を伺うが……。


「ぜんぜん気づかなかった! さすがはネウロイ殿! アドラが言った通りの知恵者であらせられるな!」


 ――クソちょろいわぁ。


 なんといういい笑顔か。こちらもアドラが言った通りの脳筋のようだ。

 聖王といえどしょせんは17歳の小娘。政治への興味関心もたいしてない。どれだけ強かろうが海千山千の謀士であるネウロイの敵ではない。


「うちのオズワルドの代わりに団長をやってもらいたいぐらいだ。あいつは頭が固くてかなわんからなぁ」

「おれじゃなくてアンタの代わりになってもらえよ。つうかおれも出兵については慎重になれっつったよなァ!!」


 聖王相手に敬語もなし。ちょっと見ないうちにオズワルドもずいぶんとやさぐれてきた。

 だがこればかりは責められない。ネウロイ的には少し同情してしまうぐらいだ。


「政務ほっぽりだしてバカンス三昧、ようやく連れ戻したと思ったら今度はやれ攻めろだのやれ潰せだの過激なことばっかり! 少しはこっちのいうことを聞けや!」

「おまえはいつもふわふわとした曖昧な提言しかしないからなぁ。私も狂戦士というわけではない。ネウロイ殿のようにしっかりとした根拠のある見解を示してくれればきちんと聞き入れて判断を下す。というわけで、エクスシアの見解についても是非ご教授願いたい」


 エリに話を振られてネウロイはごほんと咳をひとつ入れる。


「そもそもエクスシアはヴァーチェの事情をよく知りません。ソロネにしても表面上はともあれ本音ではヴァーチェの属国ぐらいにしか思われておりません。首都グロリアから要請があればとりあえず応じるのは当たり前です」

「なるほど言われてみればそうかもな」

「更にいわせてもらうとエクスシアは戦争なんてしたがりませんよ。前大戦で無傷だったこともありずいぶんと平和ボケしてますから。戦争はしたくないけどグロリアの機嫌を損ねたくないから玉虫色をしているだけです」

「タ……タマムシイロ……?」

「どうにでも解釈できる曖昧な態度のたとえです。何はともあれよほど追いつめなければエクスシアは参戦などいたしません。何しろ彼らには信念というものがありませんから」

「そんなものなのか? 我々騎士にはいささか理解し難い感覚だが……」

「こちらからも使者を送るといいでしょう。何ならそれがしが行っても構いません。開戦を回避する絶対の自信があります」

「おおそうか……ならお言葉に甘えてネウロイ殿に行ってもらうか、なあオズワルド」

「ダメに決まってんだろ」


 エクスシアよりこっちのほうが色々ヤバそうだ。

 翌日クーデターが起きてもまったく驚かない。


「聖王陛下、他国と戦ってはなりません。我らの敵は人類ではございません」


 交戦ムードが和らいだところを見計らってネウロイは話の核心を切り出した。


「偉大なる賢者よ、では我らの本当の敵は誰だ?」

「無論サタンでございます。人類の敵は今も昔も彼奴のみです」


 終始穏やかだったエリの顔が引き締まった。

 サタンを討つ宿命を背負った勇者としての本性が露わになる。


「まったくもってその通りだ。奴を討ちしはエリス万年の大望。その名を口にするということは何か策を授けていただけるということかな?」

「其ではございませぬ。秘策を持ちしは我が主ルーファスにございます」


 城内が一気にざわめいた。

 初代聖王ですら完璧には討ち取れなかったサタンを打倒する策を持っていると明言したのだ。動揺が起きるのも無理はない。


「にわかには信じがたい話だな。それはいったいどのような策か?」

「其も伺ってはおりませぬ。聖王に直接伝えたいとの申し出です」


 常に友好的だったエリはそこで初めて怪訝な顔つきをした。


 ――さあここからが本番だ。


 世界最強の勇者集団を相手に、非力な策謀家ディザスター・ネウロイの武器を取らぬ戦が始まった。

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