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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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翻る者②

「お気をつけなさい。こうなったワタシは少々、非常識ですわよぉ!」


 リバーシの全身に不気味な紋様が浮かんでいる。

 呪印によって身体能力を何倍にも高めているのだ。

 先ほど吹き飛ばされたのはこれが理由か。


 そこに更に身体強化魔術を重ねたリバーシの速度はすでに人の域を逸脱していた。

 まるで瞬間移動のようにシルヴェンの背後に回り込み力任せに魔剣を振り下ろす。


「ちィッ!」


 シルヴェンはすかさず巨人を展開してその攻撃を間一髪しのぐ。そこから更に聖力を全開にしてリバーシの剣を弾き返した。

 彼女もまた人を超越する者。そう易々とやられはしない。


「メンドーね。おとなしくられなさぁい」


 リバーシが指を弾くと空中に禍々しい形をしたナイフが出現した。刃には紫色の液体がたっぷりと塗り込まれている。重力に従い滴り落ちる液体それは、地面に触れるとジュウジュウと音を立てて溶かした。


「聖気は物理現象の前には無力。そして勇者を討つために具現に特化したのが我が黒魔術。その脅威とくとご覧あれ!」


 毒ナイフは次々と出現し、シルヴェンを決して逃がさぬよう囲んでいく。


「死ねぇッ!」


 全方向から雨霰と放たれる無数のナイフ。

 しかしシルヴェンは動じず手を掲げながら叫ぶ。


「勇者だって進化します。いつまでも物理に無力というわけではありませんよ!」


 聖言と共にアイギスの護盾は発動した。

 同じく全方向に展開された不可視の盾は毒ナイフを軽々と弾いて無力化する。

 勇者を討つために磨かれたのが科学や黒魔術なら、それに対抗するために開発されたのが聖術なのだ。


「その程度の魔術で私に勝とうなど笑止千万――」


 そういいかけたところで、シルヴェンはリバーシの本当の狙いに気づく。


 無数のナイフの中に隠れていた白き聖気の刃の存在に。

 いつの間にかリバーシが勇者に戻っているという事実に。


「ぐぅッ!!」


 アイギスの護盾を展開中のシルヴェンは聖気の刃をまともに喰らった。

 聖鎧が弾け飛び胸元が深紅に染まる。

 電流が走ったかのように全身が痺れて思わず膝をついてしまう。


「いったでしょう。二人がかりで殺ると」


 リバーシは剣を構えながらじりじりと間合いを詰めていく。

 黒魔術師の彼女とは違いこちらは慎重。決して勝負を焦ったりはしない。


「聖と魔の気を瞬時に切り替え可能とは……前言撤回、強いじゃないですかリバーシさん。今まで力を隠していましたね」

「私は貴女たちのような目立ちたがり屋じゃないものでして」


 奥の手を隠すのは暗殺者なら当然。

 それが理由で団内で軽んじられていたとしたら僥倖だ。こうして次代の英雄を始末する好機に恵まれたのだから。


「シルヴィちゃん……あなたは将来とんでもない聖騎士になる。他の第一級はもちろんもしかしたら聖王すらも越えていくかもしれない。あなたの存在はいずれヴァーチェにとって大いなる災いとなる。だから――今ここで消します」


 リバーシの冷酷なる死の宣告に、しかしシルヴェンは余裕の薄笑みを浮かべる。


「あなたが強くて嬉しいですよ。将来私が聖王を越え勇者の頂点に立つために……私の経験値となってもらいます」


 シルヴェンはゆっくりと立ち上がり再び剣を構えた。

 だが足下はおぼつかず未だに震えている。どれほどの聖力を持っていようと身体は子供。聖気の刃をまともに喰らえばダメージは大きい。


 ――この勝負、勝つのは私だ。


 リバーシは確信と共にシルヴェンとの距離を詰めていく。


 シルヴェンの手の内はすべて知っている。

 巨人とのコンビネーションは不用意に射程内に入らなければ問題なく捌ける。

 後は彼女の最も得意とする神雷だが――あれはあくまで魔族を倒すための聖術であり高レベルの勇者には通用しない。


 神雷エルライトニングは勇者の代名詞。

 だがそれ故に万全の対策が取られ、もはや過去の遺物となりつつある。入団試験の基準にこそなってはいるが真に強い聖騎士なら決して頼りはしないし、聖王に至っては完全に切り捨てていて、使っているところを見たことがない。


 神雷を主軸とした戦法を選んだ時点で、シルヴェンの敗北は決定しているのだ。


 だから焦る必要はない。

 慎重に事を運べばそれだけで勝利は勝手に転がり込んでくる。

 決して足下をすくわれぬように慎重に、慎重に、慎重に、



「誰が行くかボケェえッ!!!」



 再び黒き暗殺者に戻ったリバーシはお構いなしに魔力を全開にした。

 踏みしめた大地は瞬く間に毒の沼地と化す。アイギスの護盾によるガードにより毒は効かぬが一時シルヴェンの足を奪いさえすれば十分。

 リバーシは周囲にわずかに残った地面を蹴って宙へと舞った。


 臆病者に勝利の女神は微笑まぬ。

 相手に対抗策を考える余地を与えず瞬殺する。

 それがリバーシの本性であり、暗殺者として正しい選択でもある。



「シィねぇぇぇぇぇぇい――――ッ!!!」



 虚空で更に身体を捻り剣の威力に遠心力を加える。

 同時にシルヴェンは掌を上に掲げた。



「キュクロープス・ブロンテース!!」



 十八番おはこの神雷。

 しかしリバーシはすぐさま勇者へと戻り聖気の『傘』で神雷をいなす。



「お命頂戴!!」



 必殺の聖剣が無慈悲に振り下ろされる。

 シルヴェンの脳天を叩き割り、真っ二つにするには十分すぎる威力が乗っていた。



「――ッ!」



 だがしかし、刃の切っ先が到達する直前にシルヴェンの姿は煙のように消えていた。



「今のはちょっとだけヤバかったです。いい攻めでしたよリバーシさん」



 シルヴェンの姿は刃から数メートル離れた先にあった。

 なぜあれほどの早さで移動できたのかと一瞬だけ疑問に思ったが、蒸発して跡形もなくなった毒沼を見て納得する。

 先ほどの神雷はリバーシを狙ったわけではなく、足場を確保するために放たれたものだった。


「意外としぶとい。ですが次はこうは行きませんよ」

「いいえ、もう終わりです。リバーシさんに勝ち目はありません」


 ――何を、


 と口にしかけて、リバーシはシルヴェンの身体に起きた異変に気づく。


「騙し討ちは卑怯なので先に伝えておきます。これはソロネ武闘大会後に私が開発した『付加魔術エンチャント』の聖術バージョンです」


 シルヴェンの全身が激しくスパークしている。

 この目映い発光は間違いなく神雷によるものだ。

 しかし――


「エンチャントは普通、壊れても構わない装備に付加するものですよ。自分の身体に直接付加するなんて話、聞いたことがありません」

「私のオリジナル術なのですから知らないのは当然でしょう。アドラ様から神雷の中途半端さを指摘され、二日ほど悩んだ末に導き出した答えがコレです」


 シルヴェンは大きく胸を張り、リバーシを指さしながら自慢げにいう。



「中途半端も極めれば万能になるっ!!」



 ――なんて非常識極まりない女だ。


 リバーシは呆れてものもいえない。


 黒魔術師に立ち戻った自分もたいがい非常識だがさすがにここまでではない。

 身体強化術にせよ常に体のへ負荷を考えて後遺症の残らないレベルに留めている。

 身体用でもない攻撃聖術を無理やり付加して強化に転用するなど前代未聞。正しく児戯、子供が考えるような必殺技だ。年齢相応といってしまえばそれまでだが。


 ――こんなイカれたクソガキに負けるわけにはいかない!


「神雷を直接身体に付加していつまでも無事で済むはずがない。じっくりと時間をかけて貴女の生命が燃え尽きるのを待ちましょう」

「私の間合いで何を非常識なことをいってるんですか。あなたらしくもない」


 シルヴェンが一歩、前に出る。

 その一歩で、すでにリバーシの鼻先にまで到達していた。


「そんな猶予、勿論ありませんよ?」


 雷の如きはやさでシルヴェンの剣がはしる。

 リバーシはギリギリのところでガードに成功するが、盾にした聖剣があっさりへし折られてしまう。


 ――体勢を立て直さなくては!


 剣を捨て黒魔術師に戻ったリバーシは、身体強化魔術をかけ直して戦闘地域からの離脱を試みる。だがしかし――


「遅いですよ」


 リバーシの全力の逃走にシルヴェンは余裕でついてきていた。

 あっという間に回り込まれ、再び剣が振りかぶられる。


「くそっ!」


 とっさに魔術で盾を生み出すが、雷を纏ったシルヴェンの聖剣は、それすらもまるでバターのように容易く斬り裂いた。


 圧倒的な戦闘力の差。まるで大人と子供だった。


 絶望する暇すらなく、巨人の剛拳がリバーシの胴体へと突き刺さる。

 感電と打突、二つの衝撃でリバーシは糸の切れた人形のように膝をつき、地面に這いつくばった。


「安心してください。殺しはしませんよ。今回は私事ですからね」


 ――雷装形態(RAIJIN)。


 神雷。付加聖術。剣技。巨人召喚。

 自らの所有するすべての技術を超連動させることにより、わずかな時間のみ全能の神と化すシルヴェンの必殺技だ。


 神雷の中途半端さを昇華させた、すべての属性をなぎ払う無敵の技だが、弱点はやはり――


「身体に負荷がかかりすぎるということですかね」


 雷装形態を解除したシルヴェンは脱力し肩で大きく息をついた。

 負傷した状態で使用したのは初めてだったが思っていた以上に身体がきつい。

 とはいえ万全の状態でしか使えないようであれば技術としてはまだまだ未成熟。改良の必要は多分にあるようだ。


「私は奥の手を持ちません。なぜなら今この瞬間にも成長を続けているからです。ありがとうございますリバーシさん。あなたの強さが私をまた一つ、勇者の高みへと近づけさせてくれました」


 完全に無力化され動くこともままならぬリバーシに敬礼すると、シルヴェンは剣を収めてすべての聖力を傷の治療へと回した。











 そしてその隙を見逃してやるほど、彼はお人好しではなかった。



 ――パン!



 シルヴェンの無防備な背中に向けて、リドルは何の気配も、躊躇も、感慨もなく発砲した。

 血反吐を吐き、もんどりうって倒れ伏すシルヴェンに、更に追い打ちの弾丸を二発撃ち込む。


「一丁あがりっと」


 ターゲットが完全に沈黙したことを確認してから、リドルは視線をリバーシの方に向ける。


「た、助かったぞ! とんだ能なしと侮っていたが、貴様も 《黒死の一三翼》 を名乗るだけのことは――」


 リドルの銃口は流れるようにシルヴェンからリバーシの方に向くと、彼女の眉間を無慈悲に撃ち抜いていた。


 脳漿をぶちまけて即死したリバーシに一瞥すらくれることなく、リドルは携帯を取り出してミカエルに連絡を入れる。


「邪魔なアドラの護衛を殺りました。予定通り突入可能です。ああ、ついでにリバーシさんも殺っときましたけど別にいいっすよね。もうスパイだってバレてるみたいだし、利用価値ないでしょ」


 報告を済ませてから拳銃と携帯を仕舞い、リドルは次の作戦へと向かう。

 だがその前に一度だけ、足を止めて振り返る。


「常に高みを目指し続ける貴女の姿勢、とてもご立派でした。哀れにも、ただ奪うことしかできないぼくには、あまりにも眩しすぎました」


 類稀なる才能を、たゆまぬ研鑽を、惜しみはすれど無に帰すること躊躇わぬ凡夫は、帽子を脱いで一礼してから再び踵を返す。


「さようならシルヴェンさん。あなたの勇敢なる最期、アドラに必ずお伝えします」


 ――天国で夫婦仲むつまじく末永くお幸せに。


 そう告げてリドルは駐屯所を去った。


 持たざる者は清貧だ。奪いはすれど決して何かを得たりはしない。地位や名誉はもちろん、充足感や達成感すらもありはしない。彼が立ち去った後には何も残らない。

 ただ一陣の風が巻き起こり、血の海をわずかに揺らすのみだった。

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