表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
131/276

枢機卿

 智慧と慈愛の国ヴァーチェは人種差別を悪徳としている。


 している――が、現実問題としてすべての人間がそれを遵守しているはずもない。


 よって地方の風習などを鑑みながら臨機応変に対応していく必要がある。

 だが今回はそれが裏目に出てしまったようだ。


「私の素性がバレてしまいました」


 シルヴェンはもうしわけなさそうにいった。

 最近第一級聖騎士になったばかりで世間的には無名な彼女だが、ヒエロに限定していえば違うらしい。

 しかしそれの何がいけないのだろうかとアドラは首を傾げる。


「別にバレたところで問題ないのでは? ここ親勇者の土地ですし」

「ソロネ最大戦力である第一級聖騎士が身分を偽ってこんな場所をうろついていたら当然理由を問われます。幸い捕縛はされませんでしたが、あっという間に上のほうまで話がのぼってしまって大事に……ついには出頭命令まで出てしまいました」


 ――マジかぁ。


 アドラは頭を抱えた。

 手形作成のために写真付きのパスポートを見せている以上、言い訳は不可能だ。

 しかたないこととはいえとんでもない厄介事が舞い込んでしまった。


「どうしましょうモモさん。いっそのこと逃げちゃいましょうか」

「それはダメだ。ホーリ地方すべてを敵に回すことになる。出頭に応じるしかない」


 捕縛されずただの出頭である時点でそこまで危険視されているわけではないとモモはいう。

 この国の枢機卿とは知り合いのため、立ち回り次第では逮捕の回避も可能とのことだが……。


「本当にもうしわけございません。私のせいでアドラ様のお手を煩わせることになってしまいました!」


 重ねて謝るシルヴェンにアドラは普段通りの笑顔で応じる。

 最初からヒエロと内通してたのではという疑念が一瞬だけ頭をよぎったがすぐに打ち消した。


 誰が裏切り者でどんな策を用いようと気にせず立ち向かうと決めたばかりだ。

 ホーリ地方の大物とも正々堂々と対面しようじゃないか。


 ……などと思いつつもやはり身体は正直で、アドラは恐怖と緊張でガクガク震えながら店を出た。



                   ※



 修行で郊外にいたガイアス、オキニスの二人と合流した後、アドラはヒエロの権力の中枢であるヴァッダール神殿を目指して歩き出した。


 ヒエロはサークレー同様に活気のない場所だった。

 ただヒエロの場合は寒くて外に出たくないというよりも、その地独特の性質によるもののように見える。


 街ゆく人々は皆、雑談のひとつもせず、すれ違う者にただ会釈をするのみ。

 商店街は存在するが生活必需品のみでいかがわしい店や客引きは見あたらない。

 広場では神官と思しき者が民衆を集めて神と神の遣わした天使である勇者を信じ抜けと説いている。


 ソロアスター教親勇派の総本山らしく、敬虔な信徒たちの活動によって形作られているのがヒエロという都市なのだ。


 ナウでヤングな若者であるアドラにとってはいささか物足りないが、こういう品行方正な国もたまには悪くはないと思う。


「怪しい商売の勧誘もないしね……」


 昔、先物取引で有り金をぜんぶ溶かしかけた経験のあるアドラは、活気があればいいってものではないことを重々承知していた。

 それがきっかけでボルドイなどというド田舎に住んでいたのだが……たいがい黒歴史なので彼の名誉のためにほじくり返すのはやめておこう。


「ヒエロの枢機卿バルザック・フォン・ゴッドウィルは一言でいえば堅物のクソ爺だ。とかく戒律に厳しくてな。この地方が住みにくいのは環境以上に奴の頑固さのせいだろうよ」


 若い頃は諸事情からヴァーチェを転々としていた時期があるというモモは、小さく肩をすくめながらいう。

 あんたいったい今、何歳だよ。


「だが、決して悪党ではない。だいじょうぶ、話せばわかる人物よ。時間はくっそかかるだろうがな」

「この地の枢機卿、最近代替わりしたそうですよ」


 シルヴェンが横から口をはさんできた。

 その言葉にモモは顔を曇らせる。


「マジでか?」

「そうお聞きしましたが。現在はフランセスという方が枢機卿だとか」

「……知らん名だな。まあ、権謀術数渦巻くヴァーチェ。そういうこともあるか」


 モモは少し考えるような素振りをみせてから、ポンと手のひらを叩く。


「よし、逃げるか!」

「……もう神殿の目の前ですよ」


 アドラは嘆くようにいった。

 逃げたいのはやまやまだが今さらもう遅い。こんなものを見せられたら恐ろしすぎて逃げる足もすくんでしまう。


 ヴァッダール神殿は今だかつて見たことがないほど巨大な建造物だった。

 閻魔殿や魔王城も大概大きかったが神殿ここはそれ以上。近くにある議事堂が犬小屋に見えるレベルだ。


「地上は何でもビッグサイズですけど、これはちょっと常軌を逸してますよ。ここで働く人めっちゃ大変そう。ホントにこんなに大きくする必要あったんですかね」

「ところがだ、ミサの日には世界中から集まる信徒たちでこの馬鹿でかい神殿が満員御礼となる。魔界の常識で物事を考えてはならぬぞ」


 ――マジかぁ。


 天にも届かんばかりの神殿を見上げながらアドラは口をあんぐりと開ける。

 ソロアスター教の神殿なんて世界中にいくらでもあるのに、いったい何でここだけそんなに人気なのだろうか。


「この神殿はな、聖王の生家のあった場所に建てられたものだからな。いわば聖地発祥の地、聖地オブ聖地よ。訪れればそれだけで御利益があると信じる者も多い」

「なるほどそれで人気No.1なんですね。納得……あれ、じゃあ本来ここにあったはずの聖王の実家はどうなったんですか?」

「とり潰したらしいぞ。遺体を安置して崇め奉るのには不向きという理由でな」

「え……それっていいんですか? いちおう家の所有者は聖王本人ですよね?」

「土地の所有者は国だぞ。それにそうとうなボロ屋敷だったそうなので、どのみち長くは持たんかったとのことだ」

「だったら保全の方向に動いたほうが良かったのでは……」

「家の修復にも限度があるしなぁ。まあ、あまり深く考えるな。将来禿げるぞ」


 今いち釈然としないものを感じつつも、アドラたちは窓口で手続きを済ませてから入殿した。


「けっこうあっさり入れさせてもらえましたね」

「観光地でもあるからな。入ってもらわなければ神殿の維持費に困る」

「結局金ですか」

「世の中綺麗事だけでは回らんからな」


 おかげで結構な金額を寄付させられたが、金を払っている分だけ気分が楽でいい。

 お付きの神官も有料ガイドだと思えば緊張感もいくらか和らぐというもの。

 アドラは神官の後をついて長い回廊を歩き続ける。


「……」


 ――……ホントに長いや。


 高さ自体は魔王城とそこまで変わらないかもだが、敷地の広さはまさに別次元。

 最初はその広さを楽しんでいたものの、こうも長いと周囲の風景にもいささか飽きてきた。いくら慣例とはいえ個人への尋問ぐらいは別の場所でやってもらいたいものだ。


 心中であれこれ軽口を叩いていたアドラだが、本殿にある聖王廟に通されるとさすがにそのような余裕はなくなっていた。


 赤絨毯の横を厳つい面構えをした衛兵たちがズラリと並ぶ。

 行き交う神官たちがこちらを値踏みするような眼で見てくる。

 ただの事情聴取だとわかっていても、まるで裁判所に連行されるかのような錯覚に陥る。


 激しい不安に駆られたアドラはモモのほうを見る。

 彼女のふてぶてしさを見ることで安心感を得ようと試みたのだ。


「わーい、すごくひろいおへやだねー。いったいなにがあるんだろー」


 モモはすでにいつもの幼児退行戦術へと切り替えていた。

 どうやら枢機卿の説得をアドラに丸投げする気らしい。


「いまからなにがあるかまったくぜんぜんしらないけどなにがおきようともあたしはいっさいかんよしないからアドラさんがんばれがんばれ♪」


 ――……憂鬱だ。


 やはり自らの運命を切り開くのは自分自身ということで、アドラは腹をくくって枢機卿と直接対決することに決めた。


 謁見の間に通されたアドラたちはそこで枢機卿の到着を待つこととなった。

 当然ながら両脇は衛兵にガッチリと固められている。

 全員そうとう高レベルな勇者だ。揉めれば間違いなく無事では済まない。どうにか穏便に済ませなければ。


 視界の先には厳かな祭壇がひとつ。

 そこに安置された大きな棺桶は、聖王の遺体を納めるためのものだ。

 もちろん現在は空っぽ。中には何も入っていない。


 そのさらに奥には黄金に輝く杯。

 聖王の遺体に死に水を与えるため神より与えられしそれは史上屈指の神器であり、ホーリ地方の象徴である。

 長いヒエロの歴史の中で、聖杯これが使われたことはただの一度もない。


 ――ヒエロの悲願が叶う日は、果たして来るのだろうか。


 もしそれが為されるとしたら、それはヒエロの教皇たるガブリエルと、そのしもべたる枢機卿の手腕によるものだろう。


 ヒエロの、いやホーリ地方の未来を背負う、偉大な指導者との謁見。

 多少不本意な形とはいえ光栄至極だ。


 厳かな雰囲気の中、アドラたちは恭しく膝をついた。


 ヒエロの枢機卿が謁見の間へと到着したのだ。


 血のように紅い礼服を身に纏った彼女は祭壇に立つとアドラに向けてこういい放つ。



「あんれまぁ、お客さんどうして呼び出しなんか食らってるんですかぁ?」



 ヒエロの枢機卿フランセス・フォン・ゴッドウィルは飲食店のおばちゃんだった。



「この前うちの父ちゃんが老衰でおっ死んでな、娘のあたしが枢機卿を継ぐことになったんだけどさ、大事なお店を閉めるわけにもいかんし、しばらくは兼業でやって行こうってことになったのよ」


 アドラが恐る恐る尋ねるとフランセスは朗らかに笑いながら事情を教えてくれた。

 枢機卿ってそんな適当でいい役職なんかいと思ったが、そういえば同じく枢機卿のルージィもルガウで配管工をやっていることを思い出す。

 よくわからないが、ヴァーチェとはそういう国なのだろう、たぶん。


「あの……それで通行手形の発行の件なのですが……」

「ええよええよ。手形ぐらいナンボでも発行してあげるよ。あんたら悪い人たちじゃなさそうだしね。うちの者が急に呼びつけちゃってごめんなさいねぇ」



 ヴァーチェ ホーリ地方編 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ