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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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パンデミック・シティ①

 ヒエロは聖王廟のある世界最大の聖地だ。

 生まれ故郷より聖地にて永遠の安息につきたいと思う者は数多くいる。

 そのような理由により郊外にある共同墓地もまた世界最大規模のものとなっている。


 マルディ・グラはそれを利用した。


 共同墓地にある比較的新しい死体すべてを理性持たぬゾンビへと変えて、アドラたちを封じる肉壁としたのだ。


 墓地より這い出しゾンビたちが道連れを求めて街を彷徨う。

 最初に犠牲になったのは夜遊びが好きな若者たちだ。

 ヒエロの戒律では夜の享楽は不徳とされているが、全員が厳格に守っているわけではない。暗くて周囲がよく見えないことも災いした。ゾンビを仲間と誤認した若者たちは瞬く間にゾンビの餌食となって喰い殺された。


 それだけで済めば、彼らにとってまだ幸福だったであろう。

 冒涜する者は、死してもなお彼らを父神の許へと帰さない。

 ゾンビに施された特殊な術式により魂を拘束され、新たなるゾンビとなりマルディの手駒として使役されるのだ。


 ゾンビと化した彼らには自我はない。

 あるのは果てなき飢餓とマルディに与えられた命令のみ。


 すなわち――『生けとし生きる者すべて我らの仲間にせよ』だ。


 放置しておけばこの街から生者がいなくなるまで彼らが止まることはないだろう。


 増殖を繰り返しながら行進を続けるゾンビの軍勢。

 その有様を宿屋の屋根から見下ろす者たちがいた。


「とんでもねーことになってんな。俺も人間に比べりゃそこそこ長く生きてる方だけど、これほどのネクロマンシーを見たのは初めてだわ」


 ガイアスは嘆息しながらいった。

 ネクロマンサーの知り合いにはルーファスがいるが、彼が操れる不死人はせいぜい数十がいいところだし、自我を縛って操るといったこともできない。明らかな格上だ。


「こいつはマルディ・グラの仕業だな。 《黒死の一三翼》 最強との呼び声も高い有名人だから妾もよく知っておる」


 彼の隣に座るモモは、悲鳴をあげて逃げまどう民衆を薄笑みを浮かべながら眺めていた。

 彼女はこの『祭り』をどこか楽しんでいる節がある。


「最強……ね。もしかして、あんたより強いとか?」

「まさか。そもそも暗殺者が有名になってどうする」


 死の危険性が高まるだけで得なことなど何ひとつないといってモモが笑う。

 それもそうかとガイアスも頷いた。


「だがまあ、有名になるだけのことはあるのよな。これほど大規模なネクロマンシーが可能なのは世界広しといえどあやつのみだろう。しかもどうやってるのか知らんが術式を感染させてさらに範囲を拡大させることもできる」

「とんでもねー野郎だな。魔術の常識を大きく逸脱してやがる」

「だが今のおぬしになら理解できるのではないか。あやつの実力が如何ほどか」

「ああ、ハッキリわかるぜ。あいつは――」


 ガイアスは犬歯が見えるほど大きく笑っていった。


「――ド三流の下等ゲス術師だ」


 その答えにモモは満足げに頷いた。


「理解できているならくだらん質問をするでない」

「いってみただけさ。死霊使いとしては規格外の化け物なんだろうけど、魔術師としてはあいつはあんたの足下にも及ばねぇ。操る術の規模が無駄にでかすぎる」


 魔術は極めれば極めるほどその範囲を狭くする。

 ナイフを研ぐが如く、極限まで無駄をそぎ落とすのが魔術の本質だ。

 少ない魔力を最大限に生かして大量の死体を操るという点ではマルディは超一流の術者だが、そもそもガイアスたちを足止めするのにこれほど大量の兵は不要。これ以外できない、あるいはもっと効率的かつ効果的な方法に思い至らない時点で、この術者には魔術的センスがない。

 ならばどれほど優れたネクロマンサーであろうと用はない。


「こいつから学ぶことは何もねえな。さっさと片づけて次に行こうぜオキニス」

「そうよな。街が臭くてかなわんし早く始末してくれオキニス」


 二人の後ろで事態を傍観していたオキニスは突然話を振られて目を丸くした。


「……え、おれっすか?」

「そう、おぬしだおぬし」


 モモにビシっと指さされる。

 何かの間違いかと思ったがどうやらご指名らしい。


「アレを三流術師の仕業だというなら、あなたがたがどうにかすればいいのでは?」

「妾たちはアレから学ぶことはない。だがおぬしは別だ。不死者退治は勇者の本分。きっといい勉強になることだろう」


 しゃべっている最中にガイアスはオキニスの背後に回り込み、襟首を掴んで屋根の縁まで持っていく。


「おぬしの勇者の力で巻き込まれた哀れなヒエロの民を救ってやれ」

「え? いやおれ、ルガウの勇者なんで、他国の民は守備範囲外っていうか……」

「ツベコベ抜かすな! 観光旅行に来たわけではないぞ! ここでゾンビをガンガン倒してきっちりレベルを上げてこい! やれガイアス!!」


 ――アイアイサ。


 そういってガイアスはオキニスを屋根から無造作に放り投げ、ゾンビひしめく大通りに落とした。



「ちょちょちょちょちょ! ちょっと待ってくださいよアニキ――――っ!!」



 ゾンビに纏わりつかれて情けない悲鳴をあげるオキニス。

 しかしガイアスたちは笑顔で手を振るのみ。

 自力で切り抜ける以外に生き延びる術はないようだ。



「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっっ!!!」



 助けを諦めたオキニスは聖剣を抜いてやけくそ気味にゾンビに斬りかかった。

 実に明け方まで続く長い長い死闘パーティの始まりだった。

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