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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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愚かで哀れで意味のある結末

 多少の軌道修正こそあれ、計画はほぼ完璧だったといえるだろう。


 アドラの窮地を救いだし暗殺予定地へと誘う。

 つつがなく始末した後は廃屋ごと死体とナイフを消却処分する。

 こんな田舎の片隅なら何が起きても大事になることはない。

 せいぜい暇を持て余している老人たちの噂話の種になる程度だ。


 サタンすら利用したリドルのマーダートラップ。

 狙われた者は何人たりとも生き残れない。

 無論アドラとて例外ではない。


 だが事に至る直前にしてリドルは悔やむ。



 ――『あまりにも完璧がすぎた』と。



 念入りに打ち合わせをしてから計画を実行するなんて今思えばどうかしている。

 適当に独りで現場に向かい、その場の状況に応じて臨機応変に殺るのが、リドルの殺し屋としての流儀だったはずなのに。

 いくら相手が大物とはいえあまりにらしくない。


 だが今さら悔いても仕方がないし、どのみち勝つのは自分に決まっている。

 今までも、そしてこれからも。


 リドルは気を取り直してアドラめがけて必殺の一撃を放つ。



 振り下ろしたナイフは予定通りアドラの眉間を正確に捉えた。


 捉えたはずだった。


 しかしその漆黒の刃がアドラの脳を破壊することはなかった。



 ナイフを握っていた手が、何者かの銃撃によって吹き飛んでいたからだ。



「――お見事。この勝負、リドルくんの勝ちだ」



 部屋のドアの端に背を預けたまま、髭をたくわえた男はぼそりとそう告げた。


「だがもうしわけない。今、彼に死なれては私が困るのでね」


 元 《黒死の一三翼》 “持たざる者” ルージィ・マレアニトは、硝煙消えぬ銃口を今度はリドルの眉間へと向ける。


「……師匠せんせい、なぜぼくの邪魔をするんですか」


 リドルは声にあらんばかりの憎しみを篭めて尋ねる。


「訊くだけ無意味ですよ。あなたらしくもない」


 ルージィは、無表情のまま彼の質問を拒絶した。


「殺し屋は無縁。殺し屋は無情。殺し屋は無視。誰も信用するなと教えたし、教えるまでもなくあなたはそれを理解していたはずなのに」

「それでもぼくは、あなたのことは信頼していた!」


 リドルの憤怒をルージィは冷ややかに嘲笑う。


「 “持たざる者” 失格ですね。あなたはあまりに多くのモノを持ちすぎた」

「だとしたら何だというんですか。あなたたちが勝手につけた渾名でしょう」

「うらやましい。嫉妬で気が狂いそうだ」


 ルージィは引き金を引いた。

 しかし何度引いても銃から弾丸が発射されることはなかった。


「ジャムりましたか。これだからヴァーチェ製の粗悪品は嫌いなんですよ」

「そちらこそ理解していたはずでしょう。ぼくには悪運がついていると!」


 リドルは残った腕で懐から拳銃を抜いた。


「計画に変更はない! ぼくは死ぬまで奪い続ける!!」

「そうですか。では最期はご自身の手で」


 拳銃をルージィの顔面につきつけ、リドルは迷うことなく引き金を引く。



 だがその直前――見えない力に腕を掴まれ、銃口を自らの胸に押しつけられたのだ。



「……なんですかその力。あなたのほうが色々と持ってるじゃないですか」

「しょせんは借り物の力ですよ。あなたのナイフと一緒だ。私自身には本当に何もありません」


 ルージィの 《神の見えざる手》 によって強制的に射線を変えられた弾丸は、リドルの胸を無慈悲に貫いていた。


「あなたは “持たざる者” ではなかった。人らしい感情を持った、ごく普通の人間として死ねる。この上ない幸福だ」


 リドルが力なく倒れ伏すと、ルージィは使えない拳銃を放り捨てて、アドラに向かって爽やかな笑顔を向けた。


「いやぁ、危なかったですねぇアドラさん! もうちょっとでリドルくんに殺されているところでしたよ! さあ早く逃げましょう、この家は 《抹殺の悪威》 の汚染対策で聖術的処理を――――」



 話しきる前に、ルージィの身体はアドラ渾身の空牙によって、室外へと吹き飛んでいた。



「リドルくん、気をしっかり!!」



 事態をまるで飲み込めていないアドラは、それでも血相を変えて倒れたリドルの元へと駆け寄る。


「だいじょうぶ傷は浅い! すぐにお医者さんに看てもらえば――――ッ!」

「……浅いわけがないでしょう。誰がどうみたって致命傷ですよ」


 血塗れの胸を押さえながら、リドルは自らの現状を冷静に判断していた。

 これは誰が何をどうしようと絶対に助からない。あと数分の内に確実な死が待っていると。


「最期だから白状しますがね、ぼくはグロリアから派遣された暗殺者なんですよ。汽車であなたを襲った車掌、実はぼくなんです」

「そんな……でも、それは、仕事でしかたなくだろッ!」

「いいえ。ミカエルから依頼されたのは事実ですが、間違いなく自分の意志でやったことです」

「どうして!?」

「気に食わないんですよねぇ……『英雄』って奴がさぁ!」


 遠ざかる意識を果てなき憎悪を繋ぎ止め、リドルは末期の笑みを浮かべてみせる。


「力! 地位! 名誉! 尊敬! あんたらは何もかもを持っていて、それを他人に分け与える余裕さえある! 赦せないでしょうそんなの! ぼくは何ももっていないのにッ! 日陰者としてひっそりと生涯を終えるしかないっていうのに!!」



 ――だから! この世界は平等に、平坦であるべきなんだっ!!!



 血反吐を吐きながらリドルは叫んだ。

 最期の最後に自らのすべてを吐き出してから消え去りたいと。

 たとえ強者の力の前に敗北しようとも精神だけは決して屈しはしない。


「醜い嫉妬だと罵りたければいくらでも罵るがいい! 無い物ねだりだと嘲りたいなら好きにしろ! それでもぼくはあんたらを憎むことを決してやめない! この世のすべての人間が褒め讃えようがぼくはあんたらを赦さない! どれだけ哀れまれようが、どれほどの責め苦を受けようが、地獄の底からでも呪い続けてやる!」



 理屈を無視した強烈な怨念。

 口先だけではない本物の悪意。

 善悪を超越した純粋なる怒り。



 リドルの内に溜まった憎しみを真正面からぶつけられたアドラは激しく焦燥し、狼狽し、だが最後にはまぶたを閉じて、何度も大きく首を横に振った。



「リドルくん……君は間違っている」

「ああ間違っているともよ。だから正しい英雄どもと永遠に敵対し続けるのさ」

「間違っているのはおれへの認識のほうだ。おれは英雄なんかじゃない」

「謙遜は不要さ。ぼくから見たあんたは紛れもなく人類の英雄だ」

「おれは常闇の女神の子だよ。常識的に考えて英雄なんかになれるはずがないだろ。ミカエルからおれのこと聞いてるならわかるはずだ」

「でも、あんたは聖王からソロネ王に……」

「サタン討伐のために都合良く使われているだけさ。エリ自身はそう思っていないかもしれないが人類単位で認められることなんて天地がひっくり返ったってありえない」

「いや……しかし……」

「断言するよ。君が生涯日陰者だとするならば、おれも一緒……いやそれ以下だ。正体を聞かされてから今まで、死ぬことを考えなかった日なんて一度もないよ」

「……」

「おれたちは親友になれるはずだろッ!!!」


 リドルは虚ろな視線を泳がせながら、少し考えるような素振りを見せる。


 そして、


「……あれ? なんでぼくはアドラさんを殺そうと思ったんだっけ」


 まるで憑き物が落ちたかのような純粋無垢な顔でそう訊き返した。

 アドラは茫漠の涙を流しながらリドルを抱き抱える。


「旅行に行こうよリドルくん! その傷が治ったらさ! 君はヴァーチェの素敵な場所をたくさん知ってるんだろっ!!」

「ええ……そうですね……行きましょうか旅行に。これまでのお詫びも兼ねて……」

「その意気だ! 今すぐ医者を呼ぶから、それまでどうにか――ッ!!」

「ああ……でも眠いや。話の続きは、また今度に……」

「ダメだ寝るな! 寝るなリドル!! まだ話したいことがたくさんあるんだッ!!」

「ふふ、きっと楽しい旅になる……生まれてはじめてできた、ぼくの――――……」



 リドルの腕から力が抜けた。

 その瞳から生命の光が消える。

 アドラの慟哭が部屋に木霊する。



 哀れな愚者の虚しい物語は、その愚かしさに相応しい幕引きを迎えることとなった。



 だが彼の最期は、愚かではあれど決して無意味ではない。

 その死はアドラという死神の物語に、大いなる変化を与えることとなる。

 そしてそれは近い将来、神なきこの時代を激震させることだろう。



 この世に軽んじていいことなど何ひとつとしてない。

 ただの凡人が世界を変える瞬間ことも確かにあるのだから。

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