表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
189/276

コストカット

 あれから更に一月ほどの時間が経過した。


 どうにかこうにか健全化に向けた軌道には乗った首都ヴェルゼブブ。

 もはや書庫と化しているアドラの執務室にイビルの怒声が木霊する。


「王に給与が出ないとは一体どういう了見ですか兄上ッ!!」


 ――チッ、もうバレたか。


 怒鳴り込んできたイビルにアドラは舌打ちする。

 まあ月給出なかったら嫌でも気づくわな。


「イビル……おまえいったよな? おれと同じ条件でいいって。うん、確かにいった」

「まさか兄上も無償で働いているといわないですよね!?」


 アドラは「¥0」と書かれた自身の給与明細を自慢げにイビルに見せびらかした。


「兄上は馬鹿なのですかッ!?」

「うるへー馬鹿っていう奴が馬鹿なんだよバーカバーカー!」


 アドラはここのところ徹夜続きで幼児退行していた。


「山のように仕事をさせて給与も出ない! これなら御爺様が統治していた時期のほうがナンボかマシですよ! 私は奴隷か何かですか!?」

「おれだってカネは欲しいわボケッ! でもねーモンはねーんだよ、主にオマエらのせいでなぁっ!! 本音いや役立たずの部下どもにだってビタ一文払いたくねぇーっつうのに、こうなった元凶の一人であるおまえに払えるかクソッたれ! 弟だったら一緒に地獄見ろやッッ!!」


 逆ギレしたアドラが机をぶっ叩くとイビルは一歩引いてから咳をひとつ入れる。


「あのですね兄上――いえ炎滅帝、労働への正当なる対価は必要です。これは私が金が欲しいからというだけの話ではなく、国家運営の基礎中の基礎です」

「だからない袖は振れないの。今年の予算はもうカツカツだっつうの」

「……滅私奉公といえば聞こえはいいかもしれませんが、周囲の者がそれを聞いたらどう思いますか? 最初は立派な王だと思うかもしれませんが、次第にあなたのことを馬鹿にし始めることでしょうね。民すべてがとは申しませんが、人には自分より程度が低いと感じた者には従わない性質があります」

「う゛……さすがにそんなことはないと……」

「いずれはあなたの治世自体に疑問を持つ者も現れるでしょう。タダでやってる仕事なんて適当に決まっていると決めつけるのです。彼らは事ある毎にあなたを糾弾し始めるし、場合によってはクーデターを画策するかもしれない」

「い、いや、しかしだな……」

「周辺諸国からも舐められますよ。炎滅帝は民の下僕だとね。王が舐められれば他国から攻め込まれるし民もいうことを聞きません。次の王のなり手だっていなくなります。国はさぞ荒れることでしょうね。そうなったらもう民主化どころの話じゃありません」

「うぐぐぐぐ……っ!」

「王というのは意味もなく偉そうにしているわけではございません。王が権威を持つことにより治安が安定し、それにより民の生活が守られるのです。腐りきったヴェルバーゼ帝政が曲がりなりにも続いていたのはこの点においてだけは非常に優れていたからです」

「せッ……!」

「無償労働は美徳ではございません! 滅私奉公の意味をはき違えている! 今のあなたはただ国民にいい顔をしているだけの愚か者です! それでは今は良くても後が続かない! 結果として民を不幸にすることでしょう!!」



 正論でおれを責めるのはやめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 おれだって色々考えてるけど何がいいのかよくわかんねぇんだよぉぉぉっ!!!



「……てかさ、そんだけ政治のこと理解してて、なんでこの国滅びかけてるわけ?」

「私はお飾りの王で政治にはろくに干渉できませんでしたから」

「そーいやそうだったね……」

「だから兄上が魔王軍に取り入ったと聞いたときは内心『上手い事やったな』と思ったものですよ。こんなドロ船のハリボテの王より万倍いい就職先ですからね」

「ドロ船は酷いだろドロ船は」

「事実ですので」


 知ってたけどこいつマジで有能だな。

 これで野心さえなければ本当に素晴らしい補佐官になれるのに。

 いや……有能な奴は野心を持ってて当然か。良かれ悪しかれなので責めるようなことはしないでおこう。


「どうやらご理解していただけたようで安心しました。ではきちんと給与を支払ってください。ドロ船にだって乗組員クルーは要りますし、対価を支払わない仕事は誰にも信用されません」

「いや、そうしたいのはヤマヤマなんだけど、マジで金がないんだよ」

「そこを何とか工面してください」

「今年の予算もう決まっちゃってるからせめて来年まで待ってくんない?」

「駄目です。今すぐ支払ってください」

「むむむ……」

「何がむむむですか。悩む必要なんてないでしょう。予算を動かさずに金を増やす方法があるじゃないですか」

「え、ウソぉ!? そんな練金術がっ!?」


 アドラがダボハゼの如く食いつくと、イビルはアドラの横にいる女性秘書を指さしていう。


「そこにいる女、政務に要りますか?」


 アドラは先ほどお茶を持ってきてくれた彼女を見て思う。


 ――……正直、要らねぇな。


 たまに来て書類を整理してくれたりお茶を煎れてくれたりするが、そんなもの自分でやればいいだけの話。ヴェルバーゼのハーレムの一員だったので見目麗しいのはいいことなのだが、これで騎士以上の高給取りとかさすがにおかしくない?


「彼女はきちんと働いているからまだマシなほうですが、この国には穀潰しを通り越して国に不利益しかもたらさない害虫どもがわんさかといます。そいつらを今すぐ、片っ端からリストラしてやればいいだけの話です。それで我らの給料が捻出できます」


 なるほどそれは確かにナイスアイディア。

 アドラ自身家臣全員クビにしてやりたいと思っていたぐらいなので渡りに船だ。

 だがしかし……。


「おまえのいうことはもっともだ。とはいえいきなり不当解雇するわけにもいくまい。やるならきちんと内部調査してからだな。退職金の問題もあるしこれは一大事だぞ。メスを入れるとしたらやっぱり来年以降になるんじゃ――」

「ぐずぐずやってる時間的余裕はないのでしょう。私にお任せいただければ今すぐにでも終わりますよ。無論、退職金などビタ一文出さずにね」

「あまり強引にやりすぎると反感を買ってかえって国営に影響が出るのでは……」

「力尽くで強引に帝位を継いだ兄上が何をおっしゃるか」

「ぐ……っ!」


 今日の弟は痛いところばかり突いてくるな。

 まあつつかれれば割とどこでも痛いのだが。おれのスネ傷だらけだし。


「ご安心ください。兄上が思っているような事態にはなりませんよ。私が五百年間何もせずに虚仮の王の椅子にただ座っていただけの愚か者だとお思いですか?」

「ということは、もしや……」

「実権を握ったら真っ先にクビを切ってやろうと考えていたゴミクズどもの弱み、すべてこの手に握っております。私に人事権を委譲していただければ全員『円満に』退職させてみせますよ」

「……」



 こうしてアドラから人事権の全権を委譲されたイビルは、すぐさまリストラ活動に乗り出した。

 給仕や騎士はもちろん大臣でさえ粛正の嵐から逃れることはできず、半月も経たずに王宮から人影はなくなった。


 スッキリとした城内を満足げに歩くイビルを見てアドラは、



「ホントぉぉぉぉぉぉぉにッ! おまえは有能な王だなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 アドラはイビルの肩を抱いて歓喜した。

 命令してもあれこれと言い訳してまともに動かなかった置物どもが、きれいさっぱり消え去ったのだ。こんなに喜ばしいことはない。


「これからは『レイワのゴーン』と名乗るがいいッ!!」

「誰ですかそいつ。この程度まだまだ序の口ですよ。他の都市や属国の大臣どももガンガンリストラしてその後、少しずつ優秀な人員と入れ替えていきましょう」

「あははっ、そんな風におまえの息のかかった魔族と入れ替えを続けていったら、いずれ国ごとおまえに乗っ取られそうだなッ!」

「ギク! い、いえ、そのような事は決して……ッ!」


 どうやら図星のようだが、それならそれで一向に構わない。

 祖父の息がかかっているか弟の息がかかっているかだけの違いだし、だったら弟のほうが万倍マシだ。優秀な弟が無能を遇するわけがないのだから。


「おまえの働き次第では次の炎滅帝にとも思ってるんだけど、生憎いずれ民主制にすると国民に約束しちゃったからなぁ」

「民主制が必ずしも良いとは限りませんよ。少なくとも現在の魔界情勢とは噛み合っておりません。兄上は地上かぶれがすぎます」

「バルザックにも同じことをいわれた。悪いことではないと思うんだけどなぁ」


 ――やはり自分に政治は向いていないらしい。


 当たり前の事実を痛感すると、アドラはイビルと共に執務室に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ