格子のない檻
「……お早いお帰りで何よりだ」
玉座からアドラは先ほど捕らえられたばかりの虜囚二人を見下ろす。
「まさか兄上が炎滅帝になられているとは思いもよりませんでした」
「……」
捕縛されていたのはイビルとバルザックだった。
一ヶ月ぐらいは入院させる気で殴ったが思いのほか早く帰国してきたな。
あ、そういやもう一ヶ月経ってたわ。月日が経つのって早いなぁ。
「おまえ、おれの話聞いてた? 少しの間だけ炎滅帝になるっていったじゃん」
「いってなれるものではないでしょう!?」
「なっとるやろがい! こんなんヴァーチェ旅行の百倍イージーなミッションだわ!」
この一ヶ月間でアドラのキャラもだいぶ崩壊してきた。
これではイビルのことをどうこういえない。
王の人格を破壊する魔性の都である。
どこか良い病院を探そうか。
……そんな暇ねえよ。
「で、帰国早々ナニ捕まってるわけ?」
「いやいや、あなたが捕まえるよう命じたんでしょう!!」
もちろん命じてない。
アレックスの独断だ。
帝位を継いで以降、彼は自分に心酔してくれているようなので、今回も気を利かせてくれたのだろう。
みんな命令しなきゃ動かねえし、なんなら命令しても動かない時もあるからとてもありがたい話だ。
「帰国早々悪いんだけどさ、今は牢に空きがなくってね。逆に国庫はスッカラカンでこれ以上、虜囚を増やす余裕とかないのよ。うちは賃金無料のアパートじゃないんだ。それとも国庫の中で寝泊まりする? 広いっちゃ広いけどさぁ」
アドラは腰の剣を抜いた。
剣は 《勝利の剣》 ではなく耐熱刀だ。炎滅帝の証として必ず帯刀しないといけない決まりだそうな。
こんなナマクラでもイビルの首をはねることぐらいはできるだろう。
逆にできなかったらいったい何に使えばいいんだろうか。
耐熱が売りだそうだから鍋敷きにでもするか?
「だからさ……今ここで、おとなしく死んでくれない?」
アドラはイビルにさらりと死の宣告を告げた。
もちろん殺す気はない。
死体を片づけるのだって無料じゃない。
適当に脅せばビビって国外に亡命してくれるだろうとの判断だ。
「お、お赦しください! すべては私の不明でしたッ!!」
案の定イビルはビビりにビビってくれた。
元々はこんな感じの小心者だったのだ。ゆっくり休んで正気を取り戻したようだ。
正直うらやましい。
誰かおれをぶん殴って強制入院させてくれ。
「私にできることであれば何でもいたします! なにとぞ! なにとぞご慈悲を!」
アドラは静かに首を振って剣を振り上げた。
こっちは死ぬほど忙しいのだ。こんな案件に時間を取られている場合ではない。
優秀な補佐さえいればこういう時に仕事を任せられるのだが、今はとにかく自分が動くしかない。
優秀な補佐さえいれば、
優秀な補佐さえ、
優秀な……。
――ここに居るやないかっ!!!
「ん? 今、何でもするっていったよね」
アドラは剣を振り下ろすとイビルの首――ではなく縄を切る。
「じゃあ、引き続きヴェルバルト王をやってくれよ」
意外な命令にイビルは目を丸くして驚いた。
「か……構わないのですか?」
「OKOK。待遇は炎滅帝のおれと同じって事になるけどいいかい?」
「もちろんです! 兄上と同等などとはこの上ない光栄です!」
「後いうまでもない事だと思うけど、民を軽んじて圧政を敷いたり、クーデターとか画策したりして国に迷惑かけるようなら、次はマジ殺すから」
「神に誓って、そのような真似はいたしません!」
イビルはすぐさま臣下の礼をとる。
舌の根も乾かないうちに裏切りそうだが使える内だけ使えればいい。
アドラは今度はバルザックのほうに視線を向ける。
「おまえはどうする? 亡命したいなら好きにしていいけど」
「炎滅帝の御心のままに」
――あっそう。
アドラはバルザックの縄も切って解放してやる。
「じゃあ、今後もイビルの補佐をしてやってくれ」
「御意!」
バルザックも同じく礼をとり、この案件はこれにて一件落着となった。
思わぬ手駒が手に入り実に有意義な謁見だった。
毎回こうだと嬉しいのだが。
「じゃあイビル、さっそくで悪いが政務に取りかかってくれ。この国の事はおれよりおまえのほうがずっとよく知ってるだろう?」
「はっ! 万事お任せください!!」
イビルはバルザックを引き連れ、喜び勇んで謁見の間を出ていった。
その後ろ姿を眺めつつアドラは邪悪にほくそ笑む。
――ようこそ有料の牢獄へ。お支払いは勿論『労働力』となります。
この時のイビルはまだ知らない。
ヴェルゼブブはアドラの手により国民最優先の滅私奉公国家と化していることを。
アドラと同じ待遇を受けるということはつまりタダ働きさせられるということを。
 




