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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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鉄の棺桶

 土産屋でいくつか郷土品を見繕い、改札で切符を買ってから、アドラたちは汽車が到着するというプラットホームへと足を運んだ。

 雑談しながらプラットホームでしばらく時間を潰すと、汽車は白煙をあげながらアドラたちの前に姿を現した。


 石炭で動く鋼鉄製の黒い怪物――『蒸気機関車』だ。


「すごいなぁ。地上の技術力でこんな高度な乗り物が造れるなんて」

「ファル地方は魔術に頼っておらんからな。代わりに科学技術が発達しておる。とはいえ魔界にはまだまだ遠く及ばんがな」


 感心するアドラにモモが少し自慢げに説明する。

 ヴァーチェは年に一度、礼拝のために首都グロリアに赴かねばならぬため、移動手段が特に発達しているそうだ。

 モモは謙遜しているが、科学技術に関してはそこまで大きな差はない。魔導兵器を主力とした時代の寵児、ルーファス・カタストロフの台頭により魔界は魔導技術の発展へと大きく舵をきったからだ。


 逆にそのせいで汽車に対してあまり感動がないのだが。


 もちろんまったくないわけではない。ここまで大きな蒸気機関車を実際に見たのはアドラにとっては初めての経験だ。

 ただそれは「ヴァーチェはこんな大きな乗り物を使わないといけないほどたくさんの人間がいるんだなぁ」という感心であって、技術的なものではない。

 正直にいえばデザインもイマイチだ。無骨な黒塗りの鉄の棺桶という印象で、刺さる者には痛烈に刺さるのだろうがアドラの目にはどうにも古臭く感じる。外見は諦めるとしても、もっとこう、カラーリングを派手にするとかの工夫はできないものだろうか。


 ――ブーメランが飛んできそうだから口にするのはやめとこう。


 アパレル会社の面接で「君のデザインはキテレツすぎる」と笑われた経験のあるアドラは、どうにも自分のセンスに自信がなかった。


 他人の造ったものをディスっても得なことなど何もない。ここは適当に褒めながらおとなしく乗車しておくのが得策だ。


 ……という理由わけで、アドラはヴァーチェの技術力の素晴らしさを讃えつつヘラヘラと笑いながら汽車に乗った。



                   ※



 切符で指定された席に着席してしばらくすると「ポッポー」と汽笛が鳴る。

 晴れやかな青空の下を蒸気機関車が力強く発車する。

 窓から外の景色を眺めると、ファル地方の牧歌的な景色が瞳に映る。


 ――美しい。


 どうやら近代的なのは港町の周辺だけらしいが、それがまた趣深いとアドラは思う。

 ちぎれて流れていく雲。気持ち良さそうに飛び続ける渡り鳥の群れ。どこまでも広がる平原には、牧場や葡萄ぶどう畑がまばらに散らばっている。


 荒廃した魔界では決して見ることのできない風景。


 アドラはもちろん侵略否定派だが、この景色を我がものにしたいと思う魔族たちの気持ちもよくわかる。彼らにはもうしわけないが、もうしばらくはこの素晴らしい景色を楽しみたい。本当に最高だ。


 ――……彼女がいなかったら、もっと最高だったんだけどね。


 腕に絡みついたまま動かない隣の席のシルヴェンを見てアドラはげんなりする。


「シルヴィ……そんな風にくっつかれるといざって時に困るから……」

「ご安心ください。私があなたの一番お側でお護りいたしますので」


 話が通じないのはいつものこと。

 アドラは諦めて窓の外に視線を戻す。


 ――これさえなければホントいい娘なんだけどなぁ。


 シルヴェンのことは決して嫌いではない。

 勇者としての実力や実直な性格は尊敬しているし、かわいらしい外見をしているとも思っている。

 だがこの年齢ではさすがに恋愛対象として見るのは無理がある。

 あと人前でベタベタされるのもかなり困る。場所によっては事案になりかねない。

 彼女とは一度話し合う必要があるだろう――等と思いつつも、結局今回もされるがままになっていた。


「すいません。切符をお見せ願えないでしょうか」


 ヘタレなアドラがいつも通り葛藤していると車掌が切符を切りにやってきた。

 無賃乗車対策だ。当たり前の話だが、国が違っても人の考えることはさして変わらないようだ。


「あなたがシルヴェン様ですか?」


 車掌がアドラを見ていった。

 アドラはすぐに否定して隣のシルヴェンを紹介する。


「オキニス様が呼んでおられますよ。『聞きたいことがあるので最後尾まで来て欲しい』とのことです」

「またですか……新婚旅行中ぐらいのんびりさせて欲しいものです」

「お気持ちお察しいたします。ですがその前に切符を――」


 車掌がいい終える前にシルヴェンは席を立ってズンズンと列車の奥へと歩いていく。

 怒りに燃えるその背中は呼び止めることすらためらわせた。

 残された二人は互いに顔を見合わせる。


「ど、どうも……身内がもうしわけありません」


 アドラが愛想笑いを浮かべながら頭を下げると、車掌は後からで構わないと笑顔で応じてくれた。


 ――はぁ……いい人で良かった。


 魔界だと問答無用で無賃乗車扱いで大騒動間違いなしだ。

 地上は広いので自然と人の気持ちも広くなるのだろう。


「切符は後からでも構いませんが……今すぐ訊きたい疑問が生まれてしまいました」

「なんでしょうか。代わりにおれが何でもお答えしますよ」

「新婚旅行中とのことですが、お二人のご関係は?」


 不信感丸出しの車掌にアドラの愛想笑いが凍りついた。

 うっかり夫婦などと答えようものならロリコン扱い間違いなし。

 それだけならまだいい。いやよくはないがまだマシだ。ヴァーチェの法は知らないが最悪、性犯罪者扱いされるかも。通報されたら舞踏会どころではない。どうにか誤魔化さないと……。


「かかかか彼女はゆ、友人の妹さんでででしててて、しししばらくおれっれれれがあずずっ、預かっているるるるだけけけけでっでっでででで! ででででででっ!」


 アドラは嘘がものすごく苦手だった。


「もうしわけございません。プライベートな話に首を突っ込んでしまいました」


 車掌は顔をひきつらせたがすぐに笑顔を取り繕いアドラの切符を催促する。

 その顔には露骨に「もう関わりたくない」と書かれていた。


 ――どうしようどうしよう。絶対ヤバい人だと思われてるよ!


 アドラはわりと他人の評価を気にする悪魔だった。

 だが今更何かいいわけのしようもない。よって、


「いやぁ、素晴らしい汽車ですね! 蒸気機関の力強さ、無駄のない完成されたデザイン! 惚れ惚れしちゃいますよぉ! ヴァーチェはやっぱりすごい国ですねぇっ!!」


 褒めまくることで少しでも心証を良くしようと目論んだのだ。


 汽車を褒めれば少しは気を良くするだろうと安易に考えていたアドラだが、実際は逆効果のようで、車掌は顔を曇らせながらこんなことをいう。


「そうですか? 確かに便利だとは思いますが、ぼくは外見がどうも苦手でして……ほら、まるで冷たい鉄の棺桶みたいじゃないですか」


 奇しくもアドラと同じ感想だった。

 嘘をついたせいで同意も出来ずにアドラは無言で切符を渡す。

 やはり沈黙は金。もう手遅れだが。


「ありがとうございます。では拝見させてもらいます」


 車掌はさっそく切符を確認する。

 すぐに切符を切るかと思ったがそうせず、しばらく手を止めて凝視する。


「失礼ながらお客様、どちらに向かうご予定ですか?」

「サークレーです。首都グロリアに用事がありまして」

「買われた切符を間違えておられますよ」


 アドラはぎょっとした。

 うっかり逆方向の切符を買ってしまったかもしれない。


 ――どうするどうする。このままでは恥の上塗りだぞ。


 一瞬だけ焦ったアドラだが、すぐにそんなわけがないと気づく。

 自販機を使う魔界と違ってレーヴェンは駅員から直接切符を買うからだ。

 だから自分が間違えて買うはずがないのだ。

 仮に間違えてたとしてもそれは駅員のウッカリで自分のせいではないのだ。


「駅員さんが切符を間違えたみたいですね」

「いいえ、お客様が行き先を伝え間違えたのですよ」

「まさか。おれはハッキリとサークレー行きの切符をくれと伝えたはずです!」

「間違いありません。ほらよくご覧ください」


 車掌が切符をアドラの目の前に差し出す。

 アドラは身を乗り出して切符をしっかりと確認する。


「なんだ切符にはちゃんとサークレー行きって書かれて……」


 切符を差し出した車掌の袖から銀色に輝くナイフがするりと顔を出した。


「こちらがアドラ様の本来の切符となっております」


 放たれた凶刃が無防備な体勢で呆けるアドラの喉を一瞬でかっ切る。


 座席が鮮血で紅に染まる。


 アドラは悲鳴をあげることすらできず、喉を押さえたままその場に突っ伏した。



「地獄への片道切符、ご購入ありがとうございました。汽車かんおけも気に入っていただけたようで何よりです」



 ナイフを袖の内にしまうと車掌は恭しく一礼し、まるで何事もなかったかのようにその場を去っていった。

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