誇るべき仕事
楽しい時間が過ぎるのは早いもので、アドラたちの地獄への滞在期間はあっという間に満期を迎えていた。
閻魔殿の前でアドラは両親に最後の別れを告げる。
「いつでも来てくれていいのよ。何ならずっと居てくれてもいいのよ」
「ダメだよイザベル。生者はここに長居しちゃいけない」
泣きながら別れを惜しむイザベルをトマルが慰める。
地獄は本来死者のみが立ち入ることを赦される場所。シャーマン以外の生者が長居をすれば死に魅入られる。
だがトマルがアドラの長期滞在を拒むのはむしろ逆の理由からだった。
下手すれば地獄自体がアドラという死の化身に屈服しかねない。
「アドラには現世で自由に生きてもらう。それが僕らの約束だっただろ?」
「……わかっています。地上へは私の転送魔法で送ります」
イザベルは涙を拭きながら魔法陣を組み始める。
その姿を見ているとアドラは胸が張り裂けそうになる。
「父さん母さん……ごめん。二人とも魔界のためにこんなにもがんばってるのに、おれだけこんな呑気に生きちゃって。おれにもシャーマンの才能があれば……」
「謝るなアドラ。謝らなくてはならないのは僕のほうなのだから」
トマルは深く深く頭を下げた。
何も知らないアドラが恐縮してしまうぐらいに。
「僕らはおまえにとてつもなく過酷な運命を与えてしまった。それはきっと僕の人生なんて比較にならないほどに辛く、苦しい、破滅の運命だ」
「父さん、ちょっといってることの意味が……」
「わからないほうがいい。でもいずれ嫌でも知る時が来る。だけど……頼むアドラ、その時世界を怨むのだけはやめてくれ。怨むならせめて僕だけにしておくれ」
「何かよくわからないけど、おれは世界を怨んだりなんてしないよ。父さんと母さんがいるから怨まない」
その言葉を聞いて安心したトマルは頭を上げて手を差し出す。
「シャーマンとしてではなく父として。愛する我が子に多幸あれ」
アドラは父の手を優しく握った。
確かに今は仕事が大変で息つく暇もないけれど、こうして両親に愛されているだけでアドラはすでに充分すぎるほど幸せだった。
地上に戻ったアドラはさっそくホームシックで泣いていた。
愛する母と尊敬する父。もっともっとお話がしたかった。
でもだからといって地獄に留まるという選択はない。
四天王としての仕事があるのはもちろんだが、何の娯楽もない殺風景な地獄で生活したいかと問われれば答えはNOだったからだ。
両親にはもうしわけなく思いつつもアドラは今時の若者だった。
なので両親のほうが魔界に戻ってきてくれればいいのにと常々願っているのだがそれはどだい無理な話。
イザベルは閻魔として未来永劫サタンを監視する使命がある。
トマルは派遣という名目だが厄介払いも同然。
恐らくどちらも地獄が永久の住処だろう。
両親に過酷な運命を強いるサタンやメノス家を怨む気持ちがないわけではないが、それでも両親はすべてを受け入れ仲むつまじくやっているし、住めば都ということわざもある。
案外今の自分より幸福な人生を送っているのかもしれない。
「……仕事、もっとがんばらなきゃなぁ」
トマルもイザベルも人生に後悔はないという。
今の仕事が誇りだと胸を張っていう。
いえないのは自分だけだ。
今のままでは自分も胸を張って生きられない。
それは二人の息子として恥ずべきことだ。
両親の手伝いが出来ないのであれば、せめて両親が誇れる息子でありたい。
アドラは顔を叩いて気合いを入れると気分も新たにキョウエンへと帰還した。
※
城下町を馬車で移動中、どうにも市民の様子がおかしいことに気づく。
何事かと思い耳を澄ませて会話を盗み聞く。
「どうも魔王城が何者かに占拠されたらしいね」
「噂では幹部のクーデターらしいよ」
「これから私たちどうなるのかしらねぇ」
それに対するアドラの感想は、
「ふーん」
だった。
信じていないというより、嘘でも真実でもどうでもいい情報だった。
魔王城などむしろ潰れてくれたほうがありがたいかもしれない。
しかしさすがに向こうはそういうわけにはいかないようだ。
半強制的に持たされていたアドラの携帯に緊急連絡が入る。
『アドラさぁぁん! 不覚にもネウロイにやられちゃいましたですデスぅぅ!』
着信はサーニャからだった。
珍しく言葉にせっぱ詰まった響きがある。
聞けば死人兵のコントロールを奪われ司令部を占拠されてしまったとのことだ。
「はぁ……そうですか。ではがんばってください」
アドラは気のない返事をした。
どう考えても自業自得。心情的にはネウロイの肩を持ちたいぐらいだ。
このままクーデターが無事成功して山のようにある仕事を全部チャラにしてくれないだろうかと期待するが、そうは問屋が卸さない。
『アタシがどうにかしたいのはヤマヤマなんですが、ルーファス様がアドラさんにやらせろっていうんデスですよォ』
アドラは今すぐ通信を切りたい衝動に駆られるがすんでのところでこらえる。
『というわけで帰国早々さっそくお仕事でーす。魔王様に忠誠を誓った部下として誠心誠意がんばってくださいデスですぅ』
明るく告げられ通話が切れた。
アドラは携帯を内ポケットに仕舞うと大きなため息をつく。
「仕事かぁ……。まぁ……仕事は仕事なんだけどさ……」
両親の恥にならぬよう誇りを持って働こうとは思っていた。
しかしいくら下積み感覚でやっている事とはいえ、今の仕事に誇りを持てというのはさすがに無理な相談だった。