破壊と創造
アドラ・メノスは天上天下並ぶ者なき世界最強の魔族である。
先代魔王ヴェルバーゼ・メノスを祖父に持ち、閻魔の娘イザベル・レイワールを母とするサラブレット中のサラブレット――いわゆる大悪魔だ。
無論両家の秘法はすべて王子たるアドラに受け継がれている。
あらゆる敵意を焼き尽くす 《炎滅結界》 。
仇なす咎人を氷結にて裁く 《氷獄結界》 。
いずれも魔界屈指の大魔法だ。
しかしそれらはアドラ自身の強さに何ら貢献してはいない。
アドラの内に封じられし 《抹殺の悪威》 は森羅万象の総てを悉く否定する。
結界は彼の底知れぬ悪意から弱者を護るオブラートにすぎない。
鳶が鷹を生んだというより鷹がグリフォンを生んだ。
否――それ以上に禍々しく危険な何かを生み出してしまったのだ。
殺意の塊。破滅そのもの。真なる邪悪。
この世に在ってはならぬモノ。
それがアドラという禁忌の存在だった。
幸か不幸かアドラにはその認識が薄い……というよりほぼない。
幼少の頃より両親の愛と結界に護られていたため、自身の魔力を行使する機会が極端に少なかったせいだ。
だが、だが、だが――それでも無意識下では理解している。
自らの “暴力” を。
自らの “驚異” を。
自らの “巨悪” を。
そして嫌悪していた。破壊することしか能がない自分自身を。
そんな彼は現在キョウエン都心部のとあるアパレル産業の面接を受けていた。
「うーん……悪くはないけど、どれもいまひとつ地味だねぇ」
面接官の言葉遣いは丁寧ではあったが、どこか人を小馬鹿にした響きがあった。
ファッションのことなどろくにわからない田舎者だと侮っているのだ。
そんなことなど露知らずアドラは精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「50年ぐらい昔の服って感じだね。もっと創意のある図案は持ってないですか」
「勿論あります!」
アドラは意気込んでとっておきのデザインを鞄から取り出し面接官たちに渡した。
それを見たとたん面接官たちはどっと笑う。
「今度は1000年ぐらい未来を行ってるわ。いくらなんでも奇抜すぎる」
「派手ならいいってもんじゃないよ君ぃ。片田舎のヤンキーじゃあるまいに」
面接官の容赦のない侮蔑を、しかしアドラは神妙に聞いていた。
恥ずかしながら自分でも自覚があったからだ。
アドラ自身はイケてるデザインだと思っているのだが、目立ちたがり屋なド田舎のヤンキーのオールドファッションといわれると、まったくもってその通りなので反論のしようがない。ここまでハッキリいってもらえるといっそ清々しいぐらいだ。
アドラは決してデザイナーとしての才能がないわけではない。
だが天才と呼ばれる人種と比べれば二歩も三歩も劣るし勉強も足りていない。
だからこそ自らのセンスを磨くために都入りを望んだ。
アパレル会社の面接のハシゴも理由は同じ。
あわよくば転職という欲目もなかったわけではないのだが、今日のところはこのぐらいにして帰ろうと心に決める。
アドラが頭を下げて席を立とうとしたその時、面接官たちが興味深いことを口した。
「こんな服を好んで着るのは魔王様ぐらいのものだろうなぁ」
「ルーファス様なら喜んで着るかもな。あの人のセンスも色々とぶっ飛んでるから」
最初は首が飛んでも知らないぞと聞き流していたのだが、後になってふと思うところがあり、自らのデザインした服をいくつか試しに縫ってみた。
後日――謁見の間にてアドラは報告ついでにその服をルーファスに献上する。
「なんだこれは?」
「私のデザインした服であります。魔王への忠義の証としてお納めください」
服を確認したルーファスは面接官同様大笑いした。
「イカれてるな貴様。こんな奇天烈な格好で道を歩く者などいない」
……やはりだめか。
落胆しているとルーファスはアドラの前でその服を羽織ってみせる。
「我と貴様以外にはな。良い服ではないか、なかなかに傾いておる」
にわかに信じ難い話だがルーファスはアドラの縫った服を気に入った様子だった。
アドラは深く頭を下げて感謝の意を示す。
この日からアドラは魔王専属の洋服係を兼任することになった。
破壊者として生まれ、破壊を忌み嫌う魔族は、創造者として何かを生みだし誰かの心を動かしたいと今もあがき続ける。




