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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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決定的な差

 勢い任せにエリスに突っ込もうとしたアドラは、脳内に直接叩き込まれた凄惨な光景に恐怖し、反射的にその足を止めた。


「な……なんだったんだ、今の光景は……っ!」


 こちらの攻撃があっさり捌かれてあえなく首をはねられる場面シーン

 ただの白昼夢であるはずもない。


「おまえの仕業か 《勝利の剣》 !!」


 アドラが問うと剣は肯定といわんばかりに宝玉を明滅させた。


『我が名は 《勝利の剣》 。敗北は許容できない』


 その言葉にアドラは背筋を寒くする。


《勝利の剣》 はデータ集積により戦場の未来を読む。


 つまり、あのまま突っ込んでいたらあっさり殺されていた確率が高いということ。

 確かに無策で突っ込もうとするのは賢い行動ではない。

 頭を冷やしたアドラは落ち着いていったん様子を見ることにした。


『解析完了。対戦相手のデータを転送する』


 アドラの脳内にエリスの情報が流れ込んでくる。

 データベースに保存された身体的特徴の一致からアンデッドは間違いなく初代聖王本人であるということが証明された。剣ももちろん本物だ。アンデッドでは触れることすら叶わぬ魔滅の聖剣を自在に操れるのは魂が本物である確率が極めて高いからだという分析結果も出ていた。


 そしてもっとも重要だった『謎』も、勝利の剣はあっさり解析していた。


「おれの魔力を吸収して利用していたのかッ!!」


 アドラの驚きの叫びにマルディは大きく舌打ちする。

 顔の表情は変わらないが先ほどまであった余裕が消えたように思えた。


「……隠しても無駄そうですね。ええ、その通りです。あなたが放つ魔力を回収してこちらの活動源エネルギーとして転用しています。だから彼女はあなたが力を出せば出すほど強くなります」


 ――なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。


 アドラは自らの不明を恥じる。

 自分自身、ルーファスの不死人であるサーニャを自らの魔力で動かしているではないか。ちょっと考えれば他人の魔力を利用して不死人を動かすことだって可能だということに気づけたはずだ。


 つまり今まで、自分の魔力に対して強いすごいありえないと焦っていたわけだ。


 ……まるで馬鹿みたいじゃないか。


「種が割れてしまえばなんてことはない。対抗策も簡単だ」

「そうですね。魔力吸収をガードする方法なんていくらでもあります。それをやられたら私の勝ち目は薄いでしょう」

「降参するなら今のうちだぞ」

「それはやられてから考えますよ。私とて対抗策への対策を考えていないわけではないですしね」

「……」

「どうしました。やってみてください」

「…………」

「いくらでもあるんだから、いくつか試してみましょうよ」

「……………………」

「ほら、早くやってみてくださいよ。まさか何もできないとか?」


 アドラが沈黙を続けると、マルディは腹を抱えて大笑いした。


「だよなァ! できないよなぁ! 私は最初から気づいてたよぉ、てめえが極めて特殊な魔力を持っているだけで幼児レベルの技術力しかない無能だってなァ! 脳筋のソロネじゃそれで通用したかもしれんがここじゃ通用しねぇんだよこのアホがっ!!」


 悔しいがまるで反論できない。

 勝利の剣からは何十通りにも渡る魔力バイパスの切断方法を提案されているが、そのどれもが実現不可能だった。アドラは自らの体温調整魔術のオンオフすらできない。


「勇者を操り悪魔を殺す! 善も悪も、貴も賤も、私はすべてを冒涜する!!」


 勝利宣言に等しい言葉と同時にマルディはエリスに指示を飛ばす。

 それを受けてエリスはゆっくりとアドラに向けて前進する。


 気品漂うその動きは豹のようにしなやかで力強く一切の隙が見あたらない。

 それはまさしく王者の行進だった。


「貴様に私に勝つ術はない!」

「いや逆だ」


 アドラはため息をついてから一度、剣を軽く振った。


「すでに底は割れた。魔力源が同じというだけなら、おまえはもうおれには勝てない」

「純粋な身体能力でエリスに勝てるとでもいいたいのか。彼女は私の最高傑作だぞ」

「データ上はそっちもいいとこ互角ってところかな。おれがいいたいのはそういうことじゃない」


 剣を降ろしたまま、アドラもまたエリスへと近づいていく。


「すぐにわかると思うよ。おれたちの間には決定的な『差』があるから」


 初代聖王と現ソロネ王。

 決して交わることはないと思われていた二人の王の運命が今、交錯する。

 それはほんの一瞬、弾けて消える閃光のような刹那の瞬き。


 だがそれは、後に史実に刻まれることになる大いなる――――



「――空牙ッ!!!」



 先手を取ったのはアドラだった。

 ガイアス直伝の真空魔術をぶっ放す。

 アドラの魔術の精度は悪い。この空牙は威力も速度も今ひとつ。通常なら軽くかわされるところだが、これは当たると確信を持っていえる。


 なぜならアドラが狙ったのはエリスではなくその奥にいるマルディだからだ。


 射線に割って入ったエリスが剣を振り空牙を軽々と弾く。

 別に倒すために撃ったわけではない。一瞬、足が止まればそれで十分。

 わずかにできた隙を利用して、アドラはエリスの懐へと飛び込んだ。


 両者の刃が交わり火花を散らす。


 だが今度はどちらかが吹っ飛ぶようなことはない。

 床や柱が壊れるようなこともない。

 何しろ同じ魔力なのだ。わかってしまえば完全に相殺して無に帰すことも可能だ。

 つまり、ここから先は純粋に剣技の勝負となる。


「私に大言を吐いた報い。ここで受けてもらうぞっ!」


 叫び、マルディはエリスに指示を送る。

 それを受けた彼女はアドラの剣を巻き取ろうと剣を握る腕に力を入れた。


「それはもう知ってる」


 アドラは逆方向に力を入れて剣が巻き取られることを阻止する。

 巻き取ることが不可能だと判断したエリスはアドラの剣を弾いて今度は首を狙う。


「それも知っている」


 剣閃は鋭いが腕さえ傷つけられていなければどうということはない。剣を縦に構えてしっかりとガードする。


 ――これで決まると思ったんだがな。


 一撃必殺は無理と判断したマルディは新たに攻撃指示を送る。

 エリスは細かい斬撃を連続してアドラの四肢に向けて放つ。いきなり急所を狙わず少しずつ削っていく方向に切り替えたのだ。


 だがどういうわけかエリスの攻撃が一撃も当たらない。

 華麗なる剣技のことごとくが紙一重のところでかわされてしまう。


 ――さっきまでとはまるで別人だ。


 マルディはアドラの突然の豹変に少しだけ困惑する。

 先ほどまでは確かに状況をまるで理解していない赤子も同然の男だった。

 それが今ではどうだ。すべての攻撃をまるで予見しているかのように捌くその姿――まるで歴戦の勇者のようではないか。

 これでは当初の予定通りに事が進まない。


 ――まあいい。


 予定通りとまではいかないが想定の範囲内ではある。

 アンデッドの強みは無限の体力。その気になれば一晩中、無呼吸で連撃を放ち続けることさえ可能だ。攻撃が通らないのであれなら、このまま息つく暇もなく攻撃を続けて相手が根をあげるのを待てばいいだけの話。何の問題もない。


 だが、マルディのその思考さえもアドラの――否、勝利の剣の予測の範囲内だった。


 長期戦を予定して細かく刻んでくると予めわかれば対処は簡単だ。相手が勢いづく前に出鼻を挫いてやればいい。


「せい……やッ!」


 必殺の意志なき脆弱な攻撃を、アドラは渾身の力で剣を振り上げてかちあげた。

 そしてがら空きになった胴体を横薙ぎに斬りつける。

 マルディは慌てて後ろに跳ぶよう命じるが、それさえも予測の範囲内。

 斬りつけようとした刃を途中で止めて、アドラもまたエリスを追って前に跳ぶ。


「――ッ!」


 追いすがるアドラの脳天めがけてエリスは剣を振り下ろす。

 事前に剣をかちあげられた以上、彼女にはそれ以外の選択肢がない。

 そしてそれこそが勝利の剣の弾きだした『勝機かいとう』だった。


 アドラは懐に飛び込みながらもあえて攻撃せず、エリスの放つ一撃を待ってから身体を捻ってかわす。

 そしてそのまま巻き込むように剣を動かし、振り下ろしきって無防備になったエリスの両腕めがけて叩き落とした。


 ギロチンと化した刃はエリスの両腕を見事に両断した。

 アドラは自らの剣を捨てて落とした腕ごとアスカロンを拾う。

 そしてマルディがショックで指示を出し遅れた隙を突いて、アスカロンをエリスの胸へと突き刺した。


 近未来予測誘導型自立式魔導兵器 《勝利の剣》 が導き出した勝利の方程式。

 それをアドラは完璧に解いてみせたのだ。


「おれとエリスの決定的な違い。それは操縦者プレイヤーの差だ。マルディ、おまえ如きがオルガンさんに敵うわけがない」


 サーニャは独りで行くなといった。

 それは正しい進言だった。

 しかしアドラはそれを却下してしまった。


 だが、それでも彼は決して孤独ではない。

 その腰にはいつも愛する女性から託された意志おもいがある。

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