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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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邪なる女神を討て!

                大山鳴動し窮鼠往生す。

                大地震撼し荒野裂ける。

                大気凍てつき雷鳴轟く。



                  月星神ネメシス顕現。



 現実と神話の境界が曖昧になる。

 歯車の狂った世界が立ち入る者すべての正気を奪う。

 しかしガイアスは笑みを絶やさない。

 虚勢ではなく、至上の喜びをもってそれを迎え入れる。


「ようやく魂が震えてきたぜ。あんたが正直になってくれたところで……ケンカ続きといこうや!」


 あるいはすでに狂人か。

 狂わずして至れる領域ではない。


『愚かな。ここから先の行為は戦闘ではありません』


 しかしネメシスは取り合わない。

 淡々と審判の結果を告げるのみ。


『これは裁きです。神に叛いた咎にてあなたを処刑します』


 漆黒の火花が咲いては散る。

 その業の深さはアドラの比ではない。

 それもそのはず。今までアドラのモノだと思われていた悪意ソレは彼女が貸し出していたものにすぎないのだから。


 正真正銘の 《抹殺の悪威》 が、ガイアスに迫り来る。


眷属あなたの進化は私の望むもの。私の正しさの証明となる。ですがこれ以上の邪魔は許容できない』

「邪魔ねぇ……そもそもあんたさ、アドラを操っていったい何がやりたいわけ? 教えてくれなきゃこっちだって対応に困るわ」


 素朴な疑問だった。

 ネメシスは冥土の土産にと邪険にすることなく答える。


『私はただ不滅の存在になりたいだけ。死を超越した神として永遠を生きる。それがあの御方を越える唯一の道だから』

「あの御方って誰だよ。まあ、あんたが敬称をつける奴なんてラース以外いねえか。主神を見返すために息子を利用しようってのか」

『アドラもまた私と共に永遠を生きる。それがあの子の幸福にもなる』

「オーケーわかった。俺だってまるきり無知ってわけじゃない。今の話で事情はだいたい把握した。話まとめていいか?」


 ガイアスは両手を前に出して女神の話を遮った。


「大昔の大ゲンカであんたのマイホームが焼けちまった。今度は燃えないような家をってことで息子たちを使って豪邸を建てさせた。そこに転がり込んで『どうだすごい家だろう』とかつての上司に自慢したいわけだ」

『幼稚で低俗な物言いを……』

「否定しないってことは事実ってことだな。じゃあ俺の意見をいわせてもらうぜ」


 そして笑顔で中指を立てて、



「邪魔なのはてめえのほうなんだよボケ! 勝手に転がり込んできて家主面して、息子が迷惑してるってわかんねえのか!? ババアはさっさと老人ホームに帰んな!!」



 神に対してこれ以上ないほど無礼にケンカを売った。


『畏れを知らぬ者よ。その不敬、死後も黄泉にて償ってもらう』

「ビビるのはそっちだぜ。カミだかカメだか知らねえが何万年単位でのそのそやってるあんたに人の歩みの早さを教えてやる!」


 ガイアスは兎のように跳躍した。

 空中で勢いをつけて何度も回転しながら吸収した 《抹殺の悪威》 を乗せた拳をネメシスに叩きつける。


「どうだい。ちったぁ目が覚めたか?」


 アドラの顔面を殴打してから地面に円を描きつつ着地する。

 そして一瞬、間を置いて、激痛と共に気付くのだ。


 殴った右拳が腕ごと綺麗さっぱりなくなっている事実に。


『真の 《抹殺の悪威》 の前にはすべてが無意味』


 ガイアスはすぐさま回復魔術で傷口を止血する。

 失った腕は戻らないが仔細ない。


『漆黒の海に呑まれて消える』


 恥知らずなDVババアをぶん殴るのに、腕は一本あれば事足りる。


「すべてが無意味だぁ? いっぺん負けてるクセにでけぇ口叩くなよ」

『私に通じるのはラースの神力のみ。神器すら持たぬあなたには何も出来ない』

「へぇ、そんなモンでいいのか。だったら楽勝だな」


 ガイアスのその言葉にネメシスは初めて感情らしい感情を見せた。

 紅の瞳がゆらゆらと上下に揺れる。


 ――嘲笑わらっているのだ。


『私のおこぼれにすがってどうにかここまで来れた子犬風情が……勘違いも甚だしい』

「勘違いだと思うかい。まあ百聞は一見にしかずだ」


 そしてガイアスは構える。

 片腕だけだがその構えは両腕の時よりも泰然自若。

 光を増す眼には絶対の自信が見て取れた。


「俺が思うにな、すべては一本の線なんだよ」


 ガイアスの言葉をネメシスは嘲笑いながら聞く。

 道化の戯言は滑稽だと相場が決まっている。


「ラースがあんたを生んであんたが俺たちを生んだ。親が使えるものを子や孫が使えないという道理はない。あんたの 《抹殺の悪威》 だって森羅万象の抹消を理とした、聖杯の神気の亜種みたいなもんだろう?」

『親は子に自らを害する術など与えぬ。私の生みだした 《抹殺の悪威》 も結局あの御方に及ぶことはなかった』

「そりゃ単にあんたの努力不足だろうに」

『子犬ごときに私の何がわかる!』


 紅瞳が怒りに震えた。


「わかるさ。その下品に垂れ流し続けている魔力を見ればな。強いは強いが何の洗練もされてねぇ。ただの暴力だ。哀れなほどにな」


 ガイアスの声は穏やかだったが、的確にネメシスの急所を突いていた。

 瞳の震動がますます激しくなる。

 それに恐怖するかのように、魔界そのものも。


「自らの力を絶対視するくせに及ばなければすぐに諦める。そして息子に過剰な期待を寄せて支配する。あんたの性根、腐りきってるぜ。控えめにいってもな……」

『ならば貴様は神気に至れるとでもいうのか! その取るに足りないちっぽけな魔力で!!』

「いいや、そいつは間違いだ。一本の線といったが、俺は神気に拘る気はねえよ」

『そうであろう! できるわけがない! ならば――』

「俺があんたに見せてぇのは『その先』だからな」


 巨眼の瞳孔が大きく開いた。


「何驚いてんだ。何度もいうが誰かの猿マネなんて芸がなさすぎだろ。未知を開拓して初めて進歩といえる。そうでなければ魔道を追求する意味なんてねぇしな」


 瞳の震動が止まり、代わりに大気がいっそう強く震えた。

 それは会話の時間は終了おわったという合図だった。



『やれるものならやってみるがいい!!』



 大いなる闇がガイアスを包み込まんと襲いかかる。

 今まで積みあげてきたすべての研鑽――その真価が問われる瞬間が、今ここに。

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