魔都キョウエン
初めて訪れた魔都――城塞都市キョウエン――は門構えからして壮観だった。
天才建築家ルルロラ・レレロラの最高傑作と目されるキョウエンは、上空から見ると八翼のドラゴンに守護されている。
現在アドラがいるのはそのドラゴンの中の一翼。
一番の巨躯であり都の正門に値する。通称ファフニールヘッド。
竜頭を模した門はガラス細工の双眸でルーファスの姿を認めると、その顎を大きく開けた。
アドラを乗せた馬車は飲み込まれるように入都する。
口の中は長いトンネルとなっていた。
敵の大軍を一気に侵攻させないための工夫だ。
煌々と灯る魔灯のおかげで視界は良好。殺風景にならないよう様々なウォールペインティングが施してある。
おかげで道中アドラは終始退屈せずに過ごせた。
「芸術性と実用性の両立。さすがはルルロラさん」
天才建築家の称号は伊達じゃない。
無理をいって自宅を建築してもらったアドラも鼻が高い。
もっともその家はすでに灰塵に帰しているのだが。
「嫌なことを思い出してしまった……」
何はともあれ、いつかは自分も魔界にその名の轟くデザイナーになろうとアドラは決意を新たにする。
アドラを乗せた馬車はドラゴンの首を抜け無事入都した。
キョウエンの城下町は活気に溢れていた。
城まで続く長い大通りに大小様々な店がずらりと並び商人たちが忙しく行き交う。
雑誌で見た通りの景観。だがそれでも実物を見ると感動してしまう。
魔界の経済はこの都市を中心に回っている。世界を動かす圧倒的な熱量をその肌で直接感じたからだ。
市民はアドラの乗った馬車を見ると歓喜の声をあげた。
正確には馬車の前を往くルーファスの姿を認識したからだ。
「魔王万歳!」
拳を振り上げての大合唱。
キョウエンにおけるルーファスの支持は圧倒的だ。
それもそのはず、バラバラだった魔界をその豪腕で、たった一代にして今や統一目前という希代の大英傑なのだから。
ルーファスの偉業のおかげで魔界から争い事はずいぶんと減った。
辺境とはいえアドラが少し前まで安穏と生活できていたのは彼の恩恵が少なからずあるだろう。
とはいえ――
「着いたぞ」
晴れやかな青空が突然どんよりと曇った。
暗雲から稲妻が走りアドラは思わず目を瞑る。
ゆっくりと目を開けると、アドラの眼前に九翼めの竜が顕現した。
六枚の翅を大きく開き、今まさにはばたかんとする三つ首の黒竜。
その禍々しさにアドラは言葉を失う。
魔王城――サタン・ドラゴニック・パレス――キョウエンの心臓。
八翼の竜はこの黒竜を守護するために存在する。
「ようこそ我が根城へ。歓迎しよう」
ルーファスが背筋が凍るような鬼の笑みを浮かべる。
希代の大英傑。
されどこの城の如く黒き噂の絶えぬ邪悪なる魔王。
アドラの不安が拭われることはない。