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魔狼ガイアス

 アドラの執務室には招かれざる客ばかり来る。

 特にこの人狼族の男は『顔も見たくないランキング』ベスト3に入る暴漢だった。


「シュメイトク殲滅作戦の件ではずいぶんと世話になったな」


 四天王ガイアスは乱暴に開けたドアを閉めもせず、怖気のする笑みを浮かべながらアドラの鼻先に顔を近づけてきた。

 アドラはこの男が本当の本当に嫌いだった。

 文系の草食系男子と体育会系の戦闘狂がわかりあえるはずもない。


 水と油。

 あるいはそれ以上。

 会えばいつも脅されるし室内の何かしらが壊れる。


「その件は冤罪ということで正式に却下されました。これ以上あなたと口論する余地はないと思いますが……」

「激しく不満だがそれはまあいい。今回は別件だ」


 アドラが却下した作戦行動は数知れず。心当たりが多すぎてわからない。

 いい加減うんざりしてきたが四天王の事実上のトップである彼を止められる者は誰もいない。嫌でも対応するしかないのだ。


「おまえ、強いんだってな。ロドリゲスをぶっ倒したという話は聞いてるぞ」


 またその話か。

 武勇伝扱いされても面倒なのですぐに噂にすぎないと否定する。


「実は俺もそう思っていたんだが本人に直接聞いて確認したからな。さすがは魔界最強の大悪魔の血をひくサラブレット様といったところか」

「親は関係ないですよ。そういう皮肉はやめてください」

「そうだな血は関係ない。重要なのはおまえが強いという事実だけだ」


 ガイアスが背中の剣に手をかけた。

 嫌な予感がしたアドラはとっさに後ろに飛び退く。

 案の定ガイアスは躊躇なく剣を振り下ろし、アドラの机を真っ二つに叩き斬った。


「どちらが魔王軍最強か今ここで決めよう」


 とんだ戦闘狂だと普段なら呆れるだけだが今回ばかりはそうもいかない。

 以前ガイアスに机を壊された際に新調した机は、有名なミノクラトン社のアンティークだったからだ。

 一流家具職人の手により丹念に作られたその作業机は一品物で経年劣化が逆にいい味を出している。シュメイトク風にいえば実に雅な作品で、座っているだけで天啓のように洋服のアイディアが次々と湧いてきたものだった。


 ガイアスはそれを何の遠慮もなしにあっさり破壊した。

 駆け出しとはいえクリエイターの端くれとしてこのような所業は到底許せない。


「今回の件はルーファス様に報告させてもらいますからね!」


 アドラは怒った。

 怒ったが、できることといえば魔王に密告ちくると脅すぐらい。

 小心者で腰巾着気質の彼にはそれ以外にできることがない。


「好きにしろ。何ならルーファスと二人がかりでも構わんぞ」


 アドラの精一杯の恫喝も、しかしガイアスはどこ吹く風。

 人狼族は魔界統一という大業を果たすため、魔王軍と一時的に協力関係を結んでいるにすぎない。

 形の上では部下だがガイアスとルーファスの関係はほぼ対等だった。


 ガイアスは長さ1メートル強はあろうかという大剣を片手で軽々と振るい、アドラの身体を袈裟気味に斬りつけた。

 しかし剣はアドラの身体に触れる前に融解蒸発して霧散する。


「なるほど。こいつがメノス王家の秘伝 《炎滅結界》 か」


 ガイアスは剣を捨てるとさらに踏み込みアドラを殴りつける。

 拳はアドラの皮膚に触れる直前に凍りついた。


「そしてこれがレイワール皇家の秘法 《氷獄結界》 」


 凍らせた腕の氷が粉々に砕け散る。

 肥大化した腕は白銀の獣毛に包まれていた。

 腕だけではない。強い魔力を含んだ体毛が瞬く間に全身を覆い尽くしていく。

 ガイアスは人の姿を捨てて狼の魔物へと変貌していた。


「相手にとって不足なし。いざ尋常に勝負!」


 血に飢えた双眼が獲物を捉える。

 震え上がったアドラは怒りを忘れて脱兎の如く逃げ出した。


「逃さん!」


 魔狼の剛脚が一足跳びでアドラの前に回り込む。

 慌てて急ブレーキをかけるが間に合わない。

 逃げ道を塞いだガイアスだが、それは逆に自らの退路を断ったともいえる。


 無論それは望むところ。

 不敵に笑う彼の前に氷炎の結界が立ち塞がる。

 何が王家の秘法だ、何が最強の悪魔だ、


「しゃらくせぇっ!」


 魔狼の爪が結界に喰い込んだ。


 誰にも崩せぬはずの両王家の秘法。無敵であるはずの結界。

 しかしガイアスの魔力と意地がそれを打ち砕いた。


 喰い込んだ爪が少しずつ、だが確実に結界を引き裂いていく。

 魔界最高の王族を道端の雑草にすぎない自分がこの手で斃す。

 ガイアスが下克上の快感にうち震える。


 しかしそれは刹那の優越にすぎなかった。

 切り裂いた結界の隙間から見えたのは余りに巨大おおき過ぎる“闇”だった。


 闇の奥底に座する単眼がガイアスを見つめている。

 ルーファスやガイアスのようにギラついてはいない。

 夜の海のように静かで穏やかだ。

 その眼が声なき声でガイアスにこう告げる。


「これ以上近づけばあなたを殺します」


 ガイアスは全身総毛立った。

 慌てて爪を引き後ろに大きく飛び退く。

 自らの意志ではない。本能的なものだった。


 すぐに逃げ出した自分を恥じたがそれでも再度向かっていく気力が湧いてこない。

 自覚こそないがガイアスの心はすでに折れていた。


「逃げる敵を相手にしても仕方ない。今日はこのぐらいにしておく」


 何とか体裁を取り繕いガイアスは執務室を後にした。

 歯ぎしりで奥歯を折るほどの自己嫌悪に陥るがこればかりは仕方がない。

 ガイアスが触れた存在は「闘う」という次元をはるか超越しているのだから。


 あのまま続ければガイアスは確実にこの世から消滅していた。

 それを直感で理解し即座に撤退を選択した彼は紛れもなく魔王軍最強の将だった。

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