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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第4章 魔界の覇王 Devil Overlord
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半年前――マド地方の首都サーモスにて

 サーモス=イル。


 マド地方の首都である魔導都市。

 人口は非常に少なく、首都人口第三位であるグロリアの更に半分以下だが、それは住民の半数が選び抜かれたエリート魔術師だからである。


 都内では明確な格差が存在しており、魔術師を頂点とし、それ以外の業種は彼らに従わなければならない。

 もちろん魔術師間にも格差が存在しており、日々激しい競争が繰り広げられている。


 このエルエリオンで最も『魔』に近い場所。

 何も知らぬ者からすれば主神の信仰薄き忌むべき土地。消え去ることが世のため人のためだと考えるだろう。

 だがこの世に意味なく存在するモノなど何ひとつとしてない。


 魔に近いということは、ここが魔に対する最前線でもあるということでもある。


 占星術による未来予知。高等魔術の研究。魔導兵器の開発。

 様々な『邪な手段』を用いてマド地方は今日まで世界の危機を回避してきた。

 サタンの世界征服が遅々として進まないもっとも大きな要因が、彼らの暗躍のおかげであるといっても過言ではない。

 神への祈りだけでは人類は生き残れないのだ。


「――ですが、我々とてしょせんはか弱き人間。どれだけ研鑽を重ねようともやはり限界というものがあります」


 ウリエルは墓前で祈りを捧げていたアドラにそう告げる。


「封印など一時の気休め。世界中にバラ撒かれたサタンの汚染はこれからも広がり続けることでしょう。それに対抗するためにも、我々には大地へと還った主神ラースに代わる新たな神が必要なのです」


 アドラは祈ることをやめてウリエルの方に向き直る。


「グロリア都警察に追われていたおれたちを拾ってくれて、マド地方に亡命させてくれたことには感謝いたします。ですが、今は少し放っておいてくれませんか」


 アドラの瞳には明らかな拒絶の色があった。

 それに気づいたウリエルは頷き謝罪し、静かにその場を立ち去った。


 静寂が訪れると、アドラは墓標に刻まれた文字を見る。



『リドル・ネーヤ ここに眠る』



 そこにはかつて親友と呼んだ暗殺者の名が刻まれていた。

 逃亡者の身の上では、マド地方の共同墓地に彼の亡骸を弔うしかなかったのだ。


 だがこんな場所に彼の墓を立てるのはどう考えても間違っている。

 彼を愛する故郷の地に戻さねばならない。

 いつか必ず。どんな手段を用いてでも。


 今のアドラの思考を占めるのはその一点のみだ。



 ウリエルが去った後も変わらず墓前に立ち尽くすアドラ。

 そしてそれを遠巻き眺める者たちがいた。


 ガイアスとモモだ。

 

 彼らもまたウリエルに拾われてマド地方に亡命していたのだ。


「師匠……前にみたいにあいつを蹴り飛ばしてきてくれよ。さすがに時間の無駄だわ」

「馬鹿をいえ。妾とて生命は惜しい」

「あんたならどうにかなるだろ。つうかどうとでもできるってこの前いってたじゃねえか」

「ここに来る前ならな。今のあやつは別人かと思うほどに成長しておるよ。身の毛がよだつほどに禍々しく、どこかの誰かさんの目論見通りにな」


 そういってモモが後ろから笑顔でやってきた「どこかの誰かさん」に嫌みをいう。


「おいルージィ……ウリエルと結託してサタンをハメる気だったのなら、最初から妾に伝えておけ。妾たちは夫婦だったのではないのか?」

「伝えられるわけないでしょう。あなたの口は気球で吊り上げてるんじゃないかと疑うほど果てしなく軽いんですから。こっちはただでさえ二重スパイで神経使ってるのに不安の種は増やせませんよ」


 ルージィはおどけるように首をすくめてみせた。

 アドラ渾身の魔術を受けてもまったくの無傷。その涼しげな顔からは彼の心中を察することはできない。


「どうやってグロリアまで来た?」

「天使の血管路を通ればあっという間ですよ。あなたがたが遠回りしすぎなんです」

「よく海賊に殺されずにすんだな。あそこは海賊でも魔王クラスが平然といるぞ」

「私のボロ小舟を狙うほど海賊も暇じゃないってことですかね」

「……まあいい。サタンの魂を封印できたのだから結果オーライとしておこう」

「でもそう長くは持たない。違いますか?」


 ルージィの質問にモモは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「妾が存命の内は意地でも出さんわ」

「無理ですね。結界の知識についてはサタンのほうが一枚上手だ。封印術のエキスパートだったレイチェルですら出来なかったことがあなたにできるはずがない。まっ……三年も持てば御の字ってところでしょう」

「ハッキリいうな。気に食わん」

「自分だって内心そう思ってるくせに変な強がりはやめましょう。ですが、これが人類にとって大きなアドバンテージであることは間違いありません。ちょろちょろと煩わしく動き続けていたサタンが完全に沈黙している内にこちら側の体勢を整えましょう」


 そういうとルージィは、墓前にいるアドラの所へズカズカと歩いていく。


「そんなわけなんで、いつまでも感傷に浸っているヒマなんてありませんよ」


 アドラは軽薄そうな愛想笑いを顔に張り付けてやってきたルージィの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「殺したければお好きにどうぞ。あなたの憎悪がサタンを討つ刃になるというのであれば、私は喜んでこの生命を差し出しましょう」

「……」

「正直なところ、私はあなたが死神と化して世界を滅ぼす分には一向に構わないと思っているんですよ?」

「……」

「でもまあ、それじゃお困りになる方々もたくさんいるでしょうし、あなたもそれは不本意だろうなあと思いましてね」

「……あんたは、いったい誰の味方だ?」

「私はサタンの敵です。ただそれだけです」


 アドラは胸ぐらから手を離すと、ルージィを激しくにらみつける。


「用件をいえ」

「まったく……顔を合わせる度にいちいち怒らないでくださいよ。そんなんじゃ成立する会話も成立しませんよ」

「いいから用件をいえ!」

「先ほどシルヴェンさんが重体で病院に運ばれていきましたよ。旦那なら見舞いのひとつでも行くべきでは?」


 その言葉にアドラは血相を変える。


「そういうことはもっと早くいえッ!」

「アドラさんがいわせなかったんじゃないですか……」


 ルージィの次の言葉を待たずにアドラは駆け出した。

 だがすぐに大事なことに気づいてトンボ返りしてくる。


「いったいどこに収容されたんだ!?」

「サーモス中央魔導病院です。それと、あなたここじゃ不審者丸出しなんでウリエル聖下に取り計らってもらったほうがいいですよ」

「そういうことはもっと早くいえッ!」

「アドラさんが聞く耳を持たなかったんじゃないですか……」


 混乱しながらも、アドラはルージィの言葉に従いウリエルの許へと向かった。

 リドルの死だけでも胸が張り裂けそうなほどに辛いのに、これ以上大事な人を失うわけにはいかない。

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