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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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同行

 滞在中さまざまなトラブルがあったものの、どうにか通行手形の発行が許可されたアドラたちは、ようやくヒエロを出立することができた。


 ヒエロから西進し、関所のあるハリアーを抜けてミーザル地方に足を踏み入れる。

 そこから更に数日後、アドラたちはかの有名な『イベ鉄』のあるイベリアへと到着した。


「おおおお! これがかの有名なイベ鉄――って、ファル地方の汽車とあまり変わらないじゃないですか……」

「ヴァーチェを走っておる汽車はすべてファル製なのだから当たり前だろう。なにを寝ぼけたことをいっておる」


 今ではすっかり恒例になったアドラとモモの皇族漫才。

 とはいえ、たとえ仲間から漫才扱いされても知的好奇心は抑えられない。


「だったらなんでイベ鉄だけ有名なんですか。おれでも名前ぐらいは知ってるぐらいですよぉ」

「単純にイベリアの鉄道が長いからよ。ここから首都グロリアまで直通だからな」


 アドラは地図を出してイベリアとグロリアの距離を確認してから、


「長げぇ――――――っ!! これ、もしかして世界最長なんじゃないですか!?」

「その通りだが……恥ずかしいからもうちょっとテンションを下げろ」


 完全におのぼりさんである。

 墓場でシリアス面をしていた男と同一人物とは思えない。


「ということは、これに乗ったらもう旅はおわりですか? 思っていたよりぜんぜん早くて楽ちんでちょっと拍子抜けです」

「昔はここから更に延々と歩いたらしいがな。世の中便利になったものだわ」


 ――まっ、陰気臭く塞ぎ込まれるより万倍マシだがな。


 ヒエロの一件はアドラにとってトラウマになってもおかしくない出来事だった。

 それを乗り越えたというのであればこれ幸いだ。


 モモは微笑みながらもアドラにグロリア行きの切符を買うように指示した。

 雑用はできる限り他人に任せるのが彼女の信条。使えない丁稚は困るのだ。


「次の汽車は約1時間後らしいです。どうしますモモさん」

「観光に行くには微妙な時間だな。おとなしくプラットホームで待っておくか」

「ですね。じゃあ行きますか!」


 アドラは両手をブンブン振りながら元気いっぱいといった感じで歩いていった。


                   ※


 プラットホームは見晴らしのいい場所にあり、ミーザル地方の雄大な景色を一望することができた。

 待合い用に設置された椅子に腰を下ろすと、すぐさまシルヴェンが隣りに座る。


「すみませんアドラ様、有事の際は必ず護衛すると誓ったばかりだというのに……」

「自分の身ぐらい自分で守るよ。それにシルヴィは今回おれより忙しかっただろ。余計な気遣いさせてしまってこっちこそもうしわけない」


 通行手形の手続きにヒエロの街の防衛、戦後の後始末。

 今回シルヴェンにかかった負担はパーティ中最大だろう。そんな彼女に謝らせてはリーダー失格だ。


「だいたいソロネ第一級聖騎士の私がなんでヒエロの騎士団に編成されなければいけないんでしょうか。おかげでアドラ様と合流することができませんでした。命令を無視することも考えたのですが、後のアドラ様のお立場を考えるとそれもできなくて……」

「君のおかげでたくさんの人命が救われたんだ。謝ることなんて何もない。むしろ誇って欲しいぐらいだ」

「しかし……」

「だからこの話はこれでおしまい。それより未来さきのことを考えよう」


 アドラはそこで話を打ち切るとシルヴェンから視線を外し、黄金の穂波ゆらぐ麦畑をどこか遠い目で眺める。


「……アドラ様?」

「ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」


 アドラは席を立つとシルヴェンを置いて足早にその場を後にした。


 駅の長いホームを歩きながら、アドラは未来のことを考える。

 未来とはすなわち教皇ミカエルをどうやって捕縛するかという思案だ。


 教皇はグロリアにはいない。

 首都が最も暗殺の危険性が高い場所だからだ。

 よって遠隔通信魔術により末端に指令を下すのみ。


 しかし魔術を使っている以上、自らの痕跡をまるで残さないなんてことがありえるのだろうか。


 まずは首都グロリアにあるヴァーチェ聖翼教会を制圧する。

 それから通信履歴を漁ってミカエルの居場所を特定する。消されている場合はどうにか復元する。世界一の大魔導師を自称するモモならばおそらく可能だろう。

 居場所を見つけ捕らえて拷問しすべて吐かせ、ヒエロの司法機関にて然るべき裁きを受けさせる。それがヒエロで亡くなった市民たちへのせめてもの償いとなるだろう。


 ――はっ、まるでクーデターだな。


 アドラは己の愚考を自嘲する。

 その程度でミカエルが捕まえられるなら苦労はない。逆に指名手配されて極悪犯としてヒエロに裁かれるのがオチだ。

 そもそも目的が変わってきている。今回は舞踏会に参加してウリエルに会って帰る。ただそれだけのはずだ。ミカエルなどに関わり合っている暇などない。


 ――ダメだね。気持ちを入れ替えないと。


 実のところアドラはヒエロの一件を未だにひきずっていた。

 市民に犠牲を出したのは今回が初めてというわけではないのだが、それでもそう簡単に割り切れるものではない。

 無理だし余裕もないとわかっていても、どうしても復讐の可能性を模索してしまう。

 死神の本性が顔を出してしまう。


 いつまでもこのような調子では仲間に迷惑をかけてしまう。

 アドラは周辺を適当に歩いて気を紛らせようとした。


「アドラさん!」


 プラットホームを散歩して改札まで降りてきたアドラは、そこで声をかけられた。

 ミーザル地方に知り合いはいないはずなのだが……。


「アドラさん! ぼくですよぼく! 覚えてますか?」


 中肉中背の素朴な感じの青年だった。

 少し目が細いかなというぐらいで他に特徴という特徴はない。暖色系のスーツを着て小洒落た帽子を目深に被っている。


 覚えているかと尋ねられると覚えているような、覚えていないような……。


 アドラはしばらく思い悩んだ後、ポンと手を叩く。


「君はレーヴェンの飲食店にいた酔っぱらいの!」

「ぜんぜん違います」


 どうやらはずれのようだ。

 まずい。他に思い当たる節がないぞ。


「覚えてないのは無理ないですけど、ぼくはヒエロであなたに助けられた者です」


 ――ああっ!!


 ヒントをもらってアドラはようやく青年の顔を思い出した。


「街中で酔っぱらっている時にゾンビに襲われていたあの!」

「そうですそうです! その節は本当にありがとうございます!」


 酔っぱらってるところしか合ってなかったか。

 いやむしろ半分合っていた自分の記憶力を褒めるべきか。

 それにしても本当に印象に残らない人だ。


奇天烈キテレツなコートを着ていたのでもしやと思って声をかけて正解でした! ぜひあの時のお礼がしたいのですが、何がいいでしょうか?」

「キテ……いえ、お礼なんて要りませんよ。むしろこちらが謝罪の品を送りたいぐらいでして……」

「こういうときはやっぱり現金ですかね。ぼく貧乏なんであんまり持ち合わせがないんですけど、よければ有り金すべて差し上げます!」

「いやホントに結構ですから! 金なんてもらえません! いや、もらいません!」


 アドラは青年の謝礼を断固として拒否した。

 そんなことされたら罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。


「そうですか。でもこうして再会できたのも何かのご縁ですし、どうにかお返しをしたいのですが……」

「いや本当にお気持ちだけで結構ですので」

「そうだ、この駅にいるということはアドラさん、グロリアに用事があるんですよね。ぼくでよければ街を案内しますよ!」


 青年の提案にアドラは少し心が動いた。

 案内がいるかいらないかと問われれば別にいらないのだが、これならお金もかからないし、青年の返報性も満たされるだろう。


「それじゃあ、一緒にグロリアまで行きますか」

「はい! 少しの間ですが同行させてもらいます!」


 青年は嬉しそうにはしゃいだ。

 最初は印象が薄いと思っていた彼だが、こういう無邪気なところは好印象だ。


「あ、そういえば名前を聞いていなかった。知ってると思うけどおれの名はアドラ・メノス。ボルドイっていう小さな村で仕立屋を営んでいます。君の名は?」

「リドル・ネーヤともうします。ファル地方で農家をやってます。以後お見知りおきを」


 ――リドル?


「リドルくん……か。どこかで……聞いたような名前だけど……」

「とくに珍しい名前でもないですし、ヴァーチェにいればどこでも聞くかと」


 ――……それもそうか。


 その一言で心の中にわずかによぎった疑念は霧散した。

 アドラはリドルを連れてプラットホームへと戻る。


 アドラが背を向けた時、リドルはほんの一瞬だけ、身の毛もよだつような形相で嘲笑わらってみせた。


 結局アドラは、青年の心の内に潜む邪悪を看過することはできなかった。

 だがそれは仕方のないことでもある。

 無力な凡人である彼の真の恐ろしさを予測することなど、この世の誰にもできないことなのだから。

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