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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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黄泉比良坂

 黄泉比良坂よもつひらさか

 教皇ウリエル曰く生と死の境界線。黄泉の国へと続く坂道。

 エルエリオンに八つある冥道のひとつに数えられるそれが、ここマド地方に存在していた。


「……で、この坂がどうやったら魔界に繋がるんだ?」


 しめ縄で区切られた坂道の前で、アドラはウリエルに疑わしい視線を向ける。

 彼女に魔界に向かう方法を訊いてここに来たわけだが……現状は胡散臭さが半端ない。


「それは単純に魔界がこの世とあの世の中間に存在しているからです。地獄の閻魔のご子息であるあなた様なら、当然ご理解なされているものとばかり思っていましたが」

「いやそれは勿論わかってるけど、ただの山道じゃんこれ。しかもあまり高くもない。これ上がってもたどり着くのは山頂だよね?」

「そこまで上がってもらっては困ります。黄泉の国にたどり着いてしまいますから。途中で外れていただかねば」

「魔界って地下にあるのよ。地獄もそうだけど。黄泉がどうだか知らないけど、向かう方向真逆だよね?」

「そう申されましても……事実としてこの坂を利用して魔界に移住した者たちが過去おりますので」

「おれは原理の話をしてんのよ。下がらなきゃいけないはずなのにどうして上がるんだって訊いてるの」

「そう申されましても……私が所有しているのは神の智慧のみでして、魔術的な理屈についてあまり詳しくは……」

「あんた魔術師の国の教皇だろ!」

「そう申されましても……私、魔術師ではなく元戦士でして」

「『そう申されましても』はもういい!」

「そう申されましても……」


 ウリエルはもうしわけなさげに頭を下げた。

 そういえばサタンとの戦いの時も武術ばかりで、魔術は魔道具に内蔵されているものしか使っていなかった。

 どうせ教皇になれば魔術が使えなくなるのだから、魔に疎い者が選ばれるのはまったくおかしくはないのだが……知的そうな外見に騙されていたらしい。


「ガイアスさんはどう思いますか?」


 ウリエルが頼りにならないとわかったアドラは、今度は隣のガイアスに訊ねる。


「俺の専門は攻撃魔術だから訊かれてもわからんぞ」

「ですよねぇ……」

「だがまあ、霊験あらたかな場所だってことぐらいはわかるわ。とりあえず行ってみてダメなら帰ってくりゃいいだろ」


 ――ごもっとも。


 アドラはガイアスに同意する。


「それじゃあ、おれとガイアスさんは魔界に戻って魔王軍の地上侵略を止めてくる。ウリエルは来るべき戦に向けて戦力増強に努めてくれ」

「御意」


 ウリエルが臣下の礼をする。

 アドラは彼女から目を切り結界の前に立つ。


「というわけで……留守の番は頼みますよ、サーニャさん」

「アイアイサー。連中が何か不審な行動を取るようであれば、余すことなくアドラ様にチクりますですデス」

「そういうことはわざわざ口に出していわなくていいから……」


 マドを信用していないわけでは決してないとウリエルに念を押してから、アドラは封印結界であるしめ縄を外して黄泉比良坂に足を踏み入れる。

 地獄に似た懐かしい空気を感じつつ足を前に進めようとした時、背後からウリエルに声をかけられた。


「アドラ様は本当に魔界の地上侵略をお止めになられるつもりですか?」

「ああそうだ。侵略など良いことではない。当然だろう」


 アドラはぶっきらぼうに答えた。

 ウリエルはすでに自らの従僕。敬語は使わない。


「ミーザルは強大、そしてサタンはもっと強大です。あの人類悪が復活する前にグロリアを占拠し包囲網を敷くには、戦力はいくらあっても困りはしません」

「……何がいいたい?」

「地上侵略を企むというその魔王軍、グロリアにぶつけてみてはいかがでしょうか」


 アドラは彼女の進言に賛も否も示さなかった。

 その計画は常に彼の中に『最後の手段』として存在していたからだ。


「考慮する」


 一言そう告げてから、アドラはウリエルに背を向けた。



                   ※



 アドラは深い霧に覆われた緩い坂をガイアスと共に上がり続ける。

 何の変哲もない場所かと思ったが、こうして歩いていると特殊な魔力のようなものが発生しているのを感じる。

 サタンがマド地方に侵攻した際、住民たちが黄泉比良坂を通って魔界に逃げたというエピソードはどうやら嘘ではなさそうだ。


 ――父さんなら、もっと色んなものが視えるんだろうけどな。


 霊感ゼロのアドラには残念ながら幽霊やら運命やらといった不可視のモノを視ることはできない。

 この瞳に映るのはきちんとした形のあるものだけだ。

 だからいつの間にかガイアスの横を歩いている女性も幽霊ではない……はずだ。


「私に何かご用でしょうか?」


 チャイーナドレスに身を包んだ絶世の美女。

 そして何より胸がでかい。はりつめたドレスが今にも破れんばかりだ。

 これほどの巨乳を見たのは生まれて初めてかもしれない。意識しないようにしてもどうしても何度も見てしまう。


 女性の胸は慎ましやかであるほうが好ましいと常々思っているアドラだが、それは理性が制しているだけで、本能の方はそうではないらしい。

 最近婚約したオルガンも彼女ほどではないが巨乳だということを考えると本来の性癖は真逆だと考えるべきだろうか。いやいや胸に貴賎などあるはずがない。本来の機能が備わっていればすべて慶びをもって受け入れて然るべき……って今はそんなことはどうでもいい、誰やねん彼女は。


「ガイアスさん……そこの女性、どちら様です?」

「俺の嫁」



 ――よ、よ、嫁ぇェ!?



 アドラは顎が外れんばかりに驚いた。



「ご結婚なされてたんですかァ?」

「ああ。式は挙げてないが昨日な」



 ――き、き、昨日ぅゥ!?



 アドラは外れた顎を戻してからもう一度驚いた。



「モモ師匠に紹介されて、舞踏会の時に知り合ったんだ」

「 《黒死の一三翼》 が一翼 “破壊する者” ルイン・デストラクションと申します。以後お見知りおきを」



 ――暗殺者じゃねえかッ!!



 アドラは呆れて天を仰いだ。

 ちょっと前に会ったばかりの暗殺者と昨日結婚したってどういうことよ。

 絶対おっぱいだけで選んだだろこのエロ狼。


「ガイアスさんが破天荒なのは知ってますけど、結婚相手ぐらいもうちょっとぐらい考えてから選んでくださいよ……」

「十分考えたさ。考えた結果、あいつが俺の『旅』の行く末をもっとも近くで見届けられる場所はここしかないと判断した」


 ガイアスが一瞥するとルインは頬をうっすらと赤く染める。


「魔導の麓にて永遠にも等しい刻を共有し、私はガイアス様の生き様にすっかり魅せられてしまいました。何も捨てずに誰よりも高みへ向わんとするその意志は、強欲なれど黄金よりも気高く美しい。世界最強などというちっぽけな目標より、はるかに険しき道をあえて選んだこの御方を、私は一番近くで支えていきたいのです」


 事情を知らないアドラにはルインが何を言ってるのかサッパリだったが、ガイアスのことだからいつも通りケンカして分かり合ったのだろう。


 だったら似た者同士ということで……まあ、いいか。お似合いのカップルだ。

 キュリオテス関係者はシンプルで羨ましい。


「詳細はわからないですけど、要するに彼女を倒してゲットしたんですね」

「いや負けた」

「えっ?」

「しかもボロ負け」

「マ、マジですかぁ!?」

「ああ。どちらかといえば俺がゲットされた側だろうな」


 あのガイアスが手も足も出ずに完敗した。

 衝撃の事実を聞いたアドラは、慌てふためきながらルインに頭を下げる。


「無礼な発言、失礼いたしました! ご結婚おめでとうございます姐さん!」


 アドラは長いものには巻かれる神だった。


「すごい戦力が加わりましたねガイアスさん! これからの戦いのことを考えたら心強いことこのうえありませんよっ!!」

「興奮してるところ悪いが、こいつをあまり戦力として計算しないでくれ」

「なんでですか。ガイアスさんよりお強いんでしょう?」

現世こっちじゃ一分間だけな」


 ルインがいうには身体と精神を弄りすぎたせいで現実世界では最大五時間稼動、全力マックス稼働オペレーションはたったの一分だけらしい。稼働時間が過ぎるとエネルギー切れでその場でスリープモードに移行するそうな。ロボットかよ。


「はぁ……そんなんでよく暗殺者が務まりますね」

「ターゲットを魔導の麓に引きずり込めば一分でもお釣りが来るからな。兵士としては欠陥もいいところだが、こいつは趣味で超人になりたかっただけらしいからなぁ……」


 二人がルインの方を見ると、彼女はなぜか照れくさそうに笑った。


「本当はもっと稼働時間を削ろうと思っていたのですが、それだとガイアス様のお側にいる時間が減ってしまいますので……現在調整の真っ最中です」


 アドラが今まで彼女の存在を知らなかったのは、調整のために活動を停止していたからだそうな。

 マジで機械みたいな女性だなオイ。


「ああそれと、ひとつだけ訂正をお願いします。私は暗殺者ではございません。聖下の命によりお客様のお身体に改造を施すだけの改造屋カスタムストアですので」

「適当に聞き流せ。こいつの『改造』はぶっ殺すのとほぼ一緒だ。しかもこっちの都合お構いなし。まったく迷惑極まりねぇ女だよ」

「ですが、ガイアス様以外のお客には概ねご満足していただけていますよ?」

「そりゃ肉体を気にしなけりゃ万能の超人にしてもらえるし、魂のほうもテメーの都合に合わせて改造しちまうからなぁ。殺し屋の自覚がねえところが実に厄介だ」

「ご無体な評価です。むしろ人としての死を超越させてあげているというのに……」


 アドラにディープな魔術の世界はよくわからないが、ルインが頭のヤバすぎる女性だということは十二分に理解できた。

 彼女のことは旦那さんに任せ、自分は極力関わらないようにしよう。くわばらくわばら。


 ルインの身の毛もよだつ話を聞いている内に、アドラたちは黄泉比良坂の行き止まりまでたどり着いた。

 細い獣道が術札を貼り付けた大岩で塞がれている。

 ここがウリエルのいう死者の国――黄泉への入り口だろう。誤って先に進まないよう封印がなされている。


「この岩ぶっ壊して、黄泉にいるっつう女神様に会いに行くのも楽しそうだが、そのブサイクなツラを見られて逆ギレされるのも怖ええし、寄り道はやめておくか」


 ガイアスはそういってから道を外れ、暗い森の中へと躊躇なく入っていく。

 彼の鋭い嗅覚が魔界への道筋を感じとっているのだろう。


 アドラたちは、はぐれないようすぐにガイアスの後をついていく。

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