祖国からの使者
シュメイトクの大通りを大勢の騎馬が闊歩する。
周辺住民を無闇に襲うような真似はしない。
きちんと統率された正規軍だ。
ならばこちらも相応に対応すべき。
アドラは馬から降りて現れた軍団の前に立ちはだかる。
「相応の地位に居る者とお見受けした。シュメイトクの支配者と話がしたい!」
長い髭をたくわえた老将だった。眼光は鋭く老いてなお盛んといわんばかりだ。
見知った顔だ。おかげで状況をだいたい理解した。
――ルウィードめ、こいつらの相手をさせるためにおれを城主に戻したな。
シュメイトクは大国ヴェルバルトの属国。戦力的にもけた違いで攻め込まれたらひとたまりもない。
つまりアドラはヴェルバルトとの交渉役としてルウィードに利用されたのだ。
大戦犯であるフォメットを殺していないのもヴェルバルトのご機嫌を損ねないためだろう。まったくもって馬鹿馬鹿しい。
「支配者ではないが、現在ここの最高責任者はおれだ。用件があるなら城にて伺おう」
だがそれでシュメイトクが救われるなら一向に構わない。
アドラはルウィードの思惑に喜んで乗ることにした。
「失礼だが貴殿のことは信用できん。よって馬上にて要求を告げさせてもらう!」
「呆けたかバルザック、おれのことが信用できんはないだろう」
「なぜ儂の名を……」
老将――バルザックは、いいかけてはっと目を見開く。
「その氷炎の双眸……もしやアドラ坊ちゃん!?」
「遅い。おれはすぐにおまえだと気づいたぞ」
バルザックは馬から降りて駆け寄ろうとするが、途中で顔を曇らせて立ち止まる。
「その様子だとヴェルバルトじゃおれは裏切り者扱いかい。それでも話を聞くぐらいはいいだろう。とりあえず城に来い、歓迎するぞ」
※
アドラはバルザックたちを城内に招き入れると天守閣の間に通した。
「現在復興中にて、たいしたもてなしもできずにもうしわけない」
「いえ……お構いなく」
バルザックは差し出された緑茶を一口飲むと、少しだけ頬を緩ませた。
「それにしてもアドラ坊ちゃん……しばらく見ないうちにご立派になられましたな。儂としたことが坊ちゃんだとすぐには気づきませんでした」
「立派になんかなっちゃいないさ。ただ少し変わらなきゃいけなくなっただけだ。そういうおまえは変わりなくて何よりだ」
ヴェルバルト軍大将バルザック・ブラッドレインは、1500年前と何ひとつ変わらぬ慈愛の眼差しでアドラを見ていた。
「トマル様ともどもシュメイトクへ左遷されてからずっと心配しておりましたが、杞憂だったようで何よりです」
「ああ左遷だったんだ。てっきり栄転だとばかり思ってたよ」
「ご冗談を。アドラ様はヴェルバルトの正当なる後継者であるにも関わらず、首都から遠ざけられたのですよ」
「少なくともおれにとってシュメイトクは首都より何万倍も価値ある国だ。歴史的に見ても実に興味深いしね」
「無欲なところは相変わらずですね」
「とんでもない。ただおまえたちとは価値観が違うだけさ」
二人は昔話に花を咲かせる。
バルザックはまったくいい思い出のないヴェルバルトにおいてアドラの数少ない知己だ。こうして再会できたことは素直に歓迎したい。
もっともそれだけで済むはずがないのだが……。
「積もる話はあるが互いに忙しい身。本題に移ろうか」
アドラが切り出すとバルザックは少し悩む素振りを見せ、そしてばつが悪そうに話を切りだした。
「単刀直入にいえば降伏勧告です」
ヴェルバーゼは今回のレジスタンスの蜂起を許さないということらしい。
従属するならば良し。さもなくば殲滅せよとのことだ。
「レジスタンスのリーダーを処刑し、新たな王を立てよとのご命令です。しかしまさかアドラ様がリーダーだったとは……」
「おれは一月前に帰ってきたばかりでレジスタンスとは無関係だけどな」
「えっ!?」
「なんで驚く。おれが魔王軍の仕事で地上に出てたことは当然知ってるだろう」
「た、確かに……」
「まあそれとは別におれ自身の処刑命令が出ていてもおかしくはないけどな」
「いえ、それは今のところは……」
――出ていないか。
当たり前か。そんなことをしたら魔王軍に表だって楯突くことになる。ヘタレのじいさんにそんな決断ができるわけがない。
「だったら話は早い。レジスタンスはすでに降伏してヴェルバルトに降った。当主代理は引き続きおれが務めるので新たな王は不要。上にはそう伝えればいい」
「はっ……しかし……」
「おまえの一存では決められない――だろ? おまえがここにいるということはヴェルバルト王も来ているはずだ。おれが直接交渉するからそっちの陣営に案内しろ」
そういってアドラはすくと立ち上がる。
いつまでもこのような些事に時間を取られている場合ではない。さっさと終わらせて次に向かおう。
 




