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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第5章 選神戦争 Ragnarok Transcendence
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虚無

 暗雲立ちこめ雷鳴響く偽りの魔王城。

 その回廊にて魔王ルーファス暗殺者ルキフゲは対峙する。


「残念だが、この程度の傷では我は死ねん」


 貫かれた腹はすでに修復されて傷ひとつなかった。

 死肉を操る者は自らの身体の損傷も自在にコントロールできる。

 サタンの眷属たる証だ。


「邪竜の手先よ。その邪なる力と引き替えに、いったいどれほどの魔族の血を啜ってきたというのか」


 ルキフゲは動じることなく再び虚空より不可視の剣を生み出す。


「魔界の癌細胞よ。今ここで贖うがいい。貴様の生命を以てして!」


 ――贖う、か。


 ルーファスは笑った。

 笑うしかなかった。


 ぐうの音も出ないほどの正論。

 反論するのもバカバカしい。

 今更何を言っても言い訳だ。


 そしてもう誰かに言い訳をするつもりはない。


「かかってこいルキフゲ。貴様が我の死神だというのなら刑を執行してみせよ」


 ルーファスもまた鞘から剣を抜いた。

 かつてシュメイトクより献上されたヤポンの呪刀。

 多くの血を吸い禍々しい成長を果たしている。


「己が罪を認めるのか?」

「認めよう。我もまた滅ぶべき人類悪。だがただでは死なんぞ!」


 分厚い黒雲から雷電が落ちた。

 それを合図にルーファスとルキフゲは同時に踏み込み激しく斬り結ぶ。


「我は我のやりたいようにやる! 邪魔する者はすべて斬って捨てる!」

「傲慢なる傀儡の王よ! 罪を認めたのであれば神妙に裁きを受けよ!」


 鍔迫り合いはルキフゲが不利。

 捨て台詞を吐いてからいったん後ろへと下がる。


「それで我が手から逃れたつもりか?」


 少し距離を取った程度ではルーファスの『手』からは逃れられない。

《神の見えざる手》 が不可視の刃と化しルキフゲへの頭上より雨霰と降り注ぐ。


「ちぃっ!」


 ルキフゲは舌打ちしながらも身を翻し、その華麗なる体捌きで刃の群れを紙一重で回避してみせた。

 その様を見たルーファスは感心して頷く。


「お見事。やはり我が不可視の魔力が見えているのか」

「……おかげさまでね」

「不満げだな。まあそうだろうよ。我が貴様の立場でも不愉快だ。殺しに来たのも頷ける。だがそれでもあえていわせてもらう」


 ルーファス片眉を大きくつり上げて、怒っているようにも笑っているようにも見える表情で呟いた。



「さすがは我が愛娘だ」



 稲光が瞬いた。

 まばゆい光が薄暗い回廊に立つ二人を照らす。

 だがそれは刹那の邂逅。

 まばたきすれば薄闇が再び親子を包み込む。


「……私は、すでに貴様を父だとは思っていないのですが」


 ルキフゲの姿が変わっていく。

 漆黒のショートは白銀のロングヘアーに。

 浅黒い皮膚は白く透き通った美肌に。

 黒の執事服は見目麗しい純白のワンピースへと。

 自らに施した光の魔術を解き本来の姿へと戻ったのだ。



「今だけはあえて呼ばせてもらいます――父上と」



 変身魔術を解き、浮いた魔力を使い、ルキフゲもまた不可視の刃を幾重にも虚空に発生させる。


「穢れた血を再確認し、自らの手で清めるために」


 固有魔力はルーファスと同じく 《神の見えざる手》 。

 それは忌み嫌い封印したはずの力を使ってでも父を殺すという決意表明だった。


「次の瞬間が貴様の最期になる。何かいい遺すことはないか父上よ」

「ない。語る言の葉はすべて尽きた」


 ルーファスは抑揚のない口調で即答した。


「サタンの傀儡として王族を滅ぼし魔界を牛耳ったことへの懺悔は?」

「……」

「真実を知って逃げた母を国ごと滅ぼしたことへの悔恨は?」

「……」

「私を捨てたことへの後悔の念は?」

「……」

「口を開け! 私に何か言うべきことがあるだろうがァッ!!」


 しかしそれでもルーファスは眉に皺を寄せ静かに首を振る。


「話すことなど何もない。今の我にはもう何もない。いや何もないのは最初からか」

「……」

「それは反乱軍を失った貴様とて同じではないのか?」

「ええそうですね。そうですとも。私としたことが何を女々しいことを」


 ルキフゲは剣を構えると羅刹の形相でルーファスに襲いかかった。



「どれほど言葉を尽くそうが貴様の罪を贖うのは死以外にないわッ!!」



 ルーファスはルキフゲの突進に合わせて不可視の刃を展開する。

 しかし放たれた刃は同じくルキフゲの 《神の見えざる手》 によって相殺される。

 能力が同じである以上、勝負は両者の純粋なる剣の技量によって決まる。


「フン!」


 ルーファスが剛力を以て刀を横に薙ぐ。

 ルキフゲはそれを脅威の柔軟性で仰け反ってかわす。更にそこから上体を捻ってルーファスの足を剣で狙う。

 その一撃を素早く足を引いてかわすが、急激な回避行動のため体勢が若干崩れる。


「私のほうが強い!」


 確信と共にルキフゲは剣を振り上げた。

 この一撃はかわしきれなかった。ルーファスの眉間が割れて鮮血が吹き出す。


「くぅッ!」


 よろめきつつも刀を振るうが、苦し紛れの攻撃はルキフゲには当たらない。

 それどころか刀を握っていた腕のけんを斬られてしまった。


「魔王とやらは頭をカチ割られても果たして生きていられるのかなぁ!?」


 ルキフゲが剣を大きく振りかぶった。

 必殺の一撃だ。今のルーファスの状態ではかわしきれない。


 ――……まあ良い。


 ルーファスはすでに己の死を受け入れていた。

 自らの手でサタンに一矢報いれぬのは残念だが、娘の手にかかって死ぬのであればそう悪くもない死に様だろう。


 下手に抵抗するのも見苦しい。

 今やそこまで生に執着もしていない。

 観念して瞳を閉じる。


 無情に振り下ろされたルキフゲの剣。

 だがそれがルーファスの頭蓋骨を粉々に粉砕することはなかった。


「……なぜ貴様がここにいる?」


 ルキフゲが、呪詛を吐くかのようにいった。


「愚問。ルーファス様を御守りするのが我らの使命だからだ」


 彼女の放った一撃は、二人の間に割り込んだガラハッドの重厚な鎧によって受け止められていた。


「なるほど、暇を出したというのは嘘でしたか!」


 ガラハッドに剣を奪われたルキフゲは再び飛び退く。

 しかしいつの間にか背後にいた三名の不死騎士によって捕らえられてしまう。


「すっかり騙されました。こんな簡単な罠に嵌まるとは我ながら情けない話です」


 騙してなどいない。

 ルーファスは確かに不死騎士たちに暇を出した。

 アーサー以外は城から出奔したことをきちんと確認している。

 魔王城にいるなどありえないはずなのだ。


「アーサー、ガウェイン、ランスロット……そしてガラハッドよ、なぜ貴様らがここにいる?」

「主上を謀ったことお許しください。ですが我らはルーファス様の剣にして盾。ルーファス様と共に生きルーファス様のために死ぬことが最高の誉れなのです」


 頭を垂れるガラハッドにルーファスは苦笑した。


 さっきは何もないなどとうそぶいたが……あれはとんだ大嘘だった。

 自分にはまだこれほどまでに慕ってくれる忠節の士たちが残っているではないか。


「……感無量だ」


 ――今まで生きてきた時間は虚無うそではなかった。


 ならばまだ死ねない。

 為すべき事を為すまでは。

 サタンの息の根を止めるまでは。

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