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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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いつまでも健やかに

 道路封鎖がかかる前にグロリアからの脱出に成功したリドルは、市を二つほど跨いでストゥーピドという名の田舎町へとたどり着いた。


「ひとまず、ここでほとぼりをさましますか」


 まるで廃屋のような家の前で車を停めて隠す。

 アドラは恐る恐ると周囲を見渡した。


「ここはどこ?」

「ぼくの秘密基地ですよ。立地が悪くて買い手がつかなかった物件を安く買い叩いたんです」

「その割にはあまり手入れされてないように見えるけど」

「そらこんなド田舎だし、駅からも遠くて首都へのアクセスも悪いし、年中むし暑いくせに日当たりすらよくない。買ったはいいものの滅多に使いませんからね」

「なんで買ったの、そんな物件……」

「だから安かったからですよ。ぼくもそこまで懐に余裕があるわけじゃないですし」

「いやそうじゃなくて、何の役にも立たない物件を持っている意味が……」

「今こうして役に立ってるじゃないですか! 隠れ家としては最高でしょう!?」


 確かに秘密基地は男のロマンだが……いや、これ以上は何もいうまい。

 アドラはリドルに促されるまま自称秘密基地の中へと入る。


 意外なことに家の内装はそこまで悪くはなかった。

 とりあえず歩いても床が軋むようなことはないし、壁には安物だろうが絵画も飾ってある。ただ、それ以外に特筆するようなものは何もないのだが……。


「リドルくんはここで何をしてるの?」

「仕事帰りにたまに来て虚無と徒労を感じてからすぐ帰ります」

「それ楽しいの?」

「いやぜんぜん」


 ――やっぱ変人だこの人。


 いや、逆につまらないことを正しくつまらないと感じる、正常な人間だと思うべきなのだろうか。

 リドルの奇行にわずかな違和感を感じつつも、そこまで気にすることなく、言われるがままに客室へと通される。


 狭く無機質な部屋には質素なシングルベッド。木製の机にはフルーツバスケットと安物のナイフが一本置いてある。


「今夜はそこで休んでください。明日になったら医者を呼びますから」


 リドルがランプに灯をつけながらいうが、アドラはそれを固辞する。

《抹殺の悪威》 でつけられた傷が医者などに治せるわけがない。とはいえ時間さえあればいつも通りすぐ回復するだろう。


「確かに医者なんて信用できませんしね。他の手だてを考えますか」

「大丈夫。おれは魔族だからこの程度なら勝手に治……」


 会話の最中に突然めまいを感じてアドラはよろけた。

 リドルが慌てて身体を支える。


「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃないですか!」

「はは……どうもそうみたいね」


 生まれて初めて感じる体調不良にアドラは大きく戸惑う。

 サタンから受けた攻撃はたったの一撃だけ。

 にも関わらず未だ身体の芯に残るこのダメージ。悔しいが格の違いを感じざるをえない。


 ――今のおれじゃ、どう足掻いてもあいつには勝てない。


 恐らくはエリと二人がかりでも無理だろう。

 人類悪は停滞などしていない。一万二千年前よりはるかに強く禍々しく進化を遂げている。あまり知りたくはなかった現実だ。


 ――でも、ここに来て良かった。


 過程はどうであれ、結果的にはサタンの再封印に貢献できた。

 人類に再び時間は与えられたのだ。


 ――この猶予、決して無駄にはしない。


 サタンが封印を解く間に対抗手段を考えなければならない。

 今度は人類の総力を結集してだ。


「不甲斐ないなぁ。女神の子っていっても所詮こんなものだよ」

「と、とにかく横になってください!」


 リドルはアドラをベッドに寝かせるとバスケットからリンゴを手に取る。

 

「リンゴでも剥きますよ」

「何から何までもうしわけない」


 机に置いてあったナイフを掴み、掌の上でくるりと回す。

 見たところ果物用ではないが、リドルの慣れた手つきを見るに、皮を剥くのに支障はないだろう。


「しかしまあ、あなたほどの勇者が手酷くやられたものですね。やっぱ強いんですね、サタンって」

「何しろ人類悪だからね。でも次は絶対に負けないよ。必ずあいつを倒して、みんなを救ってみせるから」

「……アドラさんは、やっぱり人類の英雄なんですね」

「そんな大層なものじゃないさ。おれはただ大事な人を守りたいだけなんだ」

「ああ、その件なんですけど、ぼくはあなたの大事な……」

「その中には、もちろん君も入っているよ」


 アドラの言葉に、リドルは少しだけ眉を動かした。


「あいつは世界中をグロリアみたいなディストピアにしようと企んでいる。そんなことになったらリドルくんみたいな面白い人はすぐ殺されちゃうもの」

「ぼくはつまらない人間ですけど、確かにそんな風になったら生きていけないかも」

「でしょう? だから君のためにもがんばらないと」

「いや別にいいっすよ。ぼくはなるようになるだけですから。失って困るようなものなんて何も持ち合わせていないですし」

「君を失ったらおれが困るよ」

「……」

「君がいなくなったらヴァーチェを案内してくれる人がいなくなる。モモさんなんかに任せたらお金がいくらあっても足りやしない。だから君には、いつまでも健やかに生きていて欲しいんだ」


 リドルは突然、握っていたリンゴを勢いよくかじりだした。


「……剥いてくれるんじゃなかったの?」

「ちゃんと剥いてから食べようと思ったんですけど、なんだか面倒くさくなって」

「自分で食べる気だったんかい!」

「そうっすよ。農薬使ってるからあまりよくないんですけどね」

「やっぱり面白い人じゃないか……」

「いやいや普通ですよフツー」


 リドルは食べきったリンゴの芯を放り投げると持っていたナイフを抜いて高々と掲げる。



「今から死ぬ奴に食わせるものなんてないでしょう?」



 小さな刃から放たれるドス黒いオーラはサタンより授かった 《抹殺の悪威》 。

 封印の解除と同時に猛火のように激しく燃え盛る。



「ではごきげんようさようなら」



 リドルは人とは思えぬ壮絶な笑みを浮かべながら、流れるように自然な動きでナイフを振り下ろした。


 必殺の凶刃が、無防備なアドラの眉間めがけて落ちていく。

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