旅は道連れ世は情け
イベリアとグロリアを繋ぐイベリア鉄道は、残念ながらノンストップというわけではない。
道中さまざまな街の駅に停まるため、汽車の速度通りの早さで首都に到達するということはない。よって、
「どうやったって数日がかりの旅になるんで、道中どこかで降りて観光がてらっていうのが常道ですねぇ。観光客を目当てにしている街もたくさんありますし、そういうところは基本サービスがいいんでオススメです。ちなみに首都に早く入りたいだけなら貨物列車に密乗するという裏技が存在するんですけど、普通に犯罪行為なんでこっちはオススメしません」
――と、説明しているのは案内役を引き受けたリドルだ。
アドラの後ろの席から物知り顔で延々としゃべり続けている。
隣にいるシルヴェンは二人きりの時間を邪魔されてかなりご立腹の様子だが、アドラからすれば彼女の相手をせずに済むので正直めちゃくちゃ助かっている。これだけでも旅に同行させて良かったと感謝できるぐらいに。
「モモさんも君と同じ意見なんだけど、おれとしては犯罪にならない範囲で急ぎたいんだ。だから寄り道せずに首都に直行したい。もしそれが嫌なようなら別れたほうがいいかなって思うんだけど……」
「それもぜんぜん構いませんよ。乗りっぱなしの旅行もまた汽車の醍醐味です。ていうかぼくは最初からそのつもりでしたし。だからこのようにきちんと準備もしてます」
リドルは明るくいって毛布と食料品の詰まったリュックを見せてくれた。
どうやらかなりの鉄道旅行好きのようだ。彼のような人種を巷では「鉄っちゃん」と呼ぶらしい。
「入り用なものがあれば、ぼくにいってください。だいたいのものは揃ってますから」
「ありがとう。リドルくんはホント旅慣れているんですね」
「ミサに参加するにも商売するにもグロリアには必ず行かないといけないですからね。逆にヴァーチェ民で旅慣れてない奴なんているんですかね」
アドラは苦笑した。
そりゃそうだ。旅慣れてないのは自分のようなよそ者ぐらいだ。
……なんで彼は、おれがよそ者だってわかったんだ?
ほんの少しだけ気になったので訊いてみると、
「もう少しご自身の格好を客観視したほうがよろしいかと」
ものすごく耳の痛い返答が返ってきた。
どうやらアドラはよそ者丸出しのファッションセンスをしているようだ。
「そのコートはプリンシパリティの民族衣装ですよね。あんな僻地から遠路はるばるご苦労さまです」
「なんか馬鹿にされてるように聞こえるんだけど……」
「いえいえそんなことは。ぼくもたいがい田舎暮らしですし。ただそれ以上の未開拓地出身の原始人を見かけたので、ちょっとマウントを取ってみたかっただけですよ」
「おいいぃっ!」
アドラが怒ったフリをしてみせるとリドルは冗談ですと屈託なく笑ってみせた。
「ヒエロでお会いしたときは英雄然としていてどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していましたけど、こうして実際話してみると愉快で話しやすい人でよかったです」
「おれも最初に会った時は大人しげで影の薄い人だと思ってましたけど、話してみるとものすごいおしゃべりなお調子者で印象が360°変わりましたよ」
「一周回って元に戻ってるじゃないですかッ!」
リドルがツッコミを入れると今度はアドラが冗談冗談と笑う。
たった数十分の会話で二人はすっかり仲良しになっていた。田舎暮らしの俗人同士、どうにも波長が合うらしい。
マルディとの会話でその名が出てきたせいで最初はわずかばかり疑っていたものの、今ではそんなこともすっかり忘れ、アドラは新しい旅仲間を歓迎していた。
いや……『救われた』というほうが正しいかもしれない。
自分が助けた旅行者がこうして元気にしていると少しは罪を償えた気になる。
我ながら身勝手な話だとは思うのだが。
「……ありがとうリドルくん」
「なんですか急に。まだ感謝されるようなことは何もしてないですよ」
「いや気にしないで。こっちの話だから」
アドラは視線を窓の外に向ける。
先ほどは少しくすんで見えたミーザルの景色が、今は色鮮やかに見えた。




