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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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虚構の繁栄

 ひさしぶりにきたヴェルバーゼ城は、昔見た時よりも一回りも二回りも大きくなっていた。

 城がいつまでも持つわけがないのだから新築改築するのは当たり前といえば当たり前の話なのだが、それにしても贅沢がすぎる。城門の装飾にさえ本物の金が使われているのはいかがなものか。この様子では内装はとんでもないことになっているだろう。困窮する国の現状を思えばあまりに不相応だ。


「グロリアのクソ二つ星ホテルを思い出して気分が悪いわ」


 少し昔を思い出して愚痴りながら、アドラは城門の前に立つ門番に話しかける。


「元ヴェルバルト大王トマル・メノスが長子、アドラ・メノスが来たと伝えてくれ。アポなしで悪いんだけど炎滅帝に謁見を申し込みたい」


 アドラがそう告げると門番はびっくり仰天しながら城内に連絡を入れた。

 しばらく待っていると厳つい顔をした騎士がやってきて、城壁の上からアドラに声をかける。


「炎滅帝は体調が優れぬとのこと! 謁見は日を改めていただく!」


 ――まあ、そういうと思ったよ。


 魔王軍四天王の突然の来訪に今ごろ城内はてんやわんやといったところか。

 対応ぐらい事前に考えておけばいいものを。


「悪いが急ぎの用だ! 門を開けぬなら押し通らせていただく!」


 アドラは門番にその場を離れるように忠告すると、城の門に拳を叩き込む。

 決して強く叩いたつもりはなかったのだが門はあっけなく粉々に砕けて吹き飛んだ。


「金も木材もいくらでも再利用できるし、まっ……このぐらいはね。門番くんも、たぶん責任問題にはならないと思うんでそう心配しなくてもいいよ」


 アドラは若干の引け目を感じつつも、唖然とする騎士と門番を置いて城内へと侵入した。


「マジで城の中と外じゃ別世界だな」


 王宮へと続く庭園は魔界とは思えぬ美しさだった。

 右手には果樹園。左手には花畑。真っ直ぐ延びた石畳の歩道の先には、瓶持つ女神を模した噴水がある。見目麗しく素晴らしいデザインだ。


「こいつにいくら使ったんだか。無駄の極みだ」


 だが今のアドラの心にはまるで響かない。

 芸術というのは人の心に潤いを与えるためにあるもの。民に負担をかける芸術にいったい何の価値があるというのか。


 噴水の手前まで歩いていくと、そこでようやく城を守護する騎士団が集結してきた。


「アドラ様……どうしてこのような狼藉をっ!」

「遅いぞアレックス。まさか日頃の訓練を怠けているじゃないだろうな」


 先頭にいる禿頭の老騎士は見知った顔だ。

 ヴェルバルト騎士団長アレックス・ハルトマン。いちおう上級悪魔で名門の出だったはずだ。なので当然、反乱軍参加者のデータベースにも載っている。直接的には参戦していないようだが……。


「わかっておられるのですか。これは我が国に対する明らかな反逆行為です!!」

「反逆? 反逆だと……?」


 この男は確か生粋の血統至上主義者だったはずだ。

 ならばこういってやるのが一番効果的だろう。


「おれは閻魔と炎滅帝の血を継ぐ魔界最高の血統。この国を継ぐ正当なる権利を持つ者だ。反逆しているのはいったいどちらだ?」

「しかし、現在の炎滅帝はヴェルバーゼ様であり……」

「じいさんよりおれのほうが『高等』だ。違うかアレックス」

「いえ、それはその……」

「今代の炎滅帝として命じる! 道を開けろッ!」


 ――さもなくば逆徒として処断するッ!!


 アドラが叫ぶとアレックスたちは大きくたじろぐ。

 やはり血統を全面的に押し出し正当性を主張するのは効果的だ。時間がかからないという点においては権威主義というのも悪くない。


「おいおい団長どのォ。王宮守護騎士のくせに侵入者相手に何ビビってんだよ」


 だがそれもすべての魔族に適用されるというわけではないようだ。

 噴水の後ろから、噴水が小さく見えるほどの巨体がのしのしと歩いてやってくる。


「団長ができねぇんならオレ様がこのチビぶっ潰してやるよ」


 全身グリーンの半裸の巨人。純トロール種だ。

 街であった雑種とは訳が違う。正真正銘の上級魔族。天然記念物ものだ。おそらく騎士団の中では最強だろう。


「血統なんざ関係ねぇ。王に必要なのは実力だけだろォ?」

「正論だ。全面的に支持する」


 アドラは軽く跳躍してトロールの肩に乗ると、彼の顔面に軽く蹴りをぶち込んだ。

 それだけでトロールは凄まじい勢いで吹き飛び城壁を破壊して退場した。

 でかい奴の相手はもう慣れたわ。


魔界ここじゃ実力がすべてだろう。おまえたちにおれを止める力があるというのならかかってこい」


 アドラを止めようとする者はすでにいなかった。

 彼らの間をすり抜けてアドラは堂々と正面から宮殿に侵入した。



「……相変わらず悪趣味な装飾だ」


 宮殿の内装は想像通りの醜さだった。


 煌びやかなシャンデリア。

 有名画家の絵画。

 深紅の絨毯。

 純金の像。


 贅の限りを尽くした宮殿の醜悪なる姿がそこにあった。


 ハッキリいってダサい。センスの欠片もない。

 こんな気色の悪い場所で生活していたら頭がおかしくなる。

 こんなものに金をかけて民を苦しめるなど気でも狂っているのではなかろうか。


 アドラには王族たちの嗜好が1ミリたりとも理解できない。


「これ全部売っぱらったら、いくらぐらいになるかな」


 アドラが支払いの良い業者を検討していると、親衛隊を引き連れた宮殿の主たちが駆けつけてきた。


「とうとうトチ狂ったかアドラ……ッ!」


 腹にまで届きそうほど長い白髭を蓄えた中年男。腰には伝家の宝刀、耐熱刀を携えている。


 イビルの親父だ。名前は忘れた。

 確かロから始まり……まあいいや、大王といっときゃいいだろ。

 大王の周囲に群がっているのはアドラの親戚たちだ。こっちも半分ぐらいは名前を忘れた。じいさんちょっと子孫作りすぎだわ。少子高齢化が大問題と化している魔界だからいいっちゃいいけど。


「大王よ、おれからすれば狂ってるのはあなたがたのほうなんですがね」


 アドラは頭を下げることもなく大王と正面から対峙する。


「魔王軍にケンカを売って、国民に重税を課して、さりとて自分たちは何の節制もせず豪遊三昧……いったい何がやりたいんですか? 目的がイマイチよくわからない」

「魔王軍を打倒し再び我らが天下を取り戻す! 王族なら当然だろう!」


 ――はぁ?


 アドラは呆れて肩をすくめてみせた。


「だったらもうちょっと真面目にやりましょうよ。少なくともあんたらはこんなところで悠長に遊んでいる暇はないはずですよ」

「我らは王族だぞ! まさか汗水垂らして働けとでもいうのか!?」


 ――ダメだこりゃ、話にならん。


 予想通りの返答ではあるが、この期に及んでこんな認識では勝てる戦も勝てない。魔王軍どころかシュメイトク軍にすら負けるんじゃなかろうか。


「あのですね大王、戦に勝ちたいならまずはきちんと軍備を整えないと。おれ一人にこんなあっさり侵入を許すようじゃ全然ダメ。やることは山積みですが、とりあえずは節制から始めましょうか。この宮殿を維持している費用を使えばもっといい人員と装備が手に入るはずですよ」

「さっきから何をゴチャゴチャとわけのわからぬことを……この国では炎滅帝である父上と大王である儂の言葉がすべてだ。貴様のような放蕩息子が口をはさむな!」

「否定はしませんがね、王宮からまるで出ないというのもどうかと思うわけですよ。だからあなたがたは現実がまるで見えていない。この国がすでに滅びに片足を突っ込んでいるという事実にすら考えが及んでいない」


 大王は顔を真っ赤にして怒った。

 だがアドラは冷ややかな目で静かに首を振る。


「魔王軍の侵攻か、民衆の決起か、はたまた別の要因か……どれだけがんばっても、あと五年は持たないでしょうね」

「ふざけるな! ヴェルバルト帝国は永遠に不滅だッ!!」

「いいえ滅びます。だからその前に滅ぼしに来たんですよ。メノス家最後の王族であるこのおれ自身の手でね」

「貴様ァ――――ッ!!!」


 怒髪天を突いた大王が腰の刀を猛然と抜いた。

 そのままアドラを袈裟気味に斬りつけるが、耐熱刀の刀身はアドラの身体に触れることすら敵わず跡形もなく消し飛んだ。


「よく勘違いされますが、おれに耐熱刀なんて無意味です。 《炎滅結界》 は鎧ではなく、おれの魔力を抑える鎖にすぎませんから」


 アドラは消えた刀身を見て唖然とする大王を見下ろしながら首を鳴らす。

 相手が暴力に訴えた時点で下手に出る時間はおわりだ。


「ヴェルバルト帝国大王、ローグデント・メノスに閻魔代理として裁きを下す」


 ――ようやく名前を思い出した。


 肝心な場面でどうにか思い出せてアドラは安堵する。

 刑の執行の際ぐらいは本名で呼んでやらねば哀れというもの。



「王家本来の役目を忘却し、不当な重税を課し、無辜の民を処刑したその罪――万死に値するッ!!」



 アドラ怒りのアッパーがローグの顎をカチ上げた。

 ローグデントはさながらロケットのような勢いで真上に打ち上がり、天井に突き刺さって動かなくなった。


「いちおう手加減はしておいた。しばらくそこで罪を悔い改めるといい」


 大王への裁きを終えると、今度は従兄弟たちのほうに視線を向ける。


「おまえたちもだッ! 鳥篭から出ようともせず! 与えられた餌をさも当然の如く享受し続ける! それが民の血と汗と涙で出来ているとわかっていながらッ! 怠惰と高慢でできたその罪! 神が許してもおれが赦さんッッ!!」


 アドラは剣を抜くと怯える従兄弟たちへ無慈悲に突きつける。


「兵よ、その者たちを牢へと繋げっ!!」


 突然与えられた命令に、しかし兵たちは粛々と従った。

 ろくに抵抗もできずに捕縛された王族たちが兵に連れられて地下牢へと降りていく。

 その様子を不可解に思ったアドラが城内に残った親衛隊の一人に尋ねる。


「自分で命じておいて何だけど、何故おれの命に従う?」


 これでも放蕩息子の自覚はある。

 突然出戻ってきた裏切り者より主君に従うのが普通だし、正道だろう。

 そしてそんな彼の質問への答えは至って単純だった。


「アドラ様がお戻りにならなければ、我々が彼らを討っていたからです」


 なんてことはない、もともとクーデター直前だったというだけの話だった。

 実は五年どころか三日と持たない国状だったとは、果たして笑い話にしていいものなのだろうか。


「そうか。差し出がましい真似をしてしまったようだね」

「とんでもございません! むしろ我々にとっては僥倖といわざるをえません!」


 慌ててそういうと兵士はアドラの前で膝をつく。


「元より我らはクーデター後にアドラ様を新たな王として迎えるつもりでした。一度は捨てた祖国へ果たして戻っていただけるものかと危惧しておりましたが、先ほどの弁舌を聞いて、それがただの杞憂であったと安堵しております」

「本当におれでいいのか? おまえたちの中から王を選んだほうがいいんじゃないか」

「それはあまりに恐れ多い。偉大なる魔力と民を想う御心。次の炎滅帝は貴方以外に考えられませぬ!」

「……買い被りだ。後で後悔するなよ」


 ――確かに、おれが王になったほうが周辺諸国への対応は楽か。


 正当性のない暴力で制圧した国家は長続きしないというのは歴史が証明している。

 もっともヴェルバルトを潰す気マンマンのアドラにはあまり関係ない話だが。


「先ほどもいったが、おれはこの国を滅ぼす気でいるぞ。民主化して国号が変わるか、魔王軍の一部になるかは今後の情勢次第だけど」

「時代の流れであると一同納得しております。我らは新たな炎滅帝に従うのみです」

「そうかい。では皆の期待に応えられるようせいぜい尽力してみるか」


 アドラは兵を立たせると、城内を案内するよう命じた。


 残るは炎滅帝ヴェルバーゼただ独り。

 時間もないので手短に済ませるのみだ。

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