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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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最後の旅

 大型エレベーターの鉄の扉が開くと、そこにはパラダイスが広がっていた。

 小鳥が囁き草木が芽吹く。まばゆい太陽が世界を照らす。


 ルガウ島。

 魔王軍の活動拠点である地上の楽園。

 人と天使が破魔の契約を交わしたという伝説の残る彼の地は、幻想的な美しさを現代にまで残している。


「……美しいな」


 ルーファスは独りごちるようにいうと、地獄行きを拒んだ不死騎士たちを引き連れてイザーク城に向かう。


 久方ぶりにやってきた城下町は目を疑うほどに発展していた。

 路上はきちんと整備され乞食ひとりいない。薄汚い掘っ建て小屋が点在するのみだった住宅区は、今では長屋となって整然と並んでいる。行き交う人々の顔は生気に満ちており、様々な商売に精を出している。どうやら奴隷制度も撤廃されたようだ。


 ――まるでかつてのキョウエンのようだ。


 これを為した者の名は問いただすまでもない。


 キョウエンの礎を築いた賢者。

 魔界が誇る唯一無二の頭脳。

 魔王になるはずだった男。


 ――ようやく戻ってきたなネウロイ。


 希代の軍師にして魔界最高の政治家。

 長らく眠っていたその頭脳がついに目を覚ましたのだ。

 アドラという新たなきぼうを得て――


 ネウロイが生み出した活気溢れる町並みを見てルーファスは痛感する。


 今の自分は王の器ではないと。

 彼の上に立つ資格などないと。


 だから魔王の座を捨ててここにきた。

 ただのルーファスに戻ってここにきた。

 いや、まだ戻りきってはいない。

 サタンの呪縛を断ち切り一人前の男児となるのはこれからだ。


 俺も戻るさ――必ずな。



                   ※



 イザーク城まで足を運ぶと城内は案の定大騒ぎだった。城の外からでもその混乱ぶりが見て取れる。

 彼らは魔王城奪取を謀ったクーデター組なのだから当然だ。

 あんな気色の悪い城さっさと誰かにくれてやれば良かったと今では思うのだが。



「ルーファス様!」



 しばらくするとネウロイが部下を引き連れ大慌てで現れた。

 てっきり殺られる前に殺りに来るかと思ったが、意外なことに皆並んで臣下の礼を尽くす。


「本日は政務でお忙しい中視察にお越しいただきありがとうございます!」

「……別に畏まる必要はないぞ。おれはもうおまえたちの上に立つ者じゃない」

「な、何をおっしゃいますか! 儂の王はルーファス様をおいて他におりません! 決してまたクーデターを起こそうなどとは……っ!」


 どうやら言葉の意味を盛大に勘違いしているようだ。然もありなん。

 よって事実を端的に説明することにする。


「魔王ならさっき辞めてきた。今のおれはただのルーファスだ」


 ネウロイはきょとんとした顔で頭をあげる。


「またまたご冗談を……」

「冗談なんかじゃねえよ。アドラがヴァーチェくんだりからわざわざ魔界に来たから褒美にくれてやったんだ。だから今の魔王はアドラさ。城を失って寝る場所もねえから今晩泊めてくれよ」

「ああ……っ!」

「なあいいだろ兄貴。おれたち色々あったけれど、全部水に流してさ」


 まるで4000年前にタイムスリップしたかのようなルーファスの口調に、ネウロイは全身を戦慄かせる。


「まさか本当に……本当に、戻ってきたのか……!?」

「ああ、ずいぶん待たせちまったけど……ようやく戻ってこれたぜネウロイ。ほんのちょっとだけだけどな」


 ルーファスが拳を突き出すと、ネウロイは震える腕でそれに応じる。


「だからここですべてを取り戻し、そしてまた一から始めようぜ」


 それは血よりも愛よりも深い絆で結ばれた二人の親友ともの誓いの証。

 どんな逆境だろうと二人が揃えば無敵になれる。

 何者だろうと、たとえサタンにだろうと決して負けはしない。



「おれたちの『世界征服』を!!」



 拳が合わさると、二人の間にまばゆいばかりの黄金が生まれた。


 とっくの昔に失われていた。

 もう二度と目にすること叶わぬと思っていた。

 何物にも代え難い青春の輝きが今、再び――


「ネウロイ、さっそくで悪いが頼みがある」

「何なりと。ルーファスのサポートが儂の生き甲斐よ」


 若さを完全に取り戻したネウロイを見て、ルーファスは少し顔を綻ばせた。

 しかしすぐにいつもの精悍さを取り戻していう。


「聖王に連絡を取れるか?」

「どうした急に。まさか倒す気なのか?」

「冗談だろ。ただ協力を頼みたいだけだ」

「何の?」

「無論サタン討伐のだ」


 ルーファスの宣言にネウロイは軽く驚く。


「どうしてそんな急に……」

「詳しい話は二人きりの時にする。彼女は確かルガウに滞在していたはずだよな」

「確かにしていたが……あまりの長期滞在に聖騎士団のオズワルド殿がブチキレて、先月連れ戻されたばかりだぞ」


 シオンの子孫め、余計な真似を。だが当たり前の話か。


「ただ聖王はこの地をサタン討伐の拠点とする気でいるから、事前に旅の泉を設置してある。交渉次第ではすぐに会えるはずだ」

「なるほど。どうやら想いは同じというわけか。だったら話は早いな」

「薄々予想はしていたが……そうか、もうお伽噺では済まされない状況なんだな」

「とっくの昔にそうだったのさ。ただのお伽噺ということにして見て見ぬフリをしていただけだ。敵のあまりの強大さに絶望してな」


 もう目は背けない。

 ただまっすぐに見据える。

 本当に討つべき敵を。本当の悪を。


「おれはここでサタンと雌雄を決する気でいる。こんなことを頼んでおいて何だが、巻き込んでしまってすまない」

「何を水臭いことを。もともと儂もアドラもサタンは討つ気でいたんだ。少しだけ予定が早くなっただけよ」

「そうか。ならばもう躊躇うまい」


 ルーファスは頷くと、ネウロイに促されて入城する。


「おれたち二人で、奴に人類に恐ろしさを見せつけてやるとするか」


 取り戻した黄金の青春。

 老いてなお燃え盛る情熱の炎。

 沈んだはずの笹舟は浮かび上がり、再び大海原へと繰り出した。


 激しい怒りと狂わんばかりの憎しみ。

 大きな勇気とわずかな希望。

 そして何より溢れんばかりの友情を乗せて。



 ルーファス・カタストロフ、最後の旅。



 その行く末を知る者は、ただひとり――

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