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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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家族

 ルキフゲ・カタストロフは魔王ルーファスとフォロカレ王朝の第二王女サフィアとの間に生まれた一人娘だった。


 政略結婚ではあったが夫婦の仲は良好で、ルキフゲはたくさんの愛情を注がれて強く美しく成長していった。

 父母はルキフゲの誇りであり、ルキフゲのすべてだった。いつか立派な騎士となり母を護り父の覇道のために尽くすことが彼女の夢だった。



 だが彼女の夢と幸福は、ある日突然、あまりにあっけなく崩れ去った。



 ルキフゲが日課の稽古を終えて部屋に戻るとサフィアが待っていた。

 聡明で見目麗しい母だったが、その日はまるで幽鬼にでもとり憑かれているかのように鬼気迫る表情をしていた。その手には果物ナイフを握っている。

 そしてルキフゲを見るなり気でも触れたかのように襲いかかってきたのだ。


「何をなされるのですか母上!」


 王朝からの献上物にすぎないサフィアは、ルーファスの血を色濃く受け継ぎ騎士として厳しい修練を積んだルキフゲの敵ではなかった。すぐにナイフを奪われ簡単に組み伏せられる。

 しかしそれでもサフィアは激しく抵抗し、ルキフゲに今まで一度も向けられたことのない憎悪を向けてくる。


「お気を確かに! いったいどうしたというのですか母上!」

「ルーファスはサタンの眷属だった!」


 ルキフゲは眉をひそめた。

 サタンとはおとぎ話に出てくる人類悪。

 それが父といったい何の関係があるというのか。


「悪を絶対に生かしておくわけにはいかない! 奴はもちろん、おぞましき悪の血を受け継ぐあなたも!」

「は、母上……? あなたはいったい何を――」

「魔界の――いいえ人類の未来のために、あなたたちを必ず殺す!!」


 ――母上は狂ってしまわれた。


 結局ルキフゲはそれ以上、何もできずにサフィアを解放した。

 サフィアは彼女を口汚く罵りながら単身自らの国へと逃げ帰っていった。


 愛する母の豹変にルキフゲが受けたショックは計り知れないものがあった。

 だが悲劇はそれだけでは終わらなかった。



 母が帰国して幾ばくもしない内に、ルーファスが「叛意あり」としてフォロカレ王朝へと攻め込んだのだ。



 強大な魔導兵器の力によりフォロカレ王朝は瞬く間に滅ぼされた。

 それだけならまだしもまったく無関係のルキフゲまで裏切り者の血縁という烙印を押され、王位継承権を剥奪され魔王城を追放されたのだ。


 ――わけがわからない。


 母の豹変もそうだが父の行動も過激がすぎる。

 世間では血も涙もない鬼畜生と呼ばれていたが、真実はそうではないことをルキフゲは知っていた。知っていたつもりだった。これでは世間の評判通りの狂王ではないか。


 私は――何も知らない。


 その後ルキフゲは自らの痕跡をすべて消し去り、真実を識るための旅に出た。


 滅ぼされた王朝に遺された母親の手記。

 伝説の大呪術師シオンの予言書。

 シュメイトクに残る伝説。

 スラムに追いやられた王族たちやマド地方に在住する有識者たちとの対談。

 サタンの智慧を盗んで逃亡したという元教皇との邂逅。


 長い年月をかけて世界中を回ったルキフゲは一つの結論を出した。



 ――母上は正しかったのだ!



 こうしてルキフゲはルーファスの敵となった。

 抵抗を続ける反乱軍を裏でサポートし、滅ぼされた王家の再興のために心血を注ぐこととなる。


 母の敵を討つために。

 魔界を在るべき姿に戻すために。

 世界に真の平和をもたらすために。



「……だが無念だ。我が微力ではやはり魔王には届かず」



 もともと勝ち目の薄い戦だったが、旗頭になるはずだったアドラを懐柔され、反乱軍の力が削がれた時点で勝敗は決した。

 せめて一矢をと思い魔王暗殺を謀ったがそれもこうして失敗に終わる。

 剣の腕前にこそ自信があったものの為政者としての実力の差は如何ともし難かった。


「だが覚えておけルーファス。たとえここで私が倒れようともすぐに新たな勇者が立ち上がり貴様を討つ! 邪悪は必ず滅び去るのだ! いいか必ずだ!」

「いい加減にしろルキフゲ」


 ルキフゲの負け惜しみに反応したのはルーファスではなくガラハッドだった。

 拘束されてなお抵抗を続ける彼女をたしなめる。


「ルーファス様は決して悪などではない。口を慎め」

「サタンの傀儡の下僕風情が! 口を慎むのは貴様のほうだ!」

「いい加減、復讐に囚われて生きるのはやめろ。おまえがルーファス様を殺してもサフィア様は決して喜びはしない」

「復讐? そのような個人的な感傷のために私は動いてなどいない! すべては魔界のため世界のためだ! あの日、母がそうしたようにな!」

「……」

「フォロカレ王朝もまた王家の責務を果たすべく果敢に悪に立ち向かい、誇り高き最期を受け入れた! ならば私もそうするまでよ!」

「……夢見る少女はそろそろ卒業しろ。この世は単純な白と黒で彩られてはいない」


 そういってガラハッドは黒兜を脱ぎ捨てる。

 最強の不死騎士の素顔は銀髪の青年だった。

 その顔を見たルキフゲは驚愕で目を見開く。


「兄上!?」


 第一王女ダリアの実子ブレイズ・フォロカレ。

 その血筋と強大な魔力から次期フォロカレ王と目され、腹違いではあるが兄と呼び慕っていた男のなれの果てだった。


「ルーファス! 貴様は我が兄の亡骸まで己が覇道に利用するか!」

「それは違う。俺は自我を縛られてなどいない。ただの操り人形であればルーファス様の命令を無視して魔王城に潜伏し、おまえの太刀筋を見切り肩で受けきるなど不可能だと理解できるはずだ」

「だったらなぜ!?」

「すべては恩義に報いるため。国と共に滅びるしかなかった俺はルーファス様のご慈悲により不死人として第二の生を授かったのだ」

「騎士の風上にも置けん屑めが、保身のために悪の手先に成り下がったか! 貴様のことはもう兄だとは思わぬ!」

「俺のことは何とでも言うがいい。だがルーファス様を無辱することは許さん。あの御方は自らの出来る範囲で我らを救おうとしておられるのだ」


 嘲る妹にかつてブレイズと呼ばれた不死騎士は諭すように続ける。


「魔界はおまえが考えている以上にサタンの支配下にある。ルーファス様が滅ぼさずとも王家はいずれ滅びたのだ。魔界全人類を盛大に巻き込んでな。そうなる前にあの御方は出兵し被害を最小限に抑え続けた。結果、俺を含め多くの者が救われた。キョウエンの繁栄を見ればそれがわかるだろう? 我々はあの御方に感謝しなければいけないのだよ」

「だから何だ? 仮にそうだとしても、そんなことはサタンに与する理由には一切ならない。たとえ滅びようとも最期の瞬間まで悪と闘うのが王家に生まれた者の誇り! 今は亡き母上のようになァ!」

「……これ以上、俺の口から何を言っても無駄だな」


 ガラハッドは兜を被り直すとアーサーに手招きする。


「やはり私の口より語らねばなりませんか」


 アーサーはルキフゲの拘束をランスロットに任せて彼女の前に立つ。


「正直、あなたにかける言葉などありはしないのですが……」


 兜を脱ぎ捨てた素顔を晒したアーサーを見たルキフゲは、ブレイズの時以上の衝撃で言葉を失った。


「私もまた、ルーファス様に牙を剥き、その御慈悲により生かされている立場であれば」


 兜の内からこぼれ落ちる白銀の長髪。

 アーサーの正体はルキフゲの母、サフィアだった。


「……母上、なぜ……ッ! あなたはあの日、すべての悪を滅ぼすべく私を!!」

「ごめんなさいルキフゲ。あの日の私はどうかしていました。あの御方の言い分も聞かずに、無関係なあなたにまで……正直、自分でも何故あのような凶行に及んだのかよくわからないのです」

「そんな! そんな馬鹿な! だってあの日あなたは確かにっ!!」

「私があなたに説教する資格などないのですが……もし私のためにルーファス様を殺そうとしているのであれば、どうか思いとどまってください」


 そういってサフィアは深々と頭を下げた。


「私は……貴女の意志を継ぎ、すべてを悪を滅ぼそうと……っ! だったら! だったら私は何のために今まで……っ!!」


 ルキフゲは激しく狼狽えた。

 今まで戦い続けてきた日々のすべてが否定された瞬間だった。

 そんな彼女の心に何者かが囁きかける。


『迷う必要なんてないさぁ。悪はすべて根絶やしにする。それがキミの信念だろぉ』


 ――だが、母上はルーファスの事を悪ではないという。


『ただ洗脳されているだけさ。不死人なんてしょせん死霊術師の操り人形だ』


 ――しかし、兄上は自我を縛られていないという。


『洗脳されてる奴が洗脳されてますなんて馬鹿正直に言うわけないだろぉ。ルーファスにとって都合のいい台詞を言わされてるだけだって。キミは何度あいつに騙されれば気が済むんだい?』


 ――……そうだろうか?


『そうに決まってる。キミの愛する家族はすでに死んだんだ。今目の前にいるアレはただの死体だよ。家族を殺しその死体を辱めるルーファスを決して赦すな! 今こそ正義を執行する瞬間ときだ!』


 ――ッ! その通りだ!!


「貴様らはすでに魂なき死人! 悪鬼ルーファスの狗に成り下がった哀れな家族にせめて安らかな眠りを!」


 ルキフゲの魔力が爆発的に膨れ上がる。

 己の生命を利用した魔術爆弾によりルーファスたちを道連れにしようとしたのだ。

 しかしその兆候をいち早く察したランスロットがルキフゲの頭部を殴打して気絶させる。


「母上!?」

「今はランスロットだガラハッドよ。どうやら彼女は何かに憑かれているようだ」


 ルーファスは倒れ伏すルキフゲの前に立つと、腹の底から絞り出すように声を出す。


「サフィアが乱心した時からよもやと思っていたが……まさか貴様の仕業なのか?」

『貴様って誰だよ。ちゃんと名前で呼ばないとただの知ったかだよォ』

「妻子の謀叛も、長期に渡る反乱軍の抵抗も、すべて貴様が仕組んだ事なのかと訊いている――サタン!」

『そーですけどぉ。それがナニかぁ?』


 長きに渡りルキフゲに憑いていたサタンの分霊はあっさりその事実を認めた。


「……わけがわからない。貴様は我に世界を穫らせる気でいたのではないのか。何故斯様な邪魔だてを?」

『そりゃキミの方のボクがやってる遊戯ことでこっちのボクとは無関係さ。まーでもキミが幸せそうにしてるのは不都合だとか何とかいってた気はするかな。覇道を歩む者は孤独じゃないといけないっていうのはその通りだとボクも思うよ』


 サタン曰く分霊同士で魔王軍VS反乱軍のゲームをしていたらしい。

 勝負を少しでも公平にするために身内を裏切らせてみたとのことだ。


「……そんなくだらない理由で、我はともかく妻子の人生まで破滅させたのか?」

『くだらなくはないよ。少なくともボクは真剣だったさ。反乱軍のあの絶望的な状況からサフィアとルキフゲを使ってマジで魔王軍に勝つつもりだった。さすがに無理ゲーだったけどね。人の持つ正義やら勇気やらが起こすファンタジックな奇跡に期待してたんだけど所詮この程度かぁ……ガッカリ』

「キサマぁッ!」

『怒んない怒んない。負けたら彼女とは縁を切って大人しく黄泉に帰るという約束だから。これ以上は何もしないから安心して地上侵略を進めてちょーだいねぇ』


 最後にそう言い残してサタンの気配は消えた。

 どうやら本当に黄泉に帰ったようだ。


「……おまえたち」


 ルーファスは倒れたルキフゲを抱き抱えると敬礼する不死騎士たちに声をかける。


「今まで我慢に我慢を重ねてきた我も、さすがにとうとう」


 彼の形相はすでに人のそれではなかった。




「堪忍袋の緒が切れたわァ!!!!」




 悪鬼羅刹と化したルーファスの怒号が魔王城を震撼させる。

 怒髪天突くとはまさにこのこと。最早一刻の我慢もできぬ。



 ――考えうる限り最も残虐かつ凄惨な方法でサタンを殺す!!

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