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地獄へ①

 それは三日前の出来事だった。


「……辞めたい」


 もはや常習化してきた愚痴を吐きながらアドラは黙々と書類に目を通していた。

 ゲルダは精査されているというがとんでもない。どれもこれもお粗末でおまけにすべての解決手段が暴力だ。

 アドラと魔王軍とでは根本の価値観が違うので命令してもどうしようもない。

 よって自ら動くしかない。

 残務があるにも関わらず今週だけですでに25件もの会議の予定が入っている。

 もちろんここから更にどんどん増えていく。


 正直やっていられない。


 これでは本業の洋服作りもろくに着手できやしない。

 アドラは『マザイ族抹殺作戦』と書かれた書類を丸めて床に叩きつける。

 どいつもこいつも殺す殺すと――おまえらまとめて地獄へ堕ちろッ!


「アドラ様、ルーファス様より召集の命がかかっております」


 イラついていた所にゲルダから更なる追い討ちがかかる。

 後にしてくれと叫びたいがそうもいかない。

 魔王の命はすべてにおいて優先される。

 アドラは予定していた会議を1件、泣く泣くキャンセルして謁見の間へと向かった。


「悪いが貴様には今すぐ地獄に行ってもらう」


 そんなアドラに待ち受けていたのは非情なる通達だった。


 ルーファスがゆっくりと腰の刀に手をかける。

 今更じたばたしてもしかたがない。

 アドラは神妙にその沙汰を受け入れた。


                   ※


 ――そして現在。

 アドラは実に1000年ぶりに第二の故郷コキュートスに入獄していた。


 コキュートス。

 魔界の底にある地獄の更に底。最下層の氷結の牢獄。

 地獄に墜ちた亡者の中でももっとも罪深き者がここに幽閉され、永遠の罰を受けているとされている。

 霊感ゼロのアドラは何も感じとることができないが。


「ちょっと見ないうちにえらく便利になったなぁ。昔はカロンさんにお金を渡して河を渡って入獄して、そこからえっちらおっちら徒歩で1年コースだったのに」


 全部で9つある地獄の階層。

 昔はそれらすべてを踏破する必要があったが今は大型エレベーターで直通である。


 それでも最下層コキュートスに至るまでかれこれ一週間はかかった。

 残務はネウロイに任せておけばいいといわれたが正直不安しかない。


 自分の預かり知らぬところでの悪徳なら母も許してくれるに違いないなどと無責任なことを考える。

 だがこれは本当に仕方のないこと。

 ルーファスの命令はあまりに突然で引き継ぎをする暇もなかったのだから


「まったく、納刀ぐらいご自身で行かれればいいのに……」


 ぼそりと呟き、すぐに口を滑らせたと後悔する。

 今回はシュメイトクの時のように単独で動いているわけではない。

 四天王の護衛として部下が20名ほど同行しているのだ。

 部下といってもルーファスの命で派遣されてきた軍の精鋭たちで顔を見るのは今回が初めて。


 今アドラの隣にいる魔族はシゲン。蝙蝠こうもりの魔族だ。

 魔王軍第一師団の師団長なので一応アドラ直属の部下ということになる。

 アドラは一度も師団を動かしたことがないので彼の顔も初見だ。

 黒が好きらしく、服も鎧もすべて黒で統一している。髪ももちろん黒。

 目が異様に細いがどうも退化して視力が弱いらしい。

 その分聴力がすさまじいと聞いているので今の愚痴は確実に聞かれているだろう。


「シゲン君……今の発言は魔王様には内緒でお願い」

「御意」


 話のわかる部下でよかった。

 アドラは安堵してエレベーターを降りた。


 その背後でシゲンは静かに剣を抜く。

 暗殺用の細身の剣。光を反射せぬよう黒く塗ってある。

 魔界蠍の毒も塗ってあるため斬られた者は死を免れない。


「……」


 しかしシゲンは刹那の逡巡の後、抜いた剣を再び鞘に納めた。

 そんなことは露知らずアドラは久方ぶりの故郷に目を輝かせる。


「相変わらず殺風景だなぁ! 死後こんなところに来たくはないなぁ!」


 足下には不毛の大地。見渡せば数多の氷山。地獄の最下層は伊達ではない。

 本来生者が足を踏み入れていい場所ではないのだが死の具現たるアドラにとってはちょっとしたピクニック気分だ。


「お待ちしておりましたアドラ坊ちゃん」


 年甲斐もなくはしゃぐアドラを待ち受ける者がいた。


 スケルトンのカロン。元三途の川の案内人だ。

 全身を包む紺色のフードが骨だけのスマートな身体によく似合う。


「カロンさんお久しぶりです! なんでこんな場所にいるんですか?」

「配属転換で今は内務を担当しております。坊ちゃんを迎えに参りました」

「ありがとぉっ! でも坊ちゃんはやめてね! もういい歳なんだからさ!」

「なんのなんの。わしにとってはいつまで経ってもかわいい坊ちゃんですよ」

「ははっ、カロンさんには敵わないや!」


 昔良くしてくれたおじさんと旧交を温めるアドラ。テンションが少々おかしい。

 だがそれも仕方ない。実はアドラのホームシックはこのところかなり重症だったのだから。


 こんな殺風景な場所でも知人に会えるのは涙が出るほど嬉しい。

 今回の地獄遠征はルーファスのアドラへの配慮もほんの少しだけあった。


「じゃあみんな行こうか。出発進行!」


 意気揚々と歩き出すアドラ。

 それに付き従うシゲンたち護衛兵団。

 アドラの機嫌は上々で、


「昔より気候が良くなったんじゃない? 絶好の散歩日和だね」


 等といって朗らかに笑う。

 しかし歩を進めれば地獄の最下層コキュートスがいかに過酷な環境かすぐに思い知ることになる。


 ――アドラ以外の全護衛兵が。

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