魔界頂上決戦①
審判の魔陽が昇った。
アドラを先頭に地上侵略軍の先遣部隊が黄泉比良坂に向かって進軍する。
――目的地は目と鼻の先。たどり着くのにそう時間はかからない。
そう思っていたアドラの眼前に立ち塞がる人影が二つあった。
「ガイアスさん!」
人影はガイアスとその妻であるルインだった。
ガイアスは荒野の突風にその身をゆだね、アドラをまるで観察でもしているかのようにじっと見つめ続けていた。
ルインはいつも通り、彼の後ろにまるで影のように付き従っている。
「ガイアスさん!!」
アドラは馬から飛び降りガイアスの許に笑顔で駆け寄る。
「ガイアスさん!!!」
駆け寄る。駆け寄り。駆け寄った。そして、
「定期的に連絡しろっつっただろボケェェェ――――――――ッ!!!!」
自由奔放すぎるガイアスにブチ切れた。
是非もなし。
「あんたケータイどうしたんだよ! 何度連絡入れても出ねーし!」
「壊した」
――おい! ふざけんな!
「つうかなんで二人きりなんですか。人狼族を説得して仲間に迎え入れる計画はどうしたんですか?」
「破綻した」
ええ……。
一瞬だけ驚いたが、そらそうだろう。
口下手なガイアスが誰かを説得なんてできるわけがない。深く考えるまでもなく必然の破綻じゃないか。
こんなことなら一緒についていけば良かったか。
「まったくガイアスさんったら、仮にも人狼族の長なのにぜんぜん人望ないんですね」
「それなら辞めてきた」
「は?」
「 <地狼星> の座を放棄した。今の俺は一匹狼だ」
ちょッ――えええええええええええええええええええっ!!!
「あ、あんたいったい何しに魔界に来たんですか……っ!」
「目的なら達成している」
「えっ、長を辞めてどうやって……」
「地上侵略派全員足腰立たなくなるまでぶちのめしてきたからな。連中の権威はこれで失墜した。なっ、問題解決だろ?」
結局やっぱり暴力で済ますんかい。
あまりの無茶苦茶さに開いた口が塞がらない。
「……まあいいか」
だがしばらくするとアドラは、自分も他人のことはいえないし、どうでもいい事でもあるかと思い直す。
「よくよく考えたら人狼族の戦力なんか要らないや。ガイアスさんさえ合流してくれれば何の問題もない。それで百人力千人力万人力……いや、それ以上だ」
納得したアドラは側近のヒノワに二人分の馬を持ってこさせるように命じた。
「じゃあサーモスに戻りましょうか」
「……」
「それともシュメイトクに待機してますか? ご大層に出兵してみたものの、まずはインフラ整備するだけなもんで」
「……」
「言い忘れてましたけどおれ今、炎滅帝なんですよ。ルーファス様とも和解して魔導兵器もいただきました。報道観ました? どうせ観てないですよね、知ってます知ってます」
「……」
「ただ黄泉比良坂は路が悪くて今のままだと魔導兵器が通らないんですよ。まずはその辺をどうにかしないとグロリアまで攻め込めませんので」
「……」
「ちょっと! 聞いてますかガイアスさん!?」
苛立ちながらいうがガイアスの反応は悪い。
代わりにアドラの顔を指さして、さも不思議そうにいった。
「おまえ誰だ?」
――は?
「何となく勢いに負けて会話をしてやったが馴れ馴れしく話しかけてくんなボケ」
「冗談はやめてくださいよ。おれはアドラ、閻魔の息子アドラ・メノスです。おれがおれ以外の何者に見えるっていうんですか?」
「質問に答える気はねえのか。確かに外面だけはアドラを取り繕っているが、おまえは断じてアドラではない」
――大丈夫かこの人狼、どこかで頭でも打ったんじゃなかろうか。
いや違うか。頭の心配をすべきはこっちの方か。
魔界に来てから色々あったしガイアスから見て別人のようになっていてもおかしくはない。気苦労と睡眠不足でだいぶおかしくなっている自信がある。
「ガイアスさんが怒る気持ちはわかります。おれもこんな選択したくてしてるわけじゃない。ちょっと気が急いているかもしれませんね。心に余裕が出来てきたら元に戻るんでその時また話し合いましょう。とりま機嫌直してついてきてくださいよぉ」
「俺はそのまんまの意味でいってるんだがなぁ。大方の予想はついてるが……シラを切るっつうんならしかたねえ」
いうが早いか、ガイアスは大きく拳を振り上げた。
――えっ! ちょちょちょっ! 冗談だろぉっ!!
「ブン殴って目を覚まさせるか」
顔面に躊躇なく放たれた打突をアドラは後ろに跳んで間一髪のところでかわした。
「……マジですか、ガイアスさん」
問答無用で攻撃してくるとは偽者……いや、めちゃくちゃガイアスさんらしいわ。
うん、間違いなくガイアス本人だわ。今の一撃もクソ速かったしね。
ならば納得させる方法はひとつしかない。
「わかりました。了解しました。オッケーです。魔界の流儀に従います」
アドラは喪服を脱ぐと腰から外した 《勝利の剣》 と一緒にヒノワに預ける。
「とりま勝ったほうの言うことを聞くってことで!」
大きく腰を落としてアドラは構える。
「そうだな。シンプルに行こうか」
それに応じてガイアスも懐広く構えた。
その巨岩の如き泰然とした佇まいにアドラは微笑む。
「こうやって対決することは想定外でしたが、不思議と悪い気がしません」
そう、心のどこかで決着を望んでいた。
教えてもらった技がどこまで師に通じるか。現在の自分の力量はいかほどか。
それはいずれ対決するであろうサタンに備えるためにも必要なことだろう。
「おれはここであんたを越える!!」
「そりゃこっちの台詞なんだがなぁ」
魔界最高峰の悪魔と魔界最底辺の人狼、天地鳴動の大決戦――その第一幕が切って落とされた。




