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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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悪への誘い

 悲鳴にも似た奇声をあげて【虚ろ餓狼】がアドラに牙を剥く。

 大きく開いた口内には無限の宇宙が如き暗黒空間が広がっていた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!!」



 アドラは 《抹殺の悪威》 を全開にして黒狼の上顎と下顎の間に剣を叩き込む。

 あまり悠長にしていると剣ごと飲み込まれる。黒狼が剣に夢中になっている隙に、そのどてっ腹を全力で蹴り上げた。


 ――手応えがない!


 博物館の天井をぶち抜いて夜空の星にしてやるぐらいの気合いでぶち込んだが、現実は少々身体を浮かせた程度。すぐに体勢を建て直し、不格好な体勢で着地する。

 片足がないためフロアに顔をしたたかに打ち付けうめき声をあげるが、ダメージがあるようにはとても思えない。空洞の眼から涙のように零れ落ちる黒い液体から、小さな人の手のようなものが無数に見えるのは目の錯覚だと信じたい。


 ――強い!!


 アドラは戦慄と共に剣を構え直す。

 同じ 《抹殺の悪威》 のはずなのに、なぜこちらの攻撃はまるで通らないのか。

 サタンは死の創造クリエイトといっていたが、それが術の威力と関係しているのは間違いない。


「強固なイメージが、強烈な悪意を現世に固定している?」


 アドラが独り言のようにつぶやくと、サタンは満足げにうなづいた。


「そう、漠然とした悪意ではなく、より具体的な『死』を形作ってやるのが次のステージへと向かう第一歩さ」


 その言葉でアドラはようやく気づく。

 今まで放った 《抹殺の悪威》 があっさり潰されてきたのは、アドラの中にある殺意が不明瞭だったからだと。


 アドラは相手を殺したいとは思っていないし、具体的にどう殺すかなど考えたことさえない。そんな曖昧な気持ちで放った薄弱な悪意など、相手の強い意志にかき消されて当然だった。


 あの黒き狼を見ろ。

 その鋭い牙と爪で相手を引き裂いてやろうという意志に満ちあふれている。

 目的は捕食。単純明快だ。故に強い。故に怖い。

 この大いなる殺意の前にはアドラなどか弱い獲物にすぎない。


「 《抹殺の悪威》 は、万物を創造する神力に相反する万物を否定する魔力。だがそれはあくまで理論上可能というだけの話。どれほど強大な力であろうと使い手が愚鈍ではその威力を十全に発揮できない。逆にいえば、使い手の努力と工夫次第でどんな悪徳だって犯せるということ。おまえは母さんの温情にかまけて怠惰を貪りすぎたのさ。ちっとは反省しなよ」


 サタンからの説教を聞いて、アドラは苦笑してしまった。


「愚弟よ、何がおかしい?」

「陰陽結界で視た過去のあんたは、こんな器用な芸当はできなかった。意外と努力家だなと思ったらつい……ね。てっきり黄泉で停滞してるとばかり思ってたよ」

「当然だろ。ボクはおまえと違って目の前に広がる可能性を無視しない。生きている甲斐がないってもんだ。死んでたけどな」

「おれも裁縫の技術には自信があるんだけどね」

「カスが、おまえの女々しい針遊びと一緒にする気か」


 他人の価値観はいっさい認めないが、自らの正しさを証明するために邁進する強い気概がある。

 ネメシスと同じく唯我独尊を地でいく幼稚な男だが、その点だけは尊敬できた。


 少しでも尊敬できるところがあるならば、やはり戦うことは避けたい。


「もうやめよう兄さん。一緒に争わないで済む道を探そうよ」

「探すまでもない。人類みんながボクに従えばいいだけの話だ」

「そんな考えじゃみんな納得しないってわかってるはずだろ」

「だったら納得するまで教育的指導を施すだけだね。億ほど殺せばどれだけ愚図でも理解するだろう。ボクが人がどう足掻いても敵わぬ絶対正義かみだということを」

「そんな怖いこといわずに一度腹を割って話し合ってみようよ! 互いに歩み寄れる点がどこかに必ずあるはずだ!」

「またそれか。おまえはガキだからまだわからんのだろうが時間の無駄だよ。結局のところ人類は殴っていうことをきかせるしかないのさ。何しろ連中は自分たちのことを地上の覇者だと思い込んでるからね。弱えークセに数だけは多いから調子こいてんのさ」


 高慢なるサタンの発言。

 だが同族であると認めたアドラには、まるで理がないとも思えなくなっていた。


「……確かに、人類にも高慢なところはあるかもしれない。そこは認めるよ。でも、そんな連中ばかりじゃないってことは、あんただってよく知ってるはずだ」

「そうだね。かつてはエリスがそうだった。そして今はおまえかな。おまえを人類と呼ぶのはいささか語弊があるが……まあ、今のところは人類でいいか」


 サタンは再び 《抹殺の悪威》 を展開すると、もう一体の死獣を創造した。

 馬の身体に鳥の頭をつけた奇形の怪物。生命を冒涜している。


「――死術【暴れ駒鳥】。今のおまえに二体同時攻撃は厳しいだろう」


 けばけばしい橙色をした鳥頭がけたたましく嘶いた。

 同時に背中から翼が生えて宙に浮かぶ。

 黒狼だけでも厄介なのに上空から同時に襲いかかられたらひとたまりもない。


「ボクはヒステリックな母さんや愚かな人類とは違って話はわかるほうだ。エリスの説得にも応じてあげたし、おまえの説得にも今、妥協点を考えてやったよ」


 サタンは剣を収めると、アドラに向けて手を差し伸べる。



「おまえが死神となり、人類の生死を管理するなら、ボクは予定していた虐殺を中断すると約束しようじゃないか」

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