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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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兄弟

「本当にお独りで良かったのですか?」

「ああ。こちらに敵意がないことを示さないといけないしな」


 バルザックに連れられてアドラは、今代のヴェルバルト王が陣取る野営地へと向かっていた。


「今のヴェルバルト王はイビルなのか」

「はい。500年ほど昔に即位されております」


 イビルはアドラの従兄弟いとこで比較的なじみが深い。文武両道で人当たりが良く、ヴェルバルト王としては妥当な人選だ。

 アドラとしても彼が相手なら交渉しやすい。直接ここまで来てくれたことは実にありがたい話だが……。


「王なのに反乱分子の始末に駆り出されるとはイビルもさぞ面白くないだろうな」

「それは仕方ありません。炎滅帝の命は絶対ですので……」


 王とは名ばかりで実質的な支配者は祖父のヴェルバーゼ。

 その辺は昔と変わりなしか。アドラはため息をつく。

 時代は進んでいるというのにヴェルバルトは昔と何も変わっていない。不変は良かれ悪しかれ……といいたいところだが、この国の場合は明らかに悪しだ。旧態依然とした国営では滅びを待つばかり。


「いつかイビルが国を変革してくれることに期待するか」


 ――優秀なあいつならどうにかしてくれるだろう。


 そういってアドラが笑うとバルザックは複雑そうな表情を浮かべる。


「先ほども申しましたが……アドラ様は、本当に国を継ぐ気はないのでしょうか?」

「なぜ? 王ならすでにいるじゃないか」


 アドラは肩をすくめていった。


「ですが本来、第一子の長子であるアドラ様が正当な王位継承者であるはずです」

「考え方が古い古い。血や年齢に関係なく優秀な人物が国民の信任を受けて国家を運営する。それが現代の国の在り方だよ」

「アドラ様のお考えは地上かぶれがすぎます」

「地上かぶれ大いに結構。今、世界で政治が一番発展しているのは大統領制を掲げるエクスシアだ。優れたものを真似ようとするのは当然の話さ」

「それは、そうかもしれませんが……」


 ――……少々話がくどいな。


 アドラはバルザックとの会話に違和感を覚える。

 城内での会話で価値観が違うということは十分理解したはずなのにまた蒸し返す。

 何となくだが誰かにいわされている感がある。

 昔なら何も考えずにニコニコしてただけだろうが、今は話し相手の発言の意図がどうしても気になる。


「どのみちおれは王の地位に興味はないよ。シュメイトク王代理も復興のために仕方なくやってるだけさ」

「御意」


 これは成長と呼ぶべきか。それとも単に疑い深くなっただけか。いずれにせよ言動には気をつけて損はないだろう。



                   ※



 ヴェルバルト軍が陣取る野営地は、アドラの予想よりずっと大規模だった。

 ずらりと並んだ天幕を見れば、本腰を入れてシュメイトクを陥とす気だったことが伺える。

 もう少し魔界に戻るのが遅かったらシュメイトクは本当に滅んでいたかもしれない。間一髪といったところだ。


 衛兵に脇を固められ陣内でも一際大きな天幕に通される。

 天幕の内には見知った魔族が座っていた。


「おひさしぶりです兄上!」


 アドラと同じく長身痩躯の白髪の優男。

 違うのは短髪であるということと氷炎結界を所有しておらず、美しいエメラルドグリーンの瞳をしているという点だけだ。


「すでにバルザックから報告は伺っております。ご無事で何よりです」


 現ヴェルバルト王、イビル・メノスはすぐさま立ち上がると満面の笑みを浮かべてアドラを歓待した。


「王よ、アドラ・メノスただいま戻りました」


 アドラが敬礼するとイビルは大慌てでそれを制する。


「そういうのはなしなし。昔と同じでいいですから」

「いえ、しかしそれは……」

「本来なら兄上がヴェルバルト王なんだ。タメ口でしゃべったって誰も文句なんかいいませんよ」


 イビルは昔からアドラのことを『兄上』と呼ぶ。

 二人とも兄弟姉妹がおらずアドラのほうが年上だったことで自然とそうなった。

 アドラもイビルのことを実の弟のように思っていた。


「臣下の手前それはよろしくありません。立場はハッキリさせておきませんと」

「いいからいいから。ホラおまえたちもさっさと出て行け。ひさしぶりの再会に水を差さないでくれないか」


 イビルが命じるとバルザックは神妙に頷き敬礼して、部下を引き連れて出て行った。

 天幕の中はアドラとイビルの二人きりになる。


「ほら、これで兄上も気兼ねなく話せるだろう?」

「せっかくおまえの顔を立ててやろうと思ったのに……そういうところはまったく変わってないんだな」


 言動には気をつけようと思っていたが、ここまでされてまだ敬語を貫こうとするのはかえって無礼だろう。

 臣下として接するのを諦めたアドラは昔と同じように弟と接することにした。


「兄上がメノス家を出奔して以降まったく音沙汰がなくて心配してましたけど、まさか魔王軍の四天王になって帰ってくるなんて夢にも思いませんでしたよ」

「おれも寝耳に水だよ。ルーファス様が直々にとりたてにきてね。殺されるんじゃないかと戦々恐々としながら馬車に乗ったさ。そしたらこの厚遇だよ、正直たまげたわ」


 アドラとイビル、実に1500年ぶりに兄弟二人きりで酒を飲み交わす。

 酒の味が分からないのはあい変わらずだが、ひさしぶりに弟と飲んでいると存外旨いような気がしてくるから不思議だ。


「メノス王家の正統後継者なんだから当然の待遇ではあるんですけどね。おかげであいつらは厄介な反乱軍を鎮圧して魔界統一を果たしたわけだし」

「いやそれは関係ない。魔王軍の戦力があればヴェルバルトも反乱軍も敵じゃない。おれは最初から地上侵略の尖兵としてとりたてられたんだ」

「ああ、それで真っ先に地上に……それで、地上はどうでしたか?」

「島国を建て直したり、ソロネやヴァーチェへ旅行に行ったり、まあ色々とあったけれど……細かく話すのはやめておくよ。じいさんみたいな大ホラ吹き野郎と思われるのがオチだしね」

「心外だなぁ。少なくとも私は兄上を信じますよ、私だけはねぇ」


 そういってイビルは愉快そうに笑った。


 再会した弟は昔とまるで変わっていなかった。

 フォメットのように王になって権力を得ると豹変する者もいるのだが、イビルの場合はむしろ謙虚になっているように思える。


 ――立派な王だ。


 実るほど頭を垂れる稲穂かな。

 アドラは優秀な弟の健在に安堵する。


 魔王軍の魔界統一によりいずれ王家を名乗ることは許されなくなるだろうが、それでも民やメノス家自体がなくなるわけではない。ヴェルバルト地方の命運はイビルが握っているといっていい。

 だが彼ならばきっと時代の激流を泳ぎきり、民や家を守ってくれることだろう。


「ひさしぶりに会ったけどおまえが王なら安心だ。メノス家は任せたぞ」

「私も兄上が変わっておらずに安心しました。メノス家を何卒よろしくお願いします」


 そういってイビルは深々と頭を下げた。

 アドラは困惑して頭を上げさせる。


「兄上は勘違いしておられるようですが、立場的にはすでに私なんぞより兄上のほうがはるかに上なのですよ。我らはすでに魔王軍の軍門に降っているわけですから」

「……それは表向きだけの話で、おまえたちは最初から魔王軍など認めちゃいないだろう。だから反乱軍のパトロンをやっていたわけで」

「そうですね。だからこそ、こうして人払いをさせてもらいました」


 イビルは姿勢を正すとアドラを真っ直ぐに見据える。


「単刀直入に伺います。兄上は炎滅帝になる気はないのですか?」


 弟から出た意外な質問にアドラの心臓は小さく跳ねた。


「炎滅帝はじいさんだろう。なぜそのようなことを訊く」

「正直なところ私はもう、御爺様にはついていけません」


 さもありなん。

 だがそれでも謀反を企てるなど祖父に従順な弟らしくない。

 それほど切迫した事態なのだろうか。


「アスタリオがダメならフォメット、フォメットがダメならその次。その度にやれ課税だやれ派兵だと顎でこき使われる。いい加減うんざりですよ!」

「イビル……」

「すでに魔王軍は魔界統一して地上制覇に乗りだそうとしているのにいつまでやる気なんですか。私だってこんな地の底でいつまでも小競り合いなどしていないで兄上のように華々しく地上に出たい!」


 アドラの地上進出は脅されたからであって決して華々しいものではないのだが、イビルは目を輝かせていった。


 ――やはり魔族にとって地上侵略は大望というわけか。


 昔は理解できなかったが今なら心の底からわかる。

 辛いことも悲しいこともたくさんあったが、地上はやはりこの世の楽園だったから。

 それがわかっただけでも地上に出た甲斐はあったといえるだろう。


「話はわかった。だがおれが炎滅帝になる必要はないだろう。おまえがクーデターを起こして政権を簒奪すればいいだけだ」

「それができれば苦労はないですよ。兵隊のほとんどは御爺様の手駒ですし、私の私兵は度重なる派兵で消耗しています」

「だからシュメイトクの戦力が欲しいと?」

「魔王軍第一指令部の有する戦力もです。この二つがあればヴェルバーゼ軍にも十分対抗できます」


 なるほどよく調べている。実に優秀だ。さすが数多くの継承権持ちの中から今代のヴェルバルト王に選ばれただけのことはある。


「その戦力を利用してじいさんを失脚させて、おまえを炎滅帝に据えるというのであれば……」

「それじゃ周囲が納得しませんよ。私はヴェルバルト王のままで構いません」

「だがおれには四天王の仕事がある」

「政務は私に任せて兼任すればいいだけの話です。ヴェルバルトが魔界のNo.2であるといういい宣伝になります」


 実はその魔王軍での地位も今はだいぶ怪しいとは今更いいにくい。


「だがおれは正直、あまり興味が……」

「兄上はヴェルバルト帝国の正統後継者であり二大王家の血をひく魔界最高の大悪魔です。兄上以外に炎滅帝を継げる者などおりません!」


 イビルは再び頭を下げた。

 確かに正論。ただでさえ大王の妾の子で、正当な王位継承者ではないと周囲から冷ややかな目で見られているであろう彼に、炎滅帝の地位まで奪い取れとは少々酷な話。新たな争いの火種にもなりかねない。

 誰もが納得する次代の炎滅帝はアドラ以外にいないであろう。


「どうかご決断を! 民のためにも、これ以上いたずらに戦渦を広げる前に!」


 アドラは眼を固く瞑る。


 たとえこの場を丸く収めることができたとしても、ヴェルバーゼは決して魔王軍打倒を諦めはしない。これからも歴史の裏で暗躍を続けることだろう。すべての禍根を断つには打倒するしかない。


 だがしかし――いくら不仲とはいえ実の祖父を失脚させるというのは、どうしてもアドラの良心が咎めた。


 どうにかヴェルバーゼを心変わりさせる方法はないものかと考えるが、頑固者の祖父がそう簡単に変わるはずもない。結局イビルの言葉が正しいという結論になる。


「……わかった」


 悩みに悩んだ末にアドラは口を開いた。

 従兄弟たちの手を汚さずヴェルバルト地方に住む民草を救うにはこれしかない。

 いつかどこかで誰かがやらねばならぬなら、最後の王族として自分が――



「少しの間で構わないなら、おれが次の炎滅帝になろう」

「とうとうその言葉を口にしたなッ!!!」



 イビルは嬉々として立ち上がると腰に提げていた剣を抜く。



「ヴェルバルト王として、謀反人アドラ・メノスをここで処断するッ!」



 天幕をぶち破り槍を持った兵士がアドラを囲む。

 どうも最初から外で待機していたようだ。

 こんな薄地の布に防音効果などあるはずもない。人払いなど無意味。会話の内容はすべて筒抜けだ。当然録音もされていることだろう。


 ――悪い予想が当たったな。


 仲の良かった弟の突然の豹変。

 だが不思議とそこまでショックはない。

 1500年という歳月はそこまで大きかったのだろうか。それとも地上でとても悲しいことがあったせいで感覚が麻痺してしまったのだろうか。

 だとしたら、それもまた悲しいことだとアドラは心の内で嘆いた。

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