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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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国家崩壊

 ヴェルバルト荒原を難なく抜けてシュメイトクへとたどり着いたアドラは、その惨状に思わず眼を塞いだ。


 慎ましくも雅だった城下町が、見る影もないほど無惨に破壊し尽くされていた。


「……間に合わなかったか」


 すでに魔王軍と交戦したのだろう。

 たとえ四天王不在だろうと魔導兵器を所有する魔王軍と正面からぶつかり合えば勝てるはずもない。

 逃げた民が無事なことを祈るばかりだ。


「ルーファス様は約束を違えたか」


 アドラが従順である限り、シュメイトクには手を出さないという約束だが……すでに反故にされているであろうことは薄々予想はついていた。こちらもあまり強く非難できる立場にはない。

 だがそれでも裏切られたという思いは消えないし、故郷を蹂躙されたことに対する憤りも隠せない。


 ――どうやらガイアスさんとの約束は守れそうにないな。


 再び四天王として魔王城で再会することができれば最上と思っていたが、やはり袂を分かたねば……いや、ガイアスも今のルーファスには疑問を持っているはずだ。共に魔王軍に抵抗しようと説いて同意しないはずがない。


 決意を胸に瓦礫の海と化した町を歩くアドラ。

 しばらく進むと野太い声をかけられる。


「兄ちゃんいい身なりしてんな。身ぐるみ全部置いていきな」


 痩せた馬に乗った大男が五人。金銭を要求してくるということは盗賊団だろうか。

 確かに今着ている喪服はウリエルに見繕わせた地上産の最上級の絹製だが……。


「そんないい服着てるってことは、どこかいいとこの坊ちゃんかい?」


 盗賊団の中でも一番の大男が馬から降りてアドラの前に立つ。

 近くで見ると全身傷だらけで筋肉もずいぶんとついている。物腰もあまり素人らしくない。もしかしたら軍人あがりかもしれない。


「それともまさか魔王軍関係者ってことはねえよなぁ」

「……その質問には、今はイエスと答えるしかないな」


 アドラの言葉に先ほどまでへらへらと笑っていた盗賊たちの表情が固まった。

 自らの故郷を蹂躙した憎き相手。笑いながら話せるはずもない。


「そうかい。身ぐるみだけで許してやろうと思ったが、だったら生命も置いていってもらわなきゃいけねぇなぁ」

「あんたらには申し訳ないが、おれはまだ死ぬわけにはいかない。死ぬのはすべてが終わってからだ」


 アドラの次の言葉を待たずに大男は腰の剣を抜いた。

 刃はボロボロだが分厚い鉄板のような大剣。斬るのではなく叩き潰して殺すことを目的とした凶器が、アドラの脳天に無慈悲に振り下ろされる。


 しかし――当然ながら剣は 《炎滅結界》 により飴細工のように融けて蒸発した。


「失礼。結界を外すのを忘れていた」


 アドラは瞳に掌を当てて、氷炎結界を解除する。

 同時にすでに結界だけでは抑えつけることもままならぬほど禍々しく成長した 《抹殺の悪威》 が、外界へと吐き出された。


「魔王軍四天王筆頭として、あんたたちの憎しみをすべて受け止めよう」


 黒電はじける双眸に見据えられ、盗賊たちは恐怖で震え上がった。

 サタンの瘴気に怯えて生きてきた魔界の民が、アドラの本性を前にして無事でいられるはずがない。


 圧倒的な魔力。絶対的な暴力。否がおうにも破滅的な最期を予想させる。


 触れただけで大地を蝕むソレは、まさに具現化した死神だった。


「どうした来ないのか。あんたたちの怒りはその程度か?」


 アドラは一歩前へと進む。


「たとえその先に破滅が待ち受けていようとも! 最期の瞬間まで強者に抗い続ける! その覚悟をもっておれの前に立ちはだかったんじゃないのか!?」


 アドラが激情にかられて叫んだ。

 盗賊たちは恐怖のあまり足が竦み逃げ出すことすらできない。乗っていた馬はすでに泡を吹いて気絶している。


「……結局その程度か」


 盗賊たちから戦意が失われたと確信すると、アドラはため息をついてから結界を張り直した。

 ただの追いはぎにそれほどの覚悟を求めるのは酷というものか。


「そこを通らせてもらうよ。悪いけどあんたたちに関わっている時間はないんだ」


 動くこともままならぬ盗賊たちの間をすり抜けてアドラは前へと進む。

 目的地はトマル城。恐らく城を占拠しているであろう魔王軍の幹部と話をつけなければならない。場合によっては武力行使も視野に入れてだ。


「おまえたち何をやってる!!」


 しかしそう易々とアドラを城に向かせてはくれないらしい。

 盗賊たちを退けた次は鎧武者の軍団だ。騎馬も上等で彼らの位の高さがうかがえた。


「強奪は許さんと伝えただろう! あまり目に余るようなら罰するよ!」


 先頭に立つ武者は、長い赤髪を風にたなびかせる見目麗しい小柄な少女。肩に大きな長刀を背負っている。

 どこかで見た顔だが思い出せない。さすがのアドラも魔族の顔をすべて覚えているわけではない。

 だがすぐに思い出せない程度の顔ということは、少なくとも魔王軍の幹部クラスではないだろう。ならば用はない。


「どいてもらえませんか。邪魔なんで」


 少し苛立ちながらつぶやくと、赤髪の少女はきっぷよく笑う。


「あたいの後ろにいる軍勢が見えないのかい?」

「見えてますよ。だから何なんですか」

「あんた面白い奴だね。いいね気に入ったよ。うちに来な、可愛がってやるよ」

「そうですか。おれは気に入らないので行きません」


 アドラが興味なさげにいうと少女は長刀をアドラの首筋に突きつけた。


「悪いけど部外者は一旦うちらが預かる決まりなんだ」

「おれの顔を知らないってことは部外者はあんたらの方なんだけどな」


 アドラは長刀を無造作に掴むと少女ごと後ろに放り投げた。

 同時に他の武者たちに槍を突きつけられるが、突きつけられた瞬間にすべてへし折ってやる。

 先ほどの盗賊とは違って殺気がないのでそう悪い連中ではないだろう。ほどほどに叩きのめしてから城へと向かう。


「おまえら待ちな! そいつはあたいの獲物だよっ!!」


 先ほど投げ飛ばした少女が背後から声を荒げた。

 長刀を持ったまま綺麗に着地したらしく鎧には土埃ひとつない。まあまあの実力だ。いや、もう少し見てみないことにはわからないか。


「あたいを投げ飛ばしたからにゃもう穏便にゃ済まさねえぞ」

「こっちは出来る限り穏便に済ませたいんですがね」


 少女が長刀を構えて魔力を解放する。

 アドラは面倒なので構えもしない。

 戦闘態勢に入った時点でだいたいの実力を把握した。

 戦うまでもない相手だ。適当にあしらって先を急ぐ。



「おまえたちやめろッ!!!」



 アドラが少女を傷つけずにこの場を制する方法を考えていると、ようやく聞き覚えのある年老いた木人の声を聞くことができた。



「アドラ様! 戻ってきておられたのですか!」



 声をかけてくれたのはルウィードだった。相変わらず紋付き袴がよく似合う。


「ルウィードさんこそ! お元気そうで何よりですっ!」


 顔見知りの部下が健在でアドラは嬉しさのあまり声が弾んでしまう。

 駆け寄ってきたルウィードを思わず抱き締めてしまった。


「風の噂で、魔王軍の尖兵として地上に送られたとお聞きしておりましたが……」

「それが終わって今、こうして帰ってきたところだよ!」

「おお、そうですか! 勇者どもに殺されてはいないかと心配しておりましたが、ご無事で何よりです!」

「ははっ、そう易々とやられはしないさ。そっちは無事じゃなさそうだけどね」


 アドラがそういうと、ルウィードはばつが悪そうに顔を背けた。


「教えてくれ。いったい何があったんだ?」

「そ、それは……」

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