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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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易しい死神

 ルーファスから譲渡された魔導兵器はヴェルバルトの兵器開発を急速に進展させた。

 イビルが以前より土台を作っていたとはいえ、瞬く間に生まれた巨大戦力は圧巻の一言。アドラに懐疑的だった周辺諸国も黙り込むしかないほどに。


 ほどなくしてアドラはヴェルバルト全土を完全に掌握した。

 すべてはルーファスの思惑通りに。


「兄上、やはりあの男は危険です」


 謁見の間にてそう忠言するのはイビルだった。


「今や我が軍は魔王軍とさして変わらぬ戦力を有しています」

「そうだな。いい事じゃないか」

「報道は偉大なるアドラ帝の威光に魔王が敗北したのだと吹聴して回っています」

「それは良くない事だな。メディアはきちんと事実を伝えないと」

「今回出した声明を世間がそういう目で見ることは火を見るより明らかだったはずです」

「ああそうだな。ルーファス様には感謝してもしきれない」

「あの男の思惑がまるでわからない! イカれているとしか思えない!」

「すべてはサタンを討つために必要なことだからだ」


 唖然とするイビルにアドラは再び事実を告げる。


「人類悪を討つには再び人類が一丸となる必要がある。1万2000年前のようにな。ルーファス様は魔王としてその責を果たそうとしているのだ」

「それは本気でいっておられるのですか!?」

「逆に問おう。それ以外に鬼の魔王が他国の益になるようなことをすると思うか?」


 イビルは言葉につまった。

 もはや彼の常識で返答できる次元の話ではない。


「ありえない施しをすることで、あの御方はこれからおれが放つ言葉に説得力を持たせようとしてくれている」

「ま、まさか本当に……!」

「おれは嘘がつけない性分だとわかってくれているのだ。今ほどあの御方の家臣で良かったと思ったことはない」

「本当に、本当に、あの人類悪が復活しているというのですか!?」


 アドラは静かに頷いた。


「復活したというより元々封じられていなかったというほうが正しいな。奴は教会を牛耳りヴァーチェを裏で操っている。事実上の地上の支配者といっていいだろう」

「その胸の傷は冬眠していた熊をウッカリ起こしてやられたんじゃないんですか!?」


 熊なんぞにおれが遅れを取るかッ!!

 おまえはおれの強さを知ってんだろ!!


「てっきり兄上も御爺様と同じ虚言癖という病にかかられているとばかり思ってました」

「おまえマジぶっ殺すぞ」

「それはともかく……確かにそう考えると色々とつじつまがあいます。腑に落ちない点も多少はありますがね」


 半信半疑どころか今までアドラの言葉をまったく信じてなかったらしい。

 イビルらしいといえばらしいが。


「わかりました、ひとまず兄上の言葉を信じましょう。しかしまさかその話、マジで国民にもするつもりなんじゃないでしょうね?」

「話す。そしてサタン討伐の理解を得る」

「頭おかしい人だと思われますよ。いやマジでマジで」

「世間がそんな風潮になっているほうがおかしいんだけどな。おれの父さんは今だってサタンの肉体の監視を怠っていない」

「サタン封印からどれだけ経ってると思ってるんですか。レイワール家が何をやってるかなんて覚えてる奴なんてもういませんって」

「だったら思い出してもらう。知らないなら今から懇切丁寧に教えるだけだ」


 そしてアドラは有言実行した。

 城に国民を集めすべての事情をかいつまんで説明した。


 本当はマスメディアを通じて魔界全土に知らしめたかったが、それはルーファスにとって不都合であろうと思い控えることにした。

 ルーファスはあくまで領土拡大を名目に人員を召集している。欲望こそが何にも勝る人の原動力。サタンに勝つためにはそういう連中の力も必要だ。



「私は最後の王族として地上を牛耳るサタンを討つ!!」



 アドラの演説によりどれだけ国民の理解が得られたかはわからない。

 だが地上侵攻については諸手をあげて賛同された。

 アドラのいうことが絶対だと盲信しているのか、サタンを討つことに正義を見出してくれたのか、はたまた魔王軍に集まる連中と同じく地上に領土が欲しいだけなのか……この際理由は何でもいい。ともあれ国はひとつにまとまったのだ。


「お見事です。やはり兄上にはカリスマがおありです」


 イビルの賛辞にアドラは曖昧な笑みを浮かべた。


「考え事がしたい。少し独りにしてくれないか」


 イビルが謁見の間から去るとアドラは玉座で力なくうなだれる。

 国民の圧倒的支持を受けながら、しかし彼の心は決して晴れることがなかった。


 ――本当に、これで良かったんだろうか。


 魔界の地上侵略を止めるためにここまでやってきた。

 それなのに今は真逆のことをしている自分がいる。

 もちろん熟慮に熟慮を重ねた上での決断だ。

 間違っているとは思わない。


 しかし、どうも、誰かにいいように操られている気が……気がして……。



「いいご身分ですねアドラさん」



 聞き覚えのある声にアドラは戦慄した。

 もう二度と聞くことはないと思っていた声だった。

 ここにはいないはずの男の声だった。



「やっぱり英雄なんじゃないですか」



 安物のスーツと目深に被った帽子。細目がちなその双眸。見忘れるはずがない。

 かつて親友と呼んだ人間の青年がいつの間にか目の前に立っていた。



「リドルくん違うんだ! これは――――ッ!!」



 慌てて立ち上がり必死に手を伸ばすがそこにはすでに何もない。

 その掌はただただ虚空を掴むだけだった。



「……幻覚か」


 アドラは伸ばした手で代わりに頭を抱えて再び座る。


「安心してくれリドル。おれは英雄なんかには決してならない」


 現に魔界に来て以降 《氷獄結界》 は一度たりとも発動していない。

 結界のジャッジはアドラに正義ありと認めていない。

 当然だと思うしそれでいい。


「きちんと破滅するまで走り続けるからさ。だから……あの世で笑って見ててくれよ」


 しばらくするとアドラはくつくつと笑いだした。


 今の自分にはリドルを天国に送る資格がないかもしれない。

 ならば全員等しく地獄に送ってやればいいだけの話じゃないだろうか。

 そもそも欲望にまみれた人類が天国に行くこと自体おこがましい話なのだ。



「みんな一緒なら平等で平坦だ。善悪も、貴賎も、上も下もありはしない。地獄だってきっと住めば都さ。君もそれなら満足だろう?」



 そういってアドラは高らかに笑った。

 彼はすでに正気を失っていた。



 アドラの内に潜みし魔矛が怪しい輝きを放つ。

 邪なる女神の力が彼の意志をねじ曲げ運命を加速させる。

 その様を彼の内より観測していたサタンの分霊は呆れるように呟いた。



『馬鹿ばかしいほど母さんの予定通り。本当におまえは易しい死神やつだな』



 多少優しかろうとしょせん死神は死神。

 人の生命を刈り取りながら進む以外に道はなし。

 生まれ落ちた瞬間よりそのように定められていたのだ。

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