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地獄へ③

 閻魔殿は監視のためサタンの足下に建てられていた。


 見目麗しき氷の城。その景観は魔王城に勝るとも劣らない。

 それほど立派な城でもサタンの巨躯を隠すには至らない。

 このデュデッカに封印できたのは幾重もの奇跡が重なった幸運だった。

 故にサタン封印の最大の功労者であるレイワール家は『皇家』と呼ばれ魔界でも最高位の権力を有している。

 魔王ルーファスですら名目上はレイワール家の臣下なのだ。


 よって新閻魔の即位の際には忠誠の証として納刀の義務があるのだが……。


「……やっぱルーファス様御自身が行くべきだよなぁ」


 身体チェックを終えたアドラは審判の間へと続く氷の回廊を進む。

 閻魔との謁見が許されるのは納刀者だけなので今なら独り言もいいたい放題だ。


「遠いから行きたくないっていうのはわかるけど、ホンットわがままだよねー」


 鬼の居ぬ間に洗濯。

 今のうちに愚痴をいえるだけいっておこう。


「そりゃ今回母さんが即位したんだから息子が行ったほうが嬉しいだろうっていうのは一理あるけどさ。それはそれとして臣下としての礼儀ってものがあるじゃない? カタストロフ家の当主が直々に行くのが筋だよ筋」


 納刀代理はレイワール家の許可あってのことだし、アドラ自身そこまで帰郷に不満はないのだが、その辺の事情はすべて棚に上げた。

 今回はある程度節度を守っているとはいえ、普段のルーファスが理不尽極まりない暴君であることに違いはないのだから。


「かわいそうなのはネウロイさんもだよ。突然四天王から外されて無理矢理隠居させられたかと思いきやまたちょっとだけやれって。おれだったら間違いなくキレるね。おれにも何の相談もなく突然だし。ああいうのを独裁者っていうんだよねあーやだやだ!」


 気兼ねなく日頃の不平不満をぶちまけている内に、アドラは審判の間に繋がる扉の前まで辿り着く。


 分厚い氷でできた大扉。もっとも閻魔殿はそのすべてが氷で出来ているのだが。

 さすがのアドラもここまで来れば襟を正して気を引き締める。

 いちおう自分は魔王軍の代表者として来ている。親しき者にも礼儀ありだ。


「魔王軍四天王筆頭アドラ・メノスが参りました。どうか扉をお開けください」


 アドラが恭しく告げると扉が嫌な音を立てて開く。

 氷と氷が擦れる音。それはさながら亡者の悲鳴の如く。

 外気より冷たい冷気が回廊に吹き込まれる。


 ――審判の間――


 そこは亡者を裁く閻魔の住処。

 生前の品行のすべてがそこで試される。

 審判の間に通されたアドラは違和感を感じて周囲を伺う。

 普段なら衛兵たる鬼たちが列を作って睨みを利かせているのだが今回はそれがない。

 中央にポツンと置いてある玉座に閻魔が鎮座するのみだ。


「遠路はるばるよう来た。待ちわびたぞ」


 床にまで届いてなお余る長い長い銀髪。

 透き通るかの如き白磁の肌。

 冬の海のように冷たいマリンブルーの瞳。

 周囲との調和を崩さぬ純白のドレス。

 閻魔の証たる戒律の刻まれし王冠。


 それは白銀世界の中心に咲く一輪の氷華。

 レイワール家現当主“第八代目閻魔”イザベル・レイワールは1000年前と何ひとつ変わらぬ美貌でアドラを待ち構えていた。


「本当に、本当に、待ちわびたぞ」


 いうが早いかイザベルは少し高い場所にある王座から駆け下りて猛ダッシュでアドラの許までやってきた。


「来てくれてありがとぉぉアドラちゃぁぁぁん! ママすっごく寂しかったぁぁっ!」

「かっ……母さん落ち着いて。いちおう儀式の最中だからさ……」


 見目麗しい顔をくしゃくしゃに歪めてイザベルはアドラにすがりついた。

 母のことは愛しているがこういうところはちょっとうざい。

 アドラはどちらかといえば母親似なので若干の同族嫌悪があるのかもしれない。


「今日はルーファス様から預かった刀を奉納しに……」

「どうでもええわ。そんな小鬼の刀」


 アドラが渡した刀をイザベルは興味なさげにその辺に放り投げた。

 さすがにこれは酷い。秩序の番人たる閻魔がそんなことでいいのか。


「それより今日は親子水入らずで語り合おうぞ。すでに鬼払いは済ませてある」


 それで今日は衛鬼がいなかったのか。

 閻魔としての自覚のなさに呆れるが積もる話があるのはこちらも同じ。

 ここは母のお言葉に甘えることにしよう。

 アドラはゴホンと咳をひとつ入れる。


「とりあえず……八代目閻魔就任おめでとう。先代閻魔様はどうしたの?」

「お爺様はぎっくり腰で引退じゃ。歳を取ると寒さが腰に来るそうじゃ」


 それは大変だ。

 ぎっくり腰は名前から想像するよりはるかに重い症状。後でお見舞いに行こう。


「突然閻魔になった母さんも大変だね。新しい年号とかも決めなきゃいけないし」

「それはもう決まっておる。これじゃ」


 どこからともなく出してきた大きな色紙。

 そこには墨汁ででかでかと『レイワ』と書かれていた。


「無論語源はレイワール家からじゃ。いちおう触れておくが、これは予てより合意されていた話なので妾は関わっておらんぞ」

「そっか。それじゃ今年はレイワ元年だね」

「そうレイワ元年じゃ。あけましておめでとう」


 たわいもない話に興じている内にアドラはふと思いつく。


「父さんは今どこに? せっかくの家族水入らずなら父さんもいなきゃ」

「あのひとは今仕事中じゃ。妾も仕事中なのだがそこは内緒にしといてくれ」


 可愛くウィンクして舌を出すイザベルにアドラは苦笑いを浮かべる。

 確かに本日は自分も仕事で地獄に来た。

 だがせっかくなので父も呼んで久しぶりの家族団らんを楽しもう。

 アドラは尊敬する父親との再会に胸を弾ませていた。

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