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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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土産

 アドラとルーファスは和解した。

 それは同時にヴェルバルトが魔王軍の軍門に下ることを意味する。


 しかしルーファスはヴェルバルトを魔王軍の一部として編成しなかった。

 アドラが炎滅帝である限りは自治を認めるとの御触れを出し、軍事同盟を結び共闘するという形をとった。

 ヴェルバルトに数多くいる反乱分子たちの溜飲を下げることが目的だ。


 その日、アドラとルーファスが握手する映像が魔界中のネットワークを駆け回った。


 二人はあくまで対等の立場であると世間に知らしめるためだ。


「本当に良かったのですか?」


 恙なく撮影を終えた後アドラがルーファスに訊いた。


「魔王は魔界の頂点であるべきというお考えをお持ちだと思ってましたが」

「魔界の頂点はレイワール皇家だ。その子息と握手を交わすのはむしろ自然な流れよ」


 暴君で知られるルーファスだが押さえるべきところはきちんと押さえている。

 だからこそ今日、魔王を名乗れるほどの権勢を得ているのだ。


「逆に皇家の者と対等であると世間にアピールする好機であった。もっとも我は我の認めた者とは立場関係なしに対等に接するがな」


 現にガイアスやルルロラはルーファスのことを呼び捨てにしているが、何の咎めも受けていない。それどころか厚遇を受けて重用されている。

 純粋に能力のみで人物を評価しているのだ。人を使う才もある。


 掛け値なしに魔王の器だ。

 頭を垂れて従わぬ理由がない。


「……」


 にもかかわらず時折、胸をよぎる不吉な予感はいったい何なのだろうか。


「アドラ、我は貴様に命令しない。貴様は貴様の意志で行動するがいい」


 ルーファスはアドラにそう告げる。


「貴様は黄泉比良坂から、我はルガウからヴァーチェを目指す。それでいいか?」

「あの、ルガウにいる私の臣下たちについてですが……」

「無論咎めはせん。咎める理由もない。ネウロイと少し話したいことがあるぐらいだ」

「ルーファス様……」

「ああ、それと聖王もいるのだろう。彼女とも是非話し合いたい。可能ならその旨伝えておいてはくれぬか?」

「はっ、仰せのままに!」


 ――気のせいだ。


 アドラは己の中にわずかに生じた不安をすぐに振り払った。

 これほど偉大な王に未だに疑念を抱くのは不敬であろう。


「では解散しよう。だがその前に貴様には土産がある」

「土産? キョウエン名物鬼まんじゅうですか?」


 キョウエンの出店にはルーファスの顔を模したまんじゅうが売っている。

 名前通り鬼のような形相をしておりジョークフードとして市民はもちろん観光客にも大好評だ。これを黙認しているルーファスは民に対しても度量が広い。

 もっとも彼が本当に小鬼ゴブリンだと知る者がどれだけいるかは知らないが。


「もっといいものだ。貴様に反抗的な者を一発で黙らせる素晴らしい菓子折りよ」


 ルーファスは笑いながらいうとアドラを『土産』のある場所へと誘った。



                   ※



 アドラの凱旋帰国を待ちわびていたヴェルバルト国民たちは、帰ってきたアドラたちを見て仰天した。


 馬に跨がり先頭を進むアドラとバルザック。

 そしてその背後にそびえる巨大な魔鉄の塊。



 その正体は魔王軍が誇る最新鋭の魔導戦車だった。



 ルーファスから譲り受けた魔導戦車は十台。

 本当は百台ほど譲渡する予定だったそうだが、あまり大量だと山岳地帯を抜けることが厳しいため辞退した。必要あらば自国で開発すれば事足りる。


 十台だけでも十分すぎるほどの威圧感。

 そして小国なら国家予算が吹き飛ぶほどの高額だ。

 この『土産』を見てヴェルバルトが、アドラが、ルーファスから軽んじられていると思う者はいない。臣下も国民も大いに湧いた。


「まさか戦車をポンと出してくるとは……」


 出迎えにきたイビルが唖然とした表情で呟いた。


「ルーファスは炎滅帝をそこまで信頼されているのですか」

「それもあるが、これはおまえらに対する『警告』だとさ」

「え?」

「おまえが握っている『魔導兵器の設計図』というカードはこれで無力化されたってことだ」


 どうせバレているならいっそのことオープンにしてしまえばいい。

 実にルーファスらしい考え方だ。


「これはあの御方の自信の現れだよ。この程度の技術が漏れたところで我が軍は絶対に負けないというね」

「それにしたって塩を送りすぎです。実機のあるなしじゃ実戦投入時期に大きな差が出るとわからないのでしょうか。もしかしてルーファスは馬鹿なんですかね」

「……おまえ、おれに内緒で魔導兵器を開発してるだろう?」


 イビルは愛想笑いを浮かべた。額には冷や汗が流れている。

 どうやら図星のようだ。


「過去の用途不明金の流れを追っていくと大体おまえに行き着くからな。人事権を掌握して大量リストラしたのも止まっていた開発ラインを秘密裏に動かすためだろ。金にうるさいおれが気づかないとでも思ったか?」

「いえ、それはその……」

「おまえみたいな反乱分子がいるとおれの統治に支障が出るだろうからとルーファス様が仰ってな。今すぐ全情報を開示するなら不問にしてやってもいいのだが?」


 魔導兵器の実機がアドラの手中にある以上、設計図のアドバンテージは完全に失われた。

 隠すだけ無意味と観念したイビルは国外にある兵器開発センターの場所を吐露する。


「これはあくまで国の未来を思ってやっていたことです」

「今回はそういうことにしてやろう」


 魔導兵器はイビルの最後の切り札。

 ルーファスの一手によりこれを失った以上、弟にはもはや何もできまい。


「引き続き内政を頼むぞ。これ以上ルーファス様の手を煩わせたくない」

「……御意」


 力なく拝手するイビルに満足すると、アドラは国民の歓声を一身に受けながら都入りした。


 ――完敗だな。


 我らの大勝利であると盛り上がるヴェルバルトでただ独り、アドラは敗北を痛感し自嘲を浮かべる。


 兄弟ともどもルーファスに気持ちよく叩きのめされた。

 だがそれでいい。この敗北は必要な敗北だ。

 この海千山千の知恵者に従うことが魔界の、いや人類にとっての正しい選択なのだから。


「そうに決まっているさ……」


 アドラは自分に言い聞かせるようにそう独りごちた。

 引き返す道などとうの昔に消え失せている。

 どのみちルーファスの言葉のすべてが正しいと信じるより他ないのだ。

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