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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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持たざる者

 車掌の変装をしていた暗殺者は、ターゲットの絶命を確信すると、何食わぬ顔で自分の指定座席へと戻った。

 用意しておいたバッグに血の付いた制服とナイフを放り込み、今度は乗客へとなりすます。


 汽車はすぐに次の駅に停車した。

 停車間際を狙って犯行に及んだのだから当然だ。

 ターゲットの座席方面が少し騒がしくなっていたが特に気にせず降りる。

 少しぐらいは気にしたほうがバレにくいという暗殺者もいるが、動いた分情報が増えるのだから余計なことはしないに越したことはない。


 同様の理由で魔術は使わない。

 教会の権威や人員にも頼らない。

 あらゆる犯罪行為はそういった「余計な行為」によってアシがつくのだから。

 誰にも告げずに単身で赴き、さっと殺ってさっと帰る。

 これが一番アシがつきにくいと暗殺者は経験で知っていた。


 ファル地方の小さな田舎駅で降りた暗殺者は、そのまま徒歩で小一時間ほど歩く。

 追っ手を撒くために降りたわけではない。ここが彼の生まれ故郷で、ただ自宅を目指して歩いているだけだ。この辺りは馬車もなかなか来ないので交通が不便なのだが、地元民ということもありそこまで気にならない。

 住めば都とはまさにその通りで、交通量が少ない分むしろ気楽に感じるぐらいだ。


 道中にゴミ焼きの炉が空いていたのでバッグを放り込んで証拠隠滅する。適当な処理だがこちらのほうがかえってバレにくい。かつて教皇を始末した時のナイフも同じように処分したが未だにバレてはいない。

 人は起きた犯罪が大きければ大きいほどなぜか小さな可能性のほうを優先して模索するクセがあるらしい。

 殺し屋が特別な存在であるはずもなく、田舎住まいの凡夫がその辺に落ちていたナイフで要人を殺ることだって十分に有りうる話だというのに。ヴァーチェの人口を考えればむしろそちらのほうが確率は高いはずなのだ。


 しばらく歩いていると、木造の小さな掘っ建て小屋にたどり着いた。

 暗殺者の実家である。

 両親が早去したため今は独り暮らしだ。今は農業で生計を立てている。


「ただいまぁ」


 誰もいない家だがいちおうあいさつだけは習慣としてしておく。

 意識して声を出さないとしゃべることを忘れかねない。人付き合いがまったくないというわけではないのでいざという時に声がでないのは困る。


「腹減ったわ。なんか適当に作るか」


 独りごちながら暗殺者は台所に行き、自家製の野菜を使って炒め物を作る。

 残念ながら肉はない。貧乏人には贅沢な食材だ。ファル地方といえばパスタとチーズとワインだがもちろんそれもない。自家製の米を使って野菜のリゾットを作る。これで十分なごちそうだ。


「いただきます」


 ぼそりとつぶやいてから、出来あがった料理をのそのそと食べる。

 食事の時間は至福だ。腹が満ちれば心も満ちる。一日三食食べられる幸運に感謝しなければいけない。畑を遺してくれた両親のおかげだ。


 ――じりりりりりりん!


 そんな彼の幸福な時間を遮る一本の電話があった。

 貧乏な彼には似つかわしくないハイテク高級家電。本当はつけたくなどなかったが仕事で使うからということでやむなしだ。もちろん費用は向こう持ちだが。

 ルールを徹底できないのが自分の悪いところだと自嘲しつつ暗殺者は食事を中断して電話に出る。


「はいネーヤです。どちら様でしょうか」


 いちおう聞いてはみたものの、人付き合いの苦手な彼に電話をかけて来る者など一人しかいない。


『ミカエルだ。首尾はどうだ?』


 案の定、かけてきたのは教皇だ。

 たまには他の人とおしゃべりしたいなどと思ったが、電話線を引いてもらっておいて文句はいえない。


「いわれた通り聖水で清めた銀のナイフでアドラさんの首をかっ切ってきました。ありゃ絶対助かりません。お陀仏です。ミッションコンプリートです」


 教皇相手にも関わらず暗殺者はざっくばらんな口調で報告する。

 信心のない彼にとって教皇はただの「お偉いさん」だ。


『ご苦労。いちおう訊くが、報酬が欲しいのであれば言い値を出そう』

「いりませんよ。殺しは趣味までにとどめておきたいので。ああ、勘違いしないでください。殺人犯にはなりたくないので相手はちゃんと選びますよ。あなたが指定した相手以外は殺してはいません」


 身近な両親にく分解バラしてからずいぶんと暇を持て余していた。

 親殺しの罪を不問とし、暗殺者としての道を示してくれた教皇には感謝している。


 だが彼は、暗殺それを生業にして生きたいとは思っていなかった。


 どれだけ楽しい趣味でも仕事にすると嫌気がさしてくるという話は往々にしてある。自分はそんな風にはなりたくない。

 殺しは今のまま趣味としてエンジョイするのが正しい生き方だろう。


『では引き続きアドラたちの監視を頼む。くれぐれも警戒は怠るなよ』

「標的はもうくたばったのにまだ続けるんですか?」

『あの程度で奴は死なん。何しろ死を司る女神の子だからな』

「は……はああぁっ!?」


 寝耳に水の情報に暗殺者は慌てふためいた。


「そんなバケモン相手になんでぼくなんかを派遣したんですか! 殺されたらどーすんですかぁ!」

『リドルよ……それは君が、私がもっとも信頼する暗殺者だからだ』


《黒死の一三翼》 が一翼 “持たざる者” リドル・ネーヤ。

 教皇ミカエルが全幅の信頼を置く懐刀。

 それが彼の正体だった。


『君は何も持たない。地位や名誉や金はもちろん、見栄も矜持も向上心もない。自らを高める努力をするぐらいなら、周囲の人間が自分と同じレベルにまで落ちればいいと本気で思っている』

「はぁ? ぼくが 《黒死の一三翼》 になるのにいったいどれだけがんばったと思ってるんですか。聖下は知らないでしょうけど暗殺者になるのもけっこー大変なんですよ。無気力ダメ人間みたいにいうのマジやめてください」


 リドルが怒ってみせると、受話器から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 声は明らかな合成音で男か女かすらわからない。

 正体を隠すための処置だ。

 もっともリドルは教皇の正体に何の興味関心もないのでどうでもいいのだが。


『悪い悪い。だがこれは褒めているんだよ。だからこそ君は“持つ者”を引きずりおろすことができる。誰にも気づかれず、彼らの常識をはるか超越した手段を平然と行使できる。そこを私はとても高く評価しているんだよ』

「それホントに褒めてます? まあいくら褒めても、もう二度とやらないですけど。バケモンの相手なんかね。さっきもいいましたけどぼくの殺しはただの趣味なんで」

『わかっている。君を派遣したのはちょっとしたあいさつ代わりさ。たぶん向こうも少しは驚いて警戒してくれていると思うよ』

「だといいですけどねぇ」


 リドルは心底安心したように息を吐いた。

 暗殺を趣味としてはいるものの、自分が小心者だという自覚はある。危険なことはもちろん御免だ。それでも今回のようによくやらされるのだが。


『ホーリ地方からはマルディに引き継がせよう。君は監視と報告だけでいい』

「マルディさんが控えているなら最初からそうしてくださいよ」

『やれやれ……話を持ちかけた時はやる気マンマンだったのにな』

「そりゃ写真だけ見たらそーなりますよ」


 どこからどう見ても気の弱そうな優男。自分の同類だ。

 ちょろいと思ったから引き受けたが実はとんでもない大物だとわかれば話は別。

 リドルは教皇に何度も文句をつけながら乱暴に電話を切った。


「まったく……あいかわらず聖下は人が悪い。ぼくが何の取り柄もない普通の人間だって知ってるくせに」


 リドルはただの人間だ。

 勇者のような聖力も魔族のような魔力もない。かといってとりわけ力が強いわけでも頭がいいわけでもない。一通り訓練を受けているので暗殺者としてはそれなりの腕を持っているが、ただそれだけだ。


 だがその凡人がかつて、勇者で固められた護衛団をすり抜け教皇の暗殺を果たし、ルージィの後釜として 《黒死の一三翼》 の筆頭と目されている。

 ただの幸運か、はたまた理屈を超越した天稟をその身に宿しているのか、それは当の本人にすらわからない。


「まっ、もうどうでもいいけどね。後はマルディさんが全部片づけてくれるし。あの人ってたぶん 《黒死の一三翼》 最強だよね。お相手さんかわいそかわいそ」


 リドルはくすくす笑いながら質素な食事へと戻っていく。

 食事が済んだ後は農作物の世話と出荷作業が待っている。

 彼のうんざりするほど退屈な日常はこれからも淡々と続く。


 自分より才ある者の破滅を唯一の慰めとしながら――……

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